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三途の川を渡る電車

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第26話

 それでも、
「やめるんだ、ギャングさん。……ぼくもいろいろあったからわかる。だからこういうふうに乱暴な気持ちになることもあるってわかる。だけど、同じように気づいている仲間――へぶっ!」
 ギャングの拳がぼくの頬をとらえる。
 ひどく殴りなれたような、なんの躊躇いも感じさせない一撃だった。
 殴られて、ぶっ倒れるまで、ぼくはまったく気づかなかった。
「うっせー。まずうるさいテメーから黙らせるぜ。だいたい気に入らなかったんだよ、ハナっからよー」
 ギャングは、ぼくの腹に爪先をめり込ませた。蹴られたと気づくのと吐き気は同時。
「最初っから最後まで、おれらのうしろをただ黙ってついてきてればよかったんだ。なのによー、ちょっと勘違いしちゃって馴れ馴れしい口ききやがって。おら! ですます体はどうした! ですます体は! それと感謝だ! 感謝しやがれ!」

「……嫌だ」

 ぼくは、痛みと恐怖に涙が浮かびながらもそういい切った。
「なにぃ?」
「嫌だといったんだ。もうぼくは、なにかにつけて感謝したりしないし、お前みたいな奴に丁寧語で話したりもしない」
「ああん? ちょっとピュアと仲良くできたからって調子こいてんじゃねえぞ、こら!」
 彼の蹴り足を掴み、そのままやつを倒した。
 尻もちをついたやつは、酔いと怒りで濁った目でじっとこっちを見ていた。
 その彼の周囲から〝黒い怪物〟の気配がたちのぼる。
「……死ねよ」
 黒い怪物は、彼のタトゥーのある腕によく似た筋肉質そうな腕を作りだした。その先には拳ではなく、刃物のように鋭くなっている。

 ――ギャングは、なんのためらいもなく、それをぼくに向かって、
 振るった。

「だめや! そんな殺し合いなんか」
 ぼくを押し倒し、刃をかいくぐっらせてくれたクロス。彼女の濃いメイクは涙と汗で流れ落ちていた。そんな顔が押し倒されたぼくの頭上に見える。
「うっせ。それに、うっぜ」
 ギャングがまたも刃を振るった。
 次の瞬間、
 クロスの首が落ちた。
 ぼくの顔に向かって。
 クロスの真っ赤に口紅を塗った唇と、ぼくの唇が、ほんの一瞬触れ合う。彼女は両手をついたままの状態で、首も動かさず、ただ頭部だけが落下してきた。
 生首とキスしたぼくは、
 ごろり、と
 ぼくの横に転がって仰向けになったクロスの首を見て、
 叫んだ。
「あああああ! ああああああ!」
「うるっせえ!」
 さらなる一撃が襲う。
 そう感じたとき、
 マスカラにふちどられた生首の目が、ぎょろ、と動き、
 ギャングをとらえ
「しね」
 と唇がかすかに震えた。そのまま息絶えた。
 クロスの産み出した黒い怪物は、クロスが死ぬ直前に実体化し、
 ギャングの腹を深々と貫いていた。
「かはっ……はあ?」
 ギャングは自らの腹にうがたれた、二体目の〝黒い怪物〟が放つ槍のような触手を見て、首を傾げた。
「え? うそだろ? なんでジジイやガキじゃなくて、おれが死ぬんだ? ふつうこういうのは弱いやつから死ぬもんだろ?」
 最後の最後まで不思議そうな顔をしたまま、やつは事切れた。
 ぼくは、
 立ち上がった。
 周囲には、胸に穴が空いたギャングの死体と、首と胴を切り離されたクロスの死体。
 黒い怪物は、二体ともいない。もしあの怪物をぼくらが作っているのだとしたら、その産み出す存在が完全に死亡した時点で消滅するのかもしれない。
「……嘘、でしょ?」
 どうやら隣の車両か連結部でことの一部始終を見ていたらしいピュアが、血腥い車両に入って来た。
 ここがどういう世界なのかわからないが、血の臭いは鼻につくほどしている。まるで怨念かなにかが取り憑いているかのように。仮に清掃しても残りそうなほど濃い臭い。
「し、死んじゃったの?」
 シンヤはピュアの腰にしがみついたまま、つぶやいた。その眼鏡の奥の目は、茫然としている。
「……これは、完全に死んだと見るべきじゃろうな。現世とやらに帰ることは絶対に不可能じゃ」
 ストリートのいうとおりだ。ぼくは片腕を失い、失った状態で現世に帰ると車掌がいっていた。だとするなら、クロスは首を失った状態で、ギャングは胸に大穴があいた状態で現世に戻る。もし仮にギャングは生きていたとしても、すぐに出血多量だかショック死だかで死ぬだろう。
 四人になったぼくはら、いつのまにか夜空と呼ぶのがふさわしくなった空を見上げた。

「ねぇ……こんなときにいいにくいんだけど、あたし、どんどん右足が動かなくなってるのよね。あの黒い怪物に襲われた足が……」

「それは本当かの?」
 ストリートが慎重に尋ねる。
「ええ。間違いなく」
 ピュアの声は、恐怖に震えている。死体の恐怖、このまま足がどうなるのかという不安。
「……車掌、車掌を捕まえよう! そしてもっと情報を聞きだすんだ! 黒い怪物から受けた傷がどういうふうになるのか。それからあとどのくらいで〝途中下車〟できる『現世』の〝駅〟があるのかを!」
 シンヤの提案にぼくらはうなずいた。
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