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五月雨

原作: 銀魂 作者: 子リス
目次

祭り 1話

「先生、あれやりたいです」

優しい師に手を引かれ人込みの中を歩きながら、物珍しい祭りの活気にきょろきょろする。その中で見つけた一つの屋台を指差し、少しせがんでみた。

おや、と小さく声を漏らしながら立ち止まり、優しい目をこちらへ向ける。幼い自分がどこかを指差しているのを見止めると、ゆっくりと視線を動かした。ふわりと長い髪が揺れる。

「金魚すくいですか」

先生がふふっと笑う。自分が年甲斐にねだったのが面白いのだろうか。

「仁にはまだ難しいと思いますが、やってみますか」

松陽先生はそう言ってくれたが、不思議なことにこの後金魚すくいをした記憶はない。しかし、さらに不思議なのはあの日の祭りの帰り道、手に3匹の金魚が入った袋を提げていた事をはっきり覚えている。あの時、自分の齢は6つだった。



人がごった返す橋では祭囃子の音に負けないよう、行く人々の声は誰もが大きい。足音もひっきりなしに歩いて回るし、恐らく子どもだろうと思われる足音は数名で駆けていった。これらの音は橋の下ではよく響く。

「随分遅かったじゃねぇか。韋駄天の足が恥ずかしくないのかい」

川にかかった小橋の下で人目につかないよう一人佇む男に近付くと、男はこちらを横目で見ながら声をかけてきた。からかわれるのは予想していた事だ。意地悪く目を細めて笑う顔も。

仁は思わず苦笑いを浮かべる。何か言い返そうかとも考えたが、それをしてしまうと恐らくもっと反撃を食らう羽目になる。

「すいまへん」

謝りながら髪に触れてみると、少しまた血の匂いが香った。高杉もそれに気付き、また笑う。

「そんなんなるまで、俺のために頑張ってくれたのかい」

将軍が祭りへ参加する話は、最初こそお忍び程度で簡単に決まったものらしい。しかし、その当日に近くで高杉の姿が目撃されたと聞いた幕府は将軍の警護に厳重体制をとった。それを「煩わしいから数を減らして来い」と高杉に言われ、追加増員された幕臣を襲撃しに出たのは今から少し前の事だった。仁が被っている血は、将軍の護衛にと急ぐ幕臣のものだ。

仁の恰好を見かねた高杉が、ゆっくりと自身の羽織を脱ぎ、投げてよこした。この姿でいられると面倒らしい。羽織で隠せという事なのだろう。

黙って受け取り羽織に腕を通しながら、仁は報告を続ける。

「増援には真選組もおったよ」

「ほう」

真選組という言葉に高杉の目がぎらりと光ったのが分かる。その目に映る嫌悪に似た色を見つけながら言葉を続ける。

「小路におったのは鬼の副長と小隊だけやったけど、あの様子じゃ祭りの中にはもっとおるかもね」

「上々。将軍諸共いっぺんに狩れる」

喉を鳴らして笑う高杉に、岩倉は微笑んだ。幕府を嫌う気持ちは自分とて同じだ。

川の傍に屈み、手で水をすくい顔を洗う。両耳に下げているピアスが揺れる音が微かにする。髪も洗いたいけど、時間もそうないだろうからここは我慢だ。

「時期に花火が上がる。それが合図だ」

「花火を合図に何をすればいいんですか」

袖で顔を拭いながら、高杉の言葉を繰り返す。確かに花火が合図であれば、どこにいても見逃す事はないだろう。

「何もする必要はねぇよ」

高杉の言葉が意外で、仁は思わず首を傾げる。今日この祭りに来ているのは高杉と自分だけだ。他の仲間がいない今、何もしないのでは将軍の首は獲れない。他に協力者でもいるというのか。事の詳細を教えてくれない高杉を不思議には思ったが、多くを語る必要はないという事なのだろう。

「じゃあ僕らはゆっくり花火が見れますね」

嬉しそうに言う仁の言葉に、にぃっと高杉が笑った。



「おお、トシ戻ったか」

将軍がいる櫓の下で本陣を構えている近藤の下へ戻った土方は苛々した表情を隠しもしなかった。その様子を見て事の顛末は察しがつく。

「逃げられたか」

「あぁ」

「なに、韋駄天の足には適うまいよ」

ちっ、と短く舌を打ちながら、咥えていた煙草を指で挟み、煙を吐き出す。近藤の言葉を素直に受け取りたくない土方は言葉を続けた。

「だが、奴が高杉と合流すべくここに来ている事は間違いねぇ。ここで奴らを捕らえる」

将軍お抱えの幕吏から岩倉の襲撃による応援要請があって出動した土方率いる小隊は、全員無事に帰ってきたようである。土方の苛立ちはごもっともだが、近藤は全員無事でいる事が嬉しかった。

「トシよ、全員無事で戻って来てくれた事が何より誉れじゃないか」

近藤の言葉に土方はむくれた様子で視線をよこした。咥えている煙草を噛みしめながら苦々し気に言う。

「あいつに人を斬る気がなかったからだろう」

「あいつ?岩倉の事か?」

「あぁ」

遠くの舞台で踊る女達に視線を投げながら、近藤の問いに短く返事をした。あの小路での出来事がありありと思い出される。

齢は沖田とそう変わらないはずなのに、あの大勢で取り囲まれている最中、警戒を諸共しない抜刀術。だが、そこまでの技量がありながら、少しの交戦の後に陣営が崩れた瞬間、あの持ち前の俊足で走り去って行った。

「奴の目に最初から殺気はなかった」

交戦中の岩倉の目を思い出しながら、土方は煙を吐く。ううん、と近藤は唸った。

「ともかく、俺は会場を少し回ってくる」

舞台から視線を近藤へ戻し一言告げると、土方は小隊を編成してすぐに行ってしまった。早めにしょっ引きたいほど危険な人物である事は間違いない。

しかし。

大勢の幕臣を斬っておきながら、真選組の前にあっさりと退散した岩倉。何か考えあっての事なのか。

近藤は岩倉のひょろひょろとした体躯に、間延びした話し方を思い出していた。
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