第29話
「もうひとつは、完全に諦めきってしまうこと」
ピュアとシンヤの声が途切れた。
もうこの車内には三人だけ。最初からがらがらにすいていたが、半数にまで減ると、さみしさは倍どころか十倍くらいに増幅して感じられた。
「ねえ、あたしたち、みんなここで死んじゃうのかなあ?」
ピュアの言葉に、シンヤが辛辣な言葉を返す。
「もう実質死んでるよ。ぼくらは自殺したんだよ? 記憶もうっすらとだけど、自殺した前のものも戻ってきたし」
「どうしてこんなところにいるんだろう?」
ピュアはまた疑問をつぶやく。
「きっと理由なんてないさ。もしくは自殺したぼくらへの罰なんじゃない?」
「どうしてあたしなのよ! あたしを自殺にまで追い込んだアイツらが苦しむべきじゃない! 自殺するまで苦しんで、あげく自殺してもこんなに苦しむなんて理不尽よ!」
「だね。けど」
シンヤは分厚い眼鏡をくいっと持ち上げ、
「現世だって似たようなものだったじゃないか。だろ、ピュアさん。サンクスさんだって」
「……ああ。そうだな」
ぼくは茫然とした頭でいろいろなことを考えていた。
現世の記憶を振り返っているんじゃない。いまこの場で起きていることをだ。
確かに、現世とやらに行くには、このでたらめに長い線路を、ぼくらは電車に乗った分だけ徒歩で戻らなくてはならない。
けど、ぼくらはここにいる限り、少なくとも空腹で倒れることはなさそうだった。喉も渇かず、眠りも必要としない。
だとするなら、徒歩で移動すること自体は可能。
あとは……。
「どうやって電車をとめるか、か」
ぼくのつぶやきにふたりが反応した。
「どういうこと?」
尋ねてきたシンヤにぼくは事情を説明した。
「なるほど。たしかに、気の遠くなるような距離だけど、歩けないことはないよね。……まあ〝黒い怪物〟に襲われなかったらだけど」
「そうか……」
ずっとなにか引っかかっていたことに思い当たった。
「なあ、あの黒い怪物って、操れないかな?」
「は?」
シンヤはぽかんと口を開けて、ぼくを見上げてきた。
「だからさ。あの黒い怪物だよ。あれを操れるなら、この電車をとめることもできるかもしれない。仮に無理でも、無事に線路に飛び降りることだってできるかもしれない。鉄骨にぶら下がったりとか」
「……そんなの……」
無理だよ、と続けようとしたのだろうが、あらためてシンヤは考え込んだ。
「そうだね。……確かにどうせこのまま消えるくらいなら、試す価値はあるかも」
「けど、どうやって呼び出すのよ」
ピュアの問いかけにぼくは、
「ぼくらは自殺した原因を思い出したんだろ? だったらそれを回想すれば、怒りでも憎しみでも恨みでもたくさん溢れ出てきてあの怪物を形作るんじゃないかな?」
「……とはいっても、暴走したらそこでぼくら全滅だね」
シンヤはそういったものの、彼は乗り気のようすだった。
「あたしもそうするわ。もうどうでもいいもの」
彼女は右足首がなくなった足をぶらぶらとさせていう。
「よし! 黒い怪物を意識的に呼び出すぞ!」
黒い怪物は、あっさりと出現した。
通路を完全にふさぐほどの巨大な霧の塊のおばけのような存在。そいつが三体。
「よしよしよーし。暴れないじゃん。いい感じだ」
シンヤは自分の前にある黒い怪物を見ながら満足げにうなずく。
「窓をまず割ろう」
ぼくの言葉にふたりはうなずき、黒い怪物を慎重に、慎重に動かした。
窓のほうを向いた黒い怪物は、窓ガラスを叩き割った。強度は思ったほどではなかった。
破片は窓の外を流れ、闇の中に流れていった。世界はとっくに闇に包まれている。
キラキラした破片が流れ去ったあと、無骨な鉄骨が見えては消え、見えては通りすぎて消えていく。かなりの速度が出ていることがわかった。
流れ込んできた風に髪を押さえながらピュアが、
「次にどうするの?」
「……鉄骨に飛び移ろうか? けど、黒い怪物に掴まれると、それだけでケガをしそうだな」
「いっそ、この電車ごと止めてみない?」
いたずらっぽい顔をしてシンヤがいう。
「…………無理だろう」
いくらなんでも不可能だと思った。そもそもどうやってとめるというんだ。脱線しかねない。
「べつに、一番前の車両まで行って、黒い怪物三体でその車両の頭を押さえて、後続の車両すべてをとめようなんていってないよ。だいたいそんな真似したら、きっと脱線して三途の川に真っ逆さまだ」
どうやらシンヤは別に錯乱したわけではなく、相変わらず冷静なようだった。
「連結部さ」
「え?」
シンヤの言葉の意味がわからなかった。
「電車の全車両を止めたり、車両を輪切りにするよりはきっと現実的だと思うけど。ついでにいうなら触れただけで、〝ケガ〟を負う怪物に安全な鉄骨の上まで運んでもらうってのは却下だよ。仮に、その場はそれでよくても、それから長い距離を移動するんだ。ケガがじょじょに悪化することを考えれば、とてもそんな作戦は受け入れられない。――だから連結部をねらうんだ」
ピュアとシンヤの声が途切れた。
もうこの車内には三人だけ。最初からがらがらにすいていたが、半数にまで減ると、さみしさは倍どころか十倍くらいに増幅して感じられた。
「ねえ、あたしたち、みんなここで死んじゃうのかなあ?」
ピュアの言葉に、シンヤが辛辣な言葉を返す。
「もう実質死んでるよ。ぼくらは自殺したんだよ? 記憶もうっすらとだけど、自殺した前のものも戻ってきたし」
「どうしてこんなところにいるんだろう?」
ピュアはまた疑問をつぶやく。
「きっと理由なんてないさ。もしくは自殺したぼくらへの罰なんじゃない?」
「どうしてあたしなのよ! あたしを自殺にまで追い込んだアイツらが苦しむべきじゃない! 自殺するまで苦しんで、あげく自殺してもこんなに苦しむなんて理不尽よ!」
「だね。けど」
シンヤは分厚い眼鏡をくいっと持ち上げ、
「現世だって似たようなものだったじゃないか。だろ、ピュアさん。サンクスさんだって」
「……ああ。そうだな」
ぼくは茫然とした頭でいろいろなことを考えていた。
現世の記憶を振り返っているんじゃない。いまこの場で起きていることをだ。
確かに、現世とやらに行くには、このでたらめに長い線路を、ぼくらは電車に乗った分だけ徒歩で戻らなくてはならない。
けど、ぼくらはここにいる限り、少なくとも空腹で倒れることはなさそうだった。喉も渇かず、眠りも必要としない。
だとするなら、徒歩で移動すること自体は可能。
あとは……。
「どうやって電車をとめるか、か」
ぼくのつぶやきにふたりが反応した。
「どういうこと?」
尋ねてきたシンヤにぼくは事情を説明した。
「なるほど。たしかに、気の遠くなるような距離だけど、歩けないことはないよね。……まあ〝黒い怪物〟に襲われなかったらだけど」
「そうか……」
ずっとなにか引っかかっていたことに思い当たった。
「なあ、あの黒い怪物って、操れないかな?」
「は?」
シンヤはぽかんと口を開けて、ぼくを見上げてきた。
「だからさ。あの黒い怪物だよ。あれを操れるなら、この電車をとめることもできるかもしれない。仮に無理でも、無事に線路に飛び降りることだってできるかもしれない。鉄骨にぶら下がったりとか」
「……そんなの……」
無理だよ、と続けようとしたのだろうが、あらためてシンヤは考え込んだ。
「そうだね。……確かにどうせこのまま消えるくらいなら、試す価値はあるかも」
「けど、どうやって呼び出すのよ」
ピュアの問いかけにぼくは、
「ぼくらは自殺した原因を思い出したんだろ? だったらそれを回想すれば、怒りでも憎しみでも恨みでもたくさん溢れ出てきてあの怪物を形作るんじゃないかな?」
「……とはいっても、暴走したらそこでぼくら全滅だね」
シンヤはそういったものの、彼は乗り気のようすだった。
「あたしもそうするわ。もうどうでもいいもの」
彼女は右足首がなくなった足をぶらぶらとさせていう。
「よし! 黒い怪物を意識的に呼び出すぞ!」
黒い怪物は、あっさりと出現した。
通路を完全にふさぐほどの巨大な霧の塊のおばけのような存在。そいつが三体。
「よしよしよーし。暴れないじゃん。いい感じだ」
シンヤは自分の前にある黒い怪物を見ながら満足げにうなずく。
「窓をまず割ろう」
ぼくの言葉にふたりはうなずき、黒い怪物を慎重に、慎重に動かした。
窓のほうを向いた黒い怪物は、窓ガラスを叩き割った。強度は思ったほどではなかった。
破片は窓の外を流れ、闇の中に流れていった。世界はとっくに闇に包まれている。
キラキラした破片が流れ去ったあと、無骨な鉄骨が見えては消え、見えては通りすぎて消えていく。かなりの速度が出ていることがわかった。
流れ込んできた風に髪を押さえながらピュアが、
「次にどうするの?」
「……鉄骨に飛び移ろうか? けど、黒い怪物に掴まれると、それだけでケガをしそうだな」
「いっそ、この電車ごと止めてみない?」
いたずらっぽい顔をしてシンヤがいう。
「…………無理だろう」
いくらなんでも不可能だと思った。そもそもどうやってとめるというんだ。脱線しかねない。
「べつに、一番前の車両まで行って、黒い怪物三体でその車両の頭を押さえて、後続の車両すべてをとめようなんていってないよ。だいたいそんな真似したら、きっと脱線して三途の川に真っ逆さまだ」
どうやらシンヤは別に錯乱したわけではなく、相変わらず冷静なようだった。
「連結部さ」
「え?」
シンヤの言葉の意味がわからなかった。
「電車の全車両を止めたり、車両を輪切りにするよりはきっと現実的だと思うけど。ついでにいうなら触れただけで、〝ケガ〟を負う怪物に安全な鉄骨の上まで運んでもらうってのは却下だよ。仮に、その場はそれでよくても、それから長い距離を移動するんだ。ケガがじょじょに悪化することを考えれば、とてもそんな作戦は受け入れられない。――だから連結部をねらうんだ」
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