祭り 2話
両脇に屋台が伸びていく道を歩きながら、仁はきょろきょろと実に楽しそうである。明るい屋台の下で、子どもが笑いながらゲームに興じている様子を、時折立ち止まりながら見詰めている。
「祭りは何も初めてじゃねぇだろ」
「2回目ですよ」
仁の様子を見ながら、落ち着けという言わんばかりの声で高杉に諭されたが、それでもそわそわしてしまう。自分の祭り経験値の低さを告げたあと、高揚した声であれがリンゴ飴かと続けた。
「昔は金魚すくいをやったな」
ぽつり、高杉が呟いた。昔の事を言うなんて珍しい。ただそういうのはあえて口には出さない。
「やりましたっけ」
「あ?」
「いや、金魚は持って帰ったけど、やった記憶はないていうか」
記憶をたどるように視線を上に投げてみる。だが、何をすれば金魚が手に入るのか、金魚すくいのルールを知らない自分がやったとは思えない。
「思い出せん」
降参とばかりに呟く。高杉が少し眉間に皺を寄せて、じとりと見てくる。よくも忘れやがったな、とでも言いたげだ。おや、これは忘れてはいけない事だったのだろうか。理由を聞くべく口を開きかけた時。
「よこせよグラサン」
「腕時計ゲーッツ」
前方の屋台がやけに騒がしかった。何やら2人の男女に屋台の主人が襲われているようだ。
「へぇ、射的って人を狙うもんなんや」
「違ぇよ」
仁が妙に納得した風な語調で言うから、高杉は溜息を洩らした。あの主人も哀れなもんだ。しかし、それにしても。あの隊服の男は真選組だろう。年若いその隊員は仁の歳とそう変わらないはず。この不良警察の評判は聞いた事がある。
「あの栗毛は沖田総悟だな」
「へぇ」
嬉々として射的を楽しんでいる横顔には天才剣士の風格はない。だが仁はそこに好感が湧いてくる気がしていた。
一方の高杉は、沖田と張り合う神楽は坂田銀時の連れだと仁に伝えるべきか悩んでいた。もしその話をすれば仁はその姿を探しに行きたがるだろう。
だが、これから平賀源外を唆し事を構える算段である以上、仁が平賀源外の知り合いである銀時に接触されては困る。それに仁も攘夷浪士なのだ。銀時と再会し感激する仁に対し、銀時がそうでなかったら。傷つくのは仁の方だ。それはあまりに酷だ。
よって神楽の正体を明かさない選択をした高杉は、なおも射的に目を輝かせている仁に目を移した。
「ね、僕も射的やってもええですか」
沖田と神楽が火花を散らしあいながら、屋台から遠ざかっていく姿を見ながら仁が聞いてきた。遠くの舞台へ目を移す。女の舞が続いていて平賀の出番はまだ先のようだ。
「やってこい」
「やった!」
高杉の言葉に無邪気に喜びながら、仁はすぐさま屋台へと走って行く。体格こそひょろひょろと細長い男ではあるが、無邪気に祭りを楽しむ姿は、子どもの頃のままだ。高杉はふっと笑いながら、屋台の影に進み身を隠しつつ仁を見守る事にした。
射的とは、何をすべきものなのか。勢いでやりたいと言ったものの、ルールがよく分からない仁は困っていた。ええい、あのおっちゃんに聞こう。
「おっちゃん、やってええ?」
「いいけどおじさんは的じゃないからね!」
悲壮な叫びが木霊する。満身創痍な男は先ほどあの二人に蜂の巣にされていた長谷川泰三だった。
「あれ、そうなん」
仁の「いかにも人を狙うゲームだと思ってました」とでもいうような含みのある返事に長谷川は大層震え上がった。
「違うから!この平和で人類平等の社会において人を的にして喜ぶ極悪非道な遊びは存在しないから!」
長谷川が鬼気迫る表情でまくしたてるので、仁は少し気圧されてしまった。そんなに痛かったのか、と胸の内で優しく哀れむ。
「後ろのおもちゃとか狙ってね!てかもうおじさんを狙わないなら、タダでさせてあげるから!何でもいいからおじさんだけは狙わないで!」
「え、ほんま」
長谷川のタダでさせてあげる発言を目敏く拾い聞き返す。長谷川はどうでもいいと言わんばかりに何度も首を縦に振っていた。
やった、と仁は心で拳を握る。初めての屋台ゲームに花を添えてもらった気分だ。単純な自分はこういうところで喜べるからいい。
「約束するで、おっちゃん。絶対狙わへんから」
「ありがとう!」
その言葉に号泣しながら長谷川は射的銃を差し出した。仁は緊張しながらそれを受け取る。幼かった自分がやってみたくて仕方なかったもの。待ちに待った瞬間が訪れようとしている。一つ深呼吸をした。
銃を構えている仁の姿を見ながら、高杉は目を細める。どうやら初めてにしては筋が良いらしい。何かを落としたのか、屋台の主人と声を上げて喜んでいる。破顔した仁の横顔は実際の年齢より幼く見えた。
仁の19年の人生の中で祭りに行ったというのは確かに今日で2回目だろう、と高杉は思う。小さな時に松陽先生と銀時と桂と5人で行ったのが最後。その後は、松陽先生が幕府に捕らえられ、攘夷戦争を経、京に身を潜める。そんな生き方をしている最中、祭りなど易々と行けるものでもない。仁があそこまではしゃいでいるのも、殺伐とした日々の中で取りこぼしてきた何かの所為かもしれない。
――羽目を外しすぎないなら、大目にみてやるか。
ふん、と鼻で笑ったその時。
仁の背後の屋台の影から、仁を見詰める男の姿が見えた。一人ではない。その男の傍にも、別の屋台の影からも。数十名はいるとみられる男達は決まって黒の隊服に身を包んでいる。その内の一人が咥え煙草のまま、ゆらりと仁に忍び寄る。
高杉は腰の刀に手を触れた。
「祭りは何も初めてじゃねぇだろ」
「2回目ですよ」
仁の様子を見ながら、落ち着けという言わんばかりの声で高杉に諭されたが、それでもそわそわしてしまう。自分の祭り経験値の低さを告げたあと、高揚した声であれがリンゴ飴かと続けた。
「昔は金魚すくいをやったな」
ぽつり、高杉が呟いた。昔の事を言うなんて珍しい。ただそういうのはあえて口には出さない。
「やりましたっけ」
「あ?」
「いや、金魚は持って帰ったけど、やった記憶はないていうか」
記憶をたどるように視線を上に投げてみる。だが、何をすれば金魚が手に入るのか、金魚すくいのルールを知らない自分がやったとは思えない。
「思い出せん」
降参とばかりに呟く。高杉が少し眉間に皺を寄せて、じとりと見てくる。よくも忘れやがったな、とでも言いたげだ。おや、これは忘れてはいけない事だったのだろうか。理由を聞くべく口を開きかけた時。
「よこせよグラサン」
「腕時計ゲーッツ」
前方の屋台がやけに騒がしかった。何やら2人の男女に屋台の主人が襲われているようだ。
「へぇ、射的って人を狙うもんなんや」
「違ぇよ」
仁が妙に納得した風な語調で言うから、高杉は溜息を洩らした。あの主人も哀れなもんだ。しかし、それにしても。あの隊服の男は真選組だろう。年若いその隊員は仁の歳とそう変わらないはず。この不良警察の評判は聞いた事がある。
「あの栗毛は沖田総悟だな」
「へぇ」
嬉々として射的を楽しんでいる横顔には天才剣士の風格はない。だが仁はそこに好感が湧いてくる気がしていた。
一方の高杉は、沖田と張り合う神楽は坂田銀時の連れだと仁に伝えるべきか悩んでいた。もしその話をすれば仁はその姿を探しに行きたがるだろう。
だが、これから平賀源外を唆し事を構える算段である以上、仁が平賀源外の知り合いである銀時に接触されては困る。それに仁も攘夷浪士なのだ。銀時と再会し感激する仁に対し、銀時がそうでなかったら。傷つくのは仁の方だ。それはあまりに酷だ。
よって神楽の正体を明かさない選択をした高杉は、なおも射的に目を輝かせている仁に目を移した。
「ね、僕も射的やってもええですか」
沖田と神楽が火花を散らしあいながら、屋台から遠ざかっていく姿を見ながら仁が聞いてきた。遠くの舞台へ目を移す。女の舞が続いていて平賀の出番はまだ先のようだ。
「やってこい」
「やった!」
高杉の言葉に無邪気に喜びながら、仁はすぐさま屋台へと走って行く。体格こそひょろひょろと細長い男ではあるが、無邪気に祭りを楽しむ姿は、子どもの頃のままだ。高杉はふっと笑いながら、屋台の影に進み身を隠しつつ仁を見守る事にした。
射的とは、何をすべきものなのか。勢いでやりたいと言ったものの、ルールがよく分からない仁は困っていた。ええい、あのおっちゃんに聞こう。
「おっちゃん、やってええ?」
「いいけどおじさんは的じゃないからね!」
悲壮な叫びが木霊する。満身創痍な男は先ほどあの二人に蜂の巣にされていた長谷川泰三だった。
「あれ、そうなん」
仁の「いかにも人を狙うゲームだと思ってました」とでもいうような含みのある返事に長谷川は大層震え上がった。
「違うから!この平和で人類平等の社会において人を的にして喜ぶ極悪非道な遊びは存在しないから!」
長谷川が鬼気迫る表情でまくしたてるので、仁は少し気圧されてしまった。そんなに痛かったのか、と胸の内で優しく哀れむ。
「後ろのおもちゃとか狙ってね!てかもうおじさんを狙わないなら、タダでさせてあげるから!何でもいいからおじさんだけは狙わないで!」
「え、ほんま」
長谷川のタダでさせてあげる発言を目敏く拾い聞き返す。長谷川はどうでもいいと言わんばかりに何度も首を縦に振っていた。
やった、と仁は心で拳を握る。初めての屋台ゲームに花を添えてもらった気分だ。単純な自分はこういうところで喜べるからいい。
「約束するで、おっちゃん。絶対狙わへんから」
「ありがとう!」
その言葉に号泣しながら長谷川は射的銃を差し出した。仁は緊張しながらそれを受け取る。幼かった自分がやってみたくて仕方なかったもの。待ちに待った瞬間が訪れようとしている。一つ深呼吸をした。
銃を構えている仁の姿を見ながら、高杉は目を細める。どうやら初めてにしては筋が良いらしい。何かを落としたのか、屋台の主人と声を上げて喜んでいる。破顔した仁の横顔は実際の年齢より幼く見えた。
仁の19年の人生の中で祭りに行ったというのは確かに今日で2回目だろう、と高杉は思う。小さな時に松陽先生と銀時と桂と5人で行ったのが最後。その後は、松陽先生が幕府に捕らえられ、攘夷戦争を経、京に身を潜める。そんな生き方をしている最中、祭りなど易々と行けるものでもない。仁があそこまではしゃいでいるのも、殺伐とした日々の中で取りこぼしてきた何かの所為かもしれない。
――羽目を外しすぎないなら、大目にみてやるか。
ふん、と鼻で笑ったその時。
仁の背後の屋台の影から、仁を見詰める男の姿が見えた。一人ではない。その男の傍にも、別の屋台の影からも。数十名はいるとみられる男達は決まって黒の隊服に身を包んでいる。その内の一人が咥え煙草のまま、ゆらりと仁に忍び寄る。
高杉は腰の刀に手を触れた。
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