第27話
ぼくはピュアに肩を貸して歩く。正直状況が状況なだけに密着していてもなんら嬉しくはない。ただ不安ばかりが増えていく。
「すぐに見つかるといいが……」
ストリートの声には力がない。
「この電車、めちゃくちゃ長いもんね。少なくともぼくらはどちらの端にもたどりついてない。いったい何車両あるかもわからない」
そう。シンヤのいうとおりだ。
ぼくらはこの車両の中を相当移動した。少なくとも現実世界を走る電車なら優に往復できるくらいの距離を。けど、まだ移動していない車両がある。
「どうする? ぼくとシンヤがこの車両から両端に向かってそれぞれ走ったらどうかな?」
ぼくの提案に、
「どういうこと?」
とピュアがたずねてきた。
「このまま足が動かせない君を連れて移動するよりも、走ったほうが早いと思って。それも全員で同じ方向に行くんじゃなくて、別々の方向に走るんだ。それだったら無駄も少ない」
ぼくの意見は了承され、ストリートとピュアを残して、ぼくとシンヤはそれぞれ車掌をさがしに、別々の方向に駆けだした。
ぼくが車掌を見つけた。何十車両か移動した先に、あのふわふわした死神の格好に、車掌の帽子をちょこんとのせたうしろ姿を見かけたのだ。
「こんばんは、車掌さん」
「おや、乗客さん。どうかされましたか?」
車掌は、ぼくが呼び止めるとこちらを振り向いた。
相変わらず、黒いフードの向こうはのぞけない。ただ赤くらんらんと輝く一対の目だけがぼくを見つめている。
「乗客、二名死にましたよ」
「あなた方がギャングさんとクロスさんとお呼びしている方ですね」
「ええ……。それで、いくつか聞いてほしいことがあります。それに、ピュアの足のケガがどんどん酷くなっている……らしいんです」
「黒い怪物から受けた傷ですね?」
「そうです。あの傷です。……足が動かなくなるといってます」
「それはそうです。……あの傷は例えるなら風船に穴をあけたようなもの。中からあなた方の魂ですとか、心ですとか、そういったものが抜けていっています。小さな穴ですので、すぐに魂が消耗しきる危険はないでしょうが、放置すればいずれはそうなるでしょう」
「では、ぼくの腕のように処置しておいたほうがいいということですか?」
ぼくはなにもない右肩を車掌に見せた。
「そうですね。わたくしが鎌で切り落とせば、そこから魂が抜け出ることはなくなります」
「この電車は、どのくらいしたら『天国』につくんですか? それと〝途中下車〟できる『現世』にはいつ頃につきますか?」
「ふむ。……では、それらも含めて、処置のついでにご説明しましょう」
ぼくと車掌は並んで、ピュアのいる車両まで戻った。
そういえば、ぼくもシンヤも何十車両移動したらもとの場所に戻るか決めてなかった。シンヤは車掌が見つからないのでまだひたすら走っているんじゃないかと心配したのだが、彼は戻ってきていた。
「やった! 車掌みつかったんだね!」
「よかった。シンヤ。きみも戻ってきたんだ」
「うん。とりあえず五十車両移動して、車掌がいなかったから戻ってきたんだ」
「そっか」
ぼくは車掌を振り向いた。彼はぼくのあとをついてきていた。
「なるほどなるほど」
彼はゆっくりとピュアの右足首を観察しながらいった。
「このまま放置すれば、足首だけであく、ふくらはぎ、ふともも、やがては胴体にまで達するでしょうね。思ったよりこれは早い……」
「そんな! じゃあどうすれば!」
死神は、鎌を何本も持っているのか、黒い大きな布のような体から、鎌を取りだした。
「これで切り取りましょう」
「で、でも、『現世』に戻ったとき、わたし、それだと右足首を失ってるんですよね?」
「ええ、そのとおりです。ですが、放置すればそれで死にますね、完全に」
「…………っ」
「どうなさいますか?」
「お願いします」
ピュアが返事した瞬間、死神の鎌は動き、彼女の足を切断した。血は出ない。右足首から下が、靴をはいたまま転がる。
それを見て、ピュアは青い顔をした。もしぼくと同じなら、非現実的なほど痛みを感じてはいないだろう。
「……ごめん。みんな。……あたし、これで歩けなくなっちゃった」
痛ましそうにピュアを見ていたストリートが尋ねた。
「ところで車掌さん。この電車は『現世』にいつ頃とまるのですかな? もうずいぶんと走っているうようだが」
「そうだよ! 〝駅〟なんて今のところ一個もないし、ホントに『現世』なんて〝駅〟があるのかどうか……」
死神兼車掌は、自分の車掌の帽子をさりげに取りあげて、それを折り曲げたり伸ばしたりしてから、また頭の上にのせた。
「皆さん」
車掌がおもむろに話し始め、ぼくらは彼の話に集中した。
「〝乗客〟の皆さん、あなた方、勘違いしてませんか?」
「え? なにをさ」
シンヤが声を上げる。
「わたくし、〝駅〟にとまるなど、一言でも申しましたか?」
「だって『現世』で降りられるって」
「はい。もし降りることが可能であるならば『現世』があり得る、とそう申しただけです」
「すぐに見つかるといいが……」
ストリートの声には力がない。
「この電車、めちゃくちゃ長いもんね。少なくともぼくらはどちらの端にもたどりついてない。いったい何車両あるかもわからない」
そう。シンヤのいうとおりだ。
ぼくらはこの車両の中を相当移動した。少なくとも現実世界を走る電車なら優に往復できるくらいの距離を。けど、まだ移動していない車両がある。
「どうする? ぼくとシンヤがこの車両から両端に向かってそれぞれ走ったらどうかな?」
ぼくの提案に、
「どういうこと?」
とピュアがたずねてきた。
「このまま足が動かせない君を連れて移動するよりも、走ったほうが早いと思って。それも全員で同じ方向に行くんじゃなくて、別々の方向に走るんだ。それだったら無駄も少ない」
ぼくの意見は了承され、ストリートとピュアを残して、ぼくとシンヤはそれぞれ車掌をさがしに、別々の方向に駆けだした。
ぼくが車掌を見つけた。何十車両か移動した先に、あのふわふわした死神の格好に、車掌の帽子をちょこんとのせたうしろ姿を見かけたのだ。
「こんばんは、車掌さん」
「おや、乗客さん。どうかされましたか?」
車掌は、ぼくが呼び止めるとこちらを振り向いた。
相変わらず、黒いフードの向こうはのぞけない。ただ赤くらんらんと輝く一対の目だけがぼくを見つめている。
「乗客、二名死にましたよ」
「あなた方がギャングさんとクロスさんとお呼びしている方ですね」
「ええ……。それで、いくつか聞いてほしいことがあります。それに、ピュアの足のケガがどんどん酷くなっている……らしいんです」
「黒い怪物から受けた傷ですね?」
「そうです。あの傷です。……足が動かなくなるといってます」
「それはそうです。……あの傷は例えるなら風船に穴をあけたようなもの。中からあなた方の魂ですとか、心ですとか、そういったものが抜けていっています。小さな穴ですので、すぐに魂が消耗しきる危険はないでしょうが、放置すればいずれはそうなるでしょう」
「では、ぼくの腕のように処置しておいたほうがいいということですか?」
ぼくはなにもない右肩を車掌に見せた。
「そうですね。わたくしが鎌で切り落とせば、そこから魂が抜け出ることはなくなります」
「この電車は、どのくらいしたら『天国』につくんですか? それと〝途中下車〟できる『現世』にはいつ頃につきますか?」
「ふむ。……では、それらも含めて、処置のついでにご説明しましょう」
ぼくと車掌は並んで、ピュアのいる車両まで戻った。
そういえば、ぼくもシンヤも何十車両移動したらもとの場所に戻るか決めてなかった。シンヤは車掌が見つからないのでまだひたすら走っているんじゃないかと心配したのだが、彼は戻ってきていた。
「やった! 車掌みつかったんだね!」
「よかった。シンヤ。きみも戻ってきたんだ」
「うん。とりあえず五十車両移動して、車掌がいなかったから戻ってきたんだ」
「そっか」
ぼくは車掌を振り向いた。彼はぼくのあとをついてきていた。
「なるほどなるほど」
彼はゆっくりとピュアの右足首を観察しながらいった。
「このまま放置すれば、足首だけであく、ふくらはぎ、ふともも、やがては胴体にまで達するでしょうね。思ったよりこれは早い……」
「そんな! じゃあどうすれば!」
死神は、鎌を何本も持っているのか、黒い大きな布のような体から、鎌を取りだした。
「これで切り取りましょう」
「で、でも、『現世』に戻ったとき、わたし、それだと右足首を失ってるんですよね?」
「ええ、そのとおりです。ですが、放置すればそれで死にますね、完全に」
「…………っ」
「どうなさいますか?」
「お願いします」
ピュアが返事した瞬間、死神の鎌は動き、彼女の足を切断した。血は出ない。右足首から下が、靴をはいたまま転がる。
それを見て、ピュアは青い顔をした。もしぼくと同じなら、非現実的なほど痛みを感じてはいないだろう。
「……ごめん。みんな。……あたし、これで歩けなくなっちゃった」
痛ましそうにピュアを見ていたストリートが尋ねた。
「ところで車掌さん。この電車は『現世』にいつ頃とまるのですかな? もうずいぶんと走っているうようだが」
「そうだよ! 〝駅〟なんて今のところ一個もないし、ホントに『現世』なんて〝駅〟があるのかどうか……」
死神兼車掌は、自分の車掌の帽子をさりげに取りあげて、それを折り曲げたり伸ばしたりしてから、また頭の上にのせた。
「皆さん」
車掌がおもむろに話し始め、ぼくらは彼の話に集中した。
「〝乗客〟の皆さん、あなた方、勘違いしてませんか?」
「え? なにをさ」
シンヤが声を上げる。
「わたくし、〝駅〟にとまるなど、一言でも申しましたか?」
「だって『現世』で降りられるって」
「はい。もし降りることが可能であるならば『現世』があり得る、とそう申しただけです」
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