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三途の川を渡る電車

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第25話

「ぼくらは、自殺した――と思う。けど、同時に三途の川を渡っている最中だ」
「あ……」
 ピュアが声をあげた。
「つまり、自殺は完了していない?」
「たぶん」
 ぼくは自信なげにうなずく。
「おそらくそうだと思う。だとしたら、自殺してこの場に来たのなら、自殺した原因をとりのぞけば、なんとかなるんじゃないか、なにか起こるんじゃないかと思うんだ」
「…………それは、一理ありそうね」
 ピュアがうなずいた。

「だからぼくは、『サンクス』てしての在り方をやめようと思う。憎しみも恨みもすべて認めて、感謝したくないときには感謝などしない」

 一瞬きょとんしたあと、ピュアは笑った。他のみんなも笑っていた。
「なんや、妙に真面目な顔してくさるから、なんか凄いこというんかと思ったら、めっちゃあたりまえやん。したいようにしい」
 クロスが笑った。
「ありがとう」
 ぼくがそういうと、
「あははは! また感謝しとるで、サンクス!」
「さ、さっきのはいいんだよ、心から感謝したかったからしたんだから……」
 ぶつぶつといい返すぼくを見て、みんなが笑った。
 そのままなぜかぼくらはまるでお祭りか花見でもするように騒ぎだした。
 ひとつは緊張の連続の反動から。
 もうひとつは、
「笑え、笑え、笑え! なあ、サンクス! ほら、他のみんなも。……もしあの〝黒い怪物〟が暗い感情から生まれてるんやったら、笑い続けたらええ」
「笑えっていわれても、面白い話でもしてくれないと笑えないよ」
 理屈っぽい口調でシンヤがそういうと、クロスがそのわき腹をこそぐった。
「く、……あははは!」
「なんやだらしないなあ……口ほどもない」
「あはははは! く、苦しい。笑いすぎて苦しい……あははははは! やめてよ、お姉ちゃん!」
「ほらほらもっと笑えー!」
 男子小学生と少女がじゃれ合うのを見て、ストリートは微笑ましそうに見ている。ギャングとピュアは声をあげて笑った。
「あー残念ねー。なにかちょっとした飲み物やつまみでもあればよかったんだけど」
 ピュアの声に、ギャングが「そういえば」といって、ウイスキーの小さなボトルをズボンのポケットから取りだした。
「酒、あるぜ」
「おおう! 飲もう飲もう!」
 声をあげるクロス。
「ちょっと、あなた、どう見ても未成年でしょう?」
「ここは死後の世界や――いや、正確にはあの世とこの世の間か……まあどっちにしても日本の法律の適用外やろうが」
「……もうっ。説得力があるんだかないんだか」
「ここって荷物を持ちこんだりもできたんだね」
 ぼくがピュアにそういうと、
「そういえばそうね。……まあ服とか着たままだし、それにストリートも段ボールを敷いてたじゃない?」
「ああ、そういえば」
 そういっている間にも、
 ぐびぐび、ぐびっ、と。
 見るからにアルコール度数が高い酒をぐいぐいと飲んでいるギャング。
「ぷっ……ふぅぅぅ……うんめえ……つーかウイスキー持ってたの忘れてたなんてよ」
 もう顔を赤くしたギャングがろれつの怪しくなった口調でいう。
「この異常事態と〝黒い怪物〟のせいで、すっかり忘れてたぜ」
 いきなり彼は隣に座るピュアの手を握った。
「酌しろよ、酌」
 いきなり酔っぱらいにからまれたようになった女子高生は、うろたえた。
「え? ええ? 酌っていっても、コップもないよ」
「んじゃあ、おめえがこのウイスキーを持って、おれの口に直接そそげよ。……なんなら口移しでもいいぜ? いや、口移ししろ」
「……あの、でも……そんな……」
 タトゥーの入った筋肉質な腕に掴まれて、ピュアの顔はこわばっている。
「まあまあ、ちょい待ちいいな。……そりゃうちも宴会みたいに笑えればいいと思ったけど、飲むならみんながわいわいと楽しめやな――がっ!」

 髑髏が彫り込まれた肩の筋肉が盛り上がったと思った瞬間、
 そのギャングの拳は、
 クロスの頬にめり込んでいた。
「うっせー。口ごたえすんじゃねえぞ、ブス! どブス!」
 酒混じりの痰を、ギャングはクロスの赤くなった頬に吐き捨てた。

「ひっ――ひいぃぃ……」
 クロスは、突然おびえだして丸くなった。
「堪忍や。ほんま堪忍やあ」
「いいや。いやだね」
 ウイスキーボトルを持ったまま座席から立ち上がるギャング。
 その前で跪き命乞いをするように体を丸めているクロス。
「……は。なに、これ?」
 一番冷静で知識も豊富そうな小学生、シンヤがもっとも反応が遅れた。
「酒乱の気質があったというわけか。存外、自殺がらみかもしれんの。この酒癖の悪さは」
 ストリートはそう冷静にいうと、ピュアとシンヤとぼくに目配せした。
「とりあえず離れるべきじゃ」
 シンヤとピュアの手を掴むと、ストリートは歩きだす。
 ぼくは、ギャングを止めに入った。
 無礼講の宴会だろうが、なんだろうが、明らかに、彼はやりすぎている。
「ああん?」
 クロスの前に立ちふさがったぼくを見て、ギャングは目を細めた。
 ――怖い。
 最初にあったときから怖かったが、一段と怖い。
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