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三途の川を渡る電車

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第23話

 彼らを実在しない存在かもしれないとぼくは一度は発言したものの、違うと思っていた。決して夢ではあり得ないほど、ピュアは嫌な女だったし、ギャングは怖いし、シンヤは口が悪いガキだった。
 だけど。
 だけどそんなぼくとは全然違う彼らだからこそ、ぼくは……ちょっとだけ視野が広がった気がしたのだ。
「あの〝車掌〟がすべて嘘を吐いている可能性があるっていったのは撤回するよ。……たぶんいったことは正しい。わざといわないでおいたことや、別のニュアンスに取れそうなもってまわったいい回しを選んだ可能性は否定できないけど、きっとさ――ここから『現世』に〝途中下車〟できるってのは本当だと思う」
 ぼくは死神兼車掌が置いていった鎌を、無事なほうの左手で拾った。重い。想像以上に重かった。軽々と振り回しているように見えたけど。
「だってさ。他に捉えようがない、やつは確かに、『無事現世に帰ることができる』といっていた」
 ストリートも、ギャングも、ピュアも、シンヤも、クロスも、みんながしゃがみ込み、嗚咽を上げるなか、ただひとり立ち上がったぼくのほうを向いていた。
「だから、まあ、逃げなよ」
 ぼくはそういってから、その鎌を振るった。
 目の前の〝黒い怪物〟に向かって。これがぼくらが作りだした存在であり、ぼくらと同じ〝乗客〟であるなら、当然この鎌による攻撃は有効なはずだ!
 その予想はたがえず、〝黒い怪物〟は、斜めに線が入るとうめき声をあげて、消滅した。
 どうやらそれはピュアが作りだした〝黒い怪物〟らしかった。彼女は先程までの激しい嗚咽がとまった。
「……あ、あれ?」
「道ができた。逃げたほうがいい」
 ぼくはそう告げる。
 片手で鎌を動かし、次の狙いを決める。
 〝黒い怪物〟たちは、必殺といってもいいくらいの攻撃力を持っているにも関わらず、ぼくらを攻撃してこない。
 これがもし自殺したぼくらが作りだした存在ならばそうだろう。
 そもそも自殺するような人間は、自分に向かって、内面に向かって、攻撃性を発揮する。要するに自分を責める。
 そういう意味では、〝犯人捜し〟のとき、ぼくやピュアやギャングを除外するなんてのは問題外といえた。
 だって自殺ってのは、自分で自分を攻撃する最たるものじゃないか。

 鎌を振るえば、〝黒い怪物〟は倒せた。
 六体を屠るのに、たいして時間はかからなかったが、
 同時に、六体の怪物が再度出現するのも、ほんの一瞬だった。
 要するに、ぼくらの心が生みだしているのならば、当然また出現することも可能なのだ。
 とはいえ、まったく無意味ではなかったらしく、多少心にゆとりが生まれたらしい五人は、一時的に逃げ道ができた通路を走り抜けていく。
 ぼくもそのあとに続いた。
「こっちだ、来い!」
 ギャングが連結部のドアをいつぞやのように開け放って手を大きく震っている。スキンヘッドの下の顔は恐怖に歪んでいる。
 それでももっとも早くに辿り着いたからといって、そのまま逃げたりしなかった。
 シンヤ、クロス、ストリートと足の遅そうなメンツから次の車両に乗り込んでいく。
 ピュアは微妙に足が遅い。あのケガがじょじょに悪化しているか、それとも元々走りにくかったのを必死にこれまでごまかしていたのだろう。
「大丈夫?」
「ええ大丈夫っていいたいとこだけど、正直けっこうやばいかも」
「肩を貸すよ」
「ありがと」
 短くやり取りし、ぼくらは二人三脚するように走りだした。
 ぼくがピュアとこんなふうに肩を並べて走ることになるなど、最初出会ったとき想像もできなかったな。そんな思いが脳裏をかすめる。
 幸い次の車両に逃げこむと、あの〝黒い怪物〟たちは追ってこなかった。
 どういう基準で出現したり消えたりしているのか、わかるようなわからないような複雑な気分。
 ぼくらふたりを待っていた四人が、わっと取り囲んできた。
「よくやったのう! サンクス!」
「さすがお兄ちゃんだよ」
「ああ、まったくだ! すっげえぜ」
「ほんまや、ほんまようやってくれた! うちら全員の命の恩人や!」
 四人に称賛されて、ぼくはきょとんとした。しばらくして、ぼくが褒められているんだと気づくと、不思議な落ち着かない、ふわふわした心持ちになった。
「たいしたことじゃないよ。ただちょっと自暴自棄になって動いただけさ」
「…………」
 なぜかすぐそばでじっとぼくを見つめてくるピュア。
「どうかしたの?」
「口調」
「え?」
「口調が丁寧語じゃなくなってる。あの馬鹿丁寧でいらつかせる口調じゃ」
「いらついてたの?」
「そりゃそうよ!」
 ピュアが大きくうなずくと、クロスもうんうんと何度もうなずく。
「まったくやで。あのしゃべり方やと、まるでうちに話しかけられるのが嫌なんかとか、からかわれとるんかいなと思って、ほんま不快やったで」
「でも丁寧な口調は……」
「TPOをわきまえんかい!」
 いきなりクロスに後頭部をどつかれた。
 どっとみんなが笑う。
 みんな――そう、ぼくも一緒に笑ってたんだ。気づけば。
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