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三途の川を渡る電車

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第9話

 川――――。
 もう川と呼んでいいのかさえ迷うほど、この鉄橋は続いている。川幅が一番大きいのは、世界でどの川だろう? 正直、大きな川といえば、黄河とかアマゾン川とかしか浮かばない。その川幅がどれほどかも知らないし、こんな鉄橋が架かっているのかも知らない。少なくともぼくの地元を走る日本の電車がそこも走っているとは思えなかったが。
「ああ、このリバーか。……まったく不思議な光景だよな」
「海外とかにこんな景色があるかどうかわかりますか?」
「いや。考えるまでもないだろう? こいつはあり得ない光景だ」
 まったくそのとおり。
 結局、ぼくと乱暴な女子高生のコンビに、ホームレスと、チンピラっぽい男が加わったところで現状に変化はなかった。
「それで、あんたらはどうする?」
「どうする、ってどういうことですか?」
 ピュアが質問した。
 どうやらぼくとギャングの会話を聞いて、ギャングがそのあだ名ほど乱暴ではなさそうだと思ったらしい。
「おれはさがす」
「さがす?」
「この状況について知っている人間、わかる人間を、だ」
 もっともな考え。
「実際おれは、こうしてお前ら三人に出会った。――ということは、だ。当然、まだ他にも誰かいると考えられる。……まあ正直さっきの化け物がまた現れるかもしれないから気が気じゃないが、かといって現状のままただ座席に座り込んでいるよりはマシだ」
「……たしかに……電車なら車掌さんとかいるかもしれないし」
「シャショーサン?」
 ピュアはギャングに車掌について説明した。
「なるほど。車掌がこの電車の管理人のようなものなら、当然知ってるだろうな。よし! 当面はそいつをさがしだそう」
「いるのでしょうか?」
 ぼくが三人に質問を投げかけた。
 せっかくギャングやピュアはもとより、ストリートも当面の目的を持ってちょっと士気が上がってきた瞬間だったので、
 この意気をくじくようなぼくの発言は、ピュアに睨まれた。
「なによ、あんたはここに残りたいってんなら、残ればいいじゃない!」
「べ、べつに残りたいなんていってませんよ。あくまで意見を提示しただけで……その意見を取捨選択するのはリーダーの役目ですから」
「誰がリーダーよ! べつにあたしはリーダーなんていった覚えはないわ」
「ぼくもです。……あの、リーダーを決めませんか?」
「必要あるか?」
 ギャングが太い首をひねる。
「まあそれはおいおいということでいいじゃろ。それよりさっさと探そう。正直わしはあの〝黒い化け物〟が怖くてならん」
「ジッサンはケガはしてないんだろ? まあ俺の頬もかすり傷だし、痛みも忘れている様子のお嬢さんもたいしたケガじゃなさそうだが」
 そういわれて、彼女は自分の足を見て傷を確かめる。確かに皮膚一枚切った程度の本当に文字通りのかすり傷だ。なんとなく子供の頃原っぱで遊んでいて、よく切れる葉で指先を切ったことを思い出した。けっこう痛いし、血も出たりするのだが、本当に傷は浅かった。そんな程度。
 あと余談だけど、ギャングが「じいさん」を呼ぶ「ジッサン」という口調はいかにもたどたどしいのに、「お嬢さん」という口調は流暢だった。きっとじいさんを呼ぶよりも、お嬢さんを呼ぶほうが圧倒的に多かったのだろう。
「さて。どっちに進むかじゃの」
 ケガの具合を確かめ終えて大丈夫という顔をしたふたりに向けて、ジッサンことストリートが独り言のようにいった。
「わたしたちはこっちから来ました。あなたはこっちから来ましたよね。何車両くらい移動しましたか?」
 ピュアが丁寧語でギャングに尋ねる。
「十三だな。ちょうどここで」
 彼はどうやらいかつい顔に似合わず、繊細で計算高い部分もあるらしく、きちんと数を数えていた。あんな化け物に終われていたのに数えていたというのはなかなか凄いことだと思う。
「十三……ずいぶん移動してきたんですね」
「ああ。なにせひとりっきりだったからな。しかも気づけば、電車の中。外には遠近感が狂いそうなほどの巨大な川。そりゃあ心細くなって人を捜して駆け回りもするさ」
 確かにそのとおりだ。ぼくはたまたま彼女とすぐに出会ったし、ストリートは寝ていた。けど、目覚めているなら当然動くはずだ。
 ギャングは口をつぐみ、ふいに夕陽を見つめた。薄雲に隠れて相変わらず輪郭はぼやけている。

「なあ、話は変わるが……あの夕陽、ほんの少しずつ動いてないか? 本当にちょっとずつなんだが…………」

 ぼくらはしばらく夕陽鑑賞会をした。たぶん五分くらい。
 五分間眺めた程度では、まったく動いていないように見えた。ほとんど静止しているような物体をじっと見続けても、動いたかどうかなどわからないと気づくのに、ずいぶんと時間を無駄にしてから気づいた。
「あの……」
 ぼくは口をはさんだ。
「なによ」
 つっけんどんなピュアの声。
 彼女の応対はぼくにだけ悪い。それに合わせて、なんとなくなだけど、ストリートとギャングもぼくのことを軽く扱っているように思えた。どうしてだろう? ぼくはこんなにも丁寧に誰にでも接しているのに。なぜか、いつもぼくは軽々しく扱われる。家でも学校でも。
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