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三途の川を渡る電車

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第10話

「……やっぱいいです」
 ぼくは夕陽の動きを見ていてもわからないので、なにか持ち物を夕陽の影と光の境目においてはどうかと提案しようと思ったのだ。もちろん電車は走っていて、その方角が変われば、位置が変われば影は動く。なのでこれは無意味といえば無意味だ。まして電車がどの方角にこれから走り続けるのかされもわからないのだから。もしかしたらカーブを曲がるかもしれない。
「ちっ」
 これ見よがしに少女はぼくに顔を向けて舌打ちし、そして視線をギャングに向けた。
「たぶんギャングさんのおっしゃる通りだと思います。……わたしもなんとなーくですけど、あの夕陽、ちょっとずつ沈んでないかな? って感じてたんです。さすがですね、ギャングさん」
 ぼくも気づいていたよ。
 そういいたかったが、あとでそんなことをいったら、「はいはい」と聞き流されるか、悪ければ「そんなに褒められたいの?」と馬鹿にしたように鼻で笑われそうだった。
 黙っていると、ストリートもつぶやいた。
「たしかに、あの夕陽は動いているかもしれん。そんな気がする。まあ雲に隠れておってよく見えんが。……とすると、夜が来る可能性があるということじゃな」
 ぼくらは沈黙した。
 夜。
 まあ案外明るく車内のライトがついたままなのかもしれないが、どちらにしろどことも知れない川を渡る列車の中で夜を過ごすなど嫌だった。
「とはいえこの様子だと、軽く数時間は〝夕暮れ〟が続きそうじゃがな」
 数時間続く夕暮れ。
 もうそれは夕暮れではなく、夕暮れに似た別のなにかだとぼくはいいたかった。
 けどもちろん年長者の話に割り込んだりはしない。
「それってもう夕暮れじゃないですよね」
 ピュアの声。
「そうだな。もう夕暮れではない別のなにかだ」
 ギャングがうなずく。
「ええ」
 三人は頷き合っていた。
 ぼくは、そんな三人を見つめていた。ぽかん、として。だってすべてぼくが思ったこととよく似た台詞だったから。いや。誰だってこんな状況であれをただの夕暮れだとは思わないだろう。当然のことだ。
 珍しく
「ねえ、あんたはなにか感じることや気づいたことないの? さっきからずーっと黙ってるけど」
 ピュアが尋ねてきた。
 ギャングとストリートの顔がこちらを向く。ひげとスキンヘッドと女子高生の視線がそそがれて、ぼくは首をふった。
「特には、なにも……」
「あんたさー」
 ピュアが呆れたように口を開いた。
「植物みたいね。悪い意味で」
「え?」
「なーんにも考えてない。こんな状況なのに、みんなのためになにかを発見しよう、観察しようっていう積極的な意識みたいなのないわけ? 草食系男子なんて言葉があるけどさ、あんたはそんな草食系動物に食われる、草よ草。名もない草。食われ、踏まれるだけの、ただの草よ」
 吐き捨てるように怒る彼女に、老人が割って入った。
「これこれ……。お嬢さんが苛立つのも無理はない現状じゃが、当たり散らすでない」
 やんわりとそう諭されて、女子高生は口をつぐんだ。
「それに、サンクス君も、そう気落ちするな」
 ぼくはそんなストリートの気づかいの言葉を聞き流していた。
 頭の中では、ピュアとぼくの家族の声がこだましている。どっちがどの台詞をいっているのかわからない。そっくりな声と、そっくりな顔。
 みんなのためになにかしようって気にならないの?

 草よ、草。食われ、踏まれるだけの、ただの草よ。

 なんとなく無言になったぼくらは、ギャングが向かっていた、電車の進行方向とは逆に向かって歩きだした。
 ギャングが十三もの車両を移動して出会ったのはぼくらが最初だった。なにもない十三もの車両を移動するくらいなら、ぼくらが動いた数車両を戻ったほうが、未知の車両に早く行ける。そう判断した結果だった。
「どのみちこの電車をくまなく探すことになるじゃろうから、まあどっちに向かってもそう変わらんかもしれんがな」
 ストリートが独り言をいう。
「かもしれませんね。お嬢さん、あなたはおれのそばにいたほうがいい。また例の黒いやつが現れたら危険だ」
「ありがとうございます、ギャングさん」
 なんとなく三人は、固まって話が弾んでいる。
 ぼくは、……微妙に離れたうしろを歩いていた。
 最初はなんとなくストリートはぼくのことを気づかってくれているふうだったのだが、ぼくは無言や生返事を返すことが多く、結果、あのピュア同様に、ぼくにはもう話しかけないと決めたらしかった。
 たぶんピュアが積極的にぼくを嫌いなのに対して、ストリートはぼくが無口であるから消極的にぼくの在り方を認めてくれたんだと思う。
「たしかここからが知らない車両です」
 ピュアがそういった。そこはぼくがいた車両のちょっと手前。ぼくにとってはまだほんのしばらくは知っている車両が続く。
「ここからはぼくも知らない車両です」
 ついに四人全員が未知の車両に入ったので、ぼくはそう告げた。誰もぼくを振り返らなかった。黙々と歩く。
 ぼくの胸には、ぼんやりと、だけど確かに黒いなにかがわだかまるのを感じた。
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