ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

三途の川を渡る電車

ジャンル: その他 作者: そばかす
目次

第24話

「あのさ……」
 ぼくは重い口を開いた。〝黒い怪物〟について、なんとなく感じていることがあった。
「あの怪物が〝敵意〟――自分さえも自分で滅ぼしてしまうような敵意の塊だってのは同意してもらえるかな?」
「まあ、せやな……事実、あの怪物はうちらを攻撃してくるし、見た感じの雰囲気も興奮した暴漢とかそんなイメージや」
 クロスがうなずく。
「じゃあさ、その敵意の根源ってなんなんだろう?」
「根源?」
 ピュアが今度は口を開いた。
「そう、根源。源。原因。……うっすらだけど、ぼくはあの〝黒い怪物〟が現れたときのことを思い返すと、周囲への怒りや憎しみが関わっているんだと思う」
「……まあ、確かに。その可能性はありそうじゃ……」
 ストリートは白髪を上下させたが、
「じゃがの、お若いの。ふつうどんな人間だって敵意や悪意というものを、意識、無意識をとわず多かれ少なかれもっておるもんぢゃ」
「同感だね」
 短く、けど力強くシンヤが同意する。なにやら思うところがあるらしい。
 小柄な小学生は座席に腰かけた。
「みんな座りなよ。座って話したほうが落ち着く。立ち話もなんだしさ」
 彼の提案にみんな従った。いつかのように六人が三三に分かれるのではなく、一列に腰かける。特に順番を決めたわけでもないけど、すんなりと腰かけた。クロス、シンヤ、ぼく、ピュア、ギャング、ストリートの順。
 なんとなく全員が、もうオレンジと呼ぶよりは、朱色に墨を混ぜたような色と呼ぶべき、暗い西の空を眺めていた。薄曇りの空には星はまたたかない。
 川――三途の川はもともと波がほとんどなかったためもあり、のっぺりとした黒い板のように見えはじめていた。
「サンクスがわざわざあの〝黒い怪物〟を敵意やいうたってことは、なんか解決法なりなんなりわかったんか?」
「たぶん」
 ぼくは頷き、一度口を閉じた。ぼくにみんなの視線が集中するのがわかる。遠くの席の者は座席から身を乗り出すようにしてぼくを見ている。
「ここに来たのは〝自殺〟したからだ。そうだよね?」
 ぼくの言葉に、みんながうなずく気配がした。
「そして自殺した原因は、……必ず、ある」
 これにはうなずく気配はなかったが、否定する声はあがらない。
 理由もなく自殺する人間なんていやしないだろう。だからあえて突っ込んで話す必要も感じなかった。
「例えば、ぼくは自殺したときのことをよく思い出した。――ぼくは感謝してた。遺書でも」
「感謝? 遺書で?」
 クロスが不思議そうな声をあげた。

「そう。……家族、友人、先生に感謝して自殺した」

 ぼくは、ピュアたちのほうだけでなく、シンヤたちのほうも見た。全員ふしぎそうな顔をしている。
「サンクスっていうピュアに名づけられた名は、すごくよく当たってる。ぼくはいっつも感謝ばかりしてたんだ」
「…………それ、いいことちゃうん?」
 みんなが口が重くなるなか、クロスが代表して話を促してくれる。
「そうだね。まあ、いいことなのかもしれない。けど、ぼくの場合は、……うまくいえないけど、よくなかったらしい」
 一度口を閉じ、唇を湿らせ、
「ぼくが遺書にまで感謝の言葉を書いたのは、悪く思われたくなかったからだ」
「これから、死ぬのにか?」
「そう……。だって、ぼくのことをよく思ってくれた人間なんて、ただのひとりもいなかった。だから最期まで自分に嘘を吐いてでも感謝の言葉を並べたんだ……と思う――そう、ここに来て気づいた」
「ご家族はおるのかの?」
 ストリートが尋ねてきた。彼はもしかしたら家族はいないか、音信不通なのかもしれない。
「います。……両親、祖父母もいて、大家族」
「せやったら、いくらでも相談できるやん。お父ちゃんでもお母ちゃんでも、それにお祖父ちゃんやお祖母ちゃんは、めっちゃ孫を可愛がるってよういうし……」
 黙っているぼく。
 ぼくの代わりに、ストリートが口を開いた。
「これ。お嬢さん……。まあお嬢さんのいっておることももっともだ。たしかに大多数の老人は孫を可愛がるかもしれん。わしだって孫に会えるなら大層可愛がることだろう。ぢゃが、同時に育児放棄だの、ネグ……ネグ……なんじゃったかな? 新聞を賑わすようになった言葉もあるぢゃろう」
「ネグレクトだね。食事を与えなかったり、暴行を加えたり、ケガをしても病院につれていかなかったりとか」
 シンヤは答えた。大人たちよりも彼のほうが知識があるかもしれない。
「そう。そういうことぢゃ。……人間の関係は」
「一対一だ。なにごとにも例外はある」
 ギャングが引き継ぐ。
「それで? 自分の死の原因に気づいてそれがどうなる?」
 彼の片頬は動かないらしく、口を動かすと、左右非対称に顔が歪んで見えた。彼は……あせっているのかもしれない。ぼくはあの死神に腕を切り落としてもらったおかげか、別に肩は動く。たぶん、このダメージだかケガだかは、時間経過とともに全身にまでいたるんじゃないか、とふと思った。少なくともギャングはそう思ってそうだ。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。