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三途の川を渡る電車

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第28話

 その持って回ったいい回しに、なにやら不穏な気配を感じた。
「ですが、この『天国』行きの電車が、『現世』で途中下車できるようにとまるなど申してません」
「つまり……どういうことぢゃ?」
 ストリートの声は震えている。質問しつつも、この車掌がとんでもないことをいおうとしていることに気づいていた。

「皆さん――自殺して当車両にお乗りになった〝乗客〟の皆さん。……あなた方は『天国』行きの電車に揺られてはいますが、決して天国には辿り着けません。当然じゃないですか。神様から与えられた命を勝手に粗末にしたあげく、天国になど行けるはずもない。――皆さんは、ここで〝黒い怪物〟に追い回されて恐怖し続けるか、ここから消滅してこの橋や三途の川の遙かしたにある地獄に魂が堕ちていくか、その二択しかございません。――当然、『現世』という〝駅〟で降りられるということもございません」

 その台詞が、長かったためもあるし、いきなりの状況説明だったためもある。
 だがなによりもその台詞を、理性が拒んだ理由は……
「じゃ、じゃあ……ぼくらはこの電車に揺られていれば、いつか『現世』――現実世界に帰れるわけじゃないんですか?」
「もちろんです」
 死神は心外そうに、
「あたりまえでしょう?」
 ぼくらは顔を見合わせた。
「ひどい! だましたんだ!」
 シンヤの言葉に、車掌の赤い双眸が細くなる。
「だました?」
「え。いや……その……」
 小学生は震えてぼくの背後に隠れた。座席に座ったままのピュアは茫然としている。
「……なるほどのう……まあ、らしいといえば、らしいのう。……わしの人生としては」
 まっ先に状況を受け入れたのは、ストリートだった。彼はどっかりと腰をおろした。
「まあ地獄と呼ばれるような責め苦の世界でないだけまだましか」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ぼくはまだ十歳なんだ! 小学生だ! 子供だ! ……なのにこんなの酷すぎる!」
「死は、子供にも大人にも平等ですよ」
 それでは、と一礼して車掌は去ろうとした。
「ちょっと待ってください!」
 ぼくは車掌を引き止めた。
「だったら『現世』で降りる方法を教えて下さい。さっき可能だ、とはおっしゃいましたよね?」
 きびすを返した死神だったが、止まって振り向いた。
「はい、そのようにいいました。……正確に申し上げるなら、この電車は、今のように揺られている状態か、もしくは〝乗客〟が車内から消滅したあと『天国』に到着する状態かしかありません。そしてこの電車からあなた方が移動可能な先は、〝このまま〟か〝現世〟の二種類しかありません」
「どういう意味ですか? 現世ってのは」
「この電車は走ってますよね」
 車掌は三途の川に電車の照明の細い帯を作っているのを見下ろした。
「走ってます。それが?」
「つまり、そういうことです」
「…………」
「この電車が元いた場所、始発した場所が『現世』です。〝駅〟と呼べるのは、その『現世』と『天国』のみです」
「……じゃ、じゃあ、ぼくらは時間とともに、どんどん『現世』から離れたってこと?」
 シンヤが腰から顔をのぞかせていう。その顔にはおびえがある。
「正確には、離れている最中です。この電車は別に速くはありませんが、遅くもありません。もう歩いて何日もかかる距離を移動したのは間違いありませんね」
「……この電車から飛び降りたとして助かるのか? それで『現世』まで引き返せるのか?」
「……そう思われますか? 殴られれば痛く、黒い怪物に襲われてもケガをする。歩けなくもなれば、腕を失いもする。……あなた方の体は見た目通りの強度と力しかありません。当然ながら飛び降りれば、すぐさま魂は消耗しきってここから消滅することでしょう。地獄行きです」
 車掌はそれだけ説明すると、今度こそ去っていった。ぼくらは誰も呼び止めなかった。

 車掌が去ったあと、ぼくらは長い間放心していた。
 こうしている間にも、どんどん『現世』――ぼくらが生きていた世界から遠ざかっているとわかっていても、誰ひとり声を上げる者もなく、座席から腰を上げるものさえいなかった。
 幸い腹も減らないし、トイレに行きたくもならない。
 当然だろう。
 ぼくらは完全には死んでいないらしいが、同時に、生きているともいえない。そんな不確かで中途半端な存在なのだ。

「…………もう、充分じゃな……」

 そう、ストリートがつぶやいたとき、誰も彼のほうを見なかった。
 それからしばらくして、ふいに隣を見ると、

 もうストリートは影も形もなかった。跡形もなく消滅していた。

「消えたの?」
 ピュアの声には恐怖が滲んでいるが、もう表情を変えるほどの力も残ってないらしい。平静な顔に見えた。
「この電車に乗っているぼくらが、精神体みたいなものだとするなら、完全に諦めるか、ねを上げるかすれば、消滅するんだろう。なるほどね。……ぼくらには二種類の死に方がある。ひとつは〝黒い怪物〟に襲われること」
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