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三途の川を渡る電車

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第6話

「ストリート、というのはどうだろう?」
 ストリート、道。路上生活者という言葉が連想されたが、……ぼくは口を開かなかったし、表情も変えなかった。
 ちらりと盗み見た彼女の顔も似たようなことを想像したらしかったが、なにもいわない。てっきり口の悪い彼女のことだから、そんな捻ったあだ名でなくて、単純に「ホームレス」でいいじゃないとかいうかと思ったが、そんなことはなかった。
 ホームレスの老人〝ストリート〟が仲間になった。けど、ホームレスひとり増えたところで現状はなんら改善されなかったんだ。
「それでストリートさんはどうしたらいいと思いますか?」
 ピュアが丁寧に年長者に尋ねる。
 十六歳の女子高生の数倍は生きている路上生活者は首をひねった。さすがにこんな事態にこれまでの数十年で遭遇したことはないらしい。
「正直わしにはわからん」
 そう断言した彼に対して、意外なことに彼女は怒らなかった。
「ですよね」
 落胆した表情を見せたが、普通にうなずいた。ぼくはてっきり彼女はとても乱暴者で、役立たずに対しては容赦なく怒鳴り散らすのかと思ったが、……そうでもないらしかった。
「サンクス、あんたはどう? 目覚めてから長いんだから、その分なんか気づいたことない?」
「……うーん」
 ぼくは悩んだ。正直気づいたことなどない。ないに決まってる。あるならとっくに彼女に話している。それでもここで「ない」と断言しようものなら、ただでさえ彼女の中で扱いの酷いぼくの扱いがさらに酷くなるような気がして、考え込んだ。
「なによ? なにか思いついたの?」
「いや。……なにも」
 ぼくは仕方なくそう答えた。彼女はため息とともに言葉を吐きだす。
「ハア……なんなのよ、あんた、いったい。考え込んでるから、期待しちゃっただじゃない。……もういい! あんたになんか絶対なにひとつ金輪際期待したりしない!」
 怒ったように彼女はそういった。
「まあまあ、お嬢さん。……こんな状況なんじゃ、誰だってハキハキといったり、キリキリ行動できたりせんじゃろう? ――それに、たった三人の仲間。喧嘩などせんほうがいいだろう」
 老人の指摘はもっともで、ピュアは黒髪で左右を縁取られた顔を少し赤らめた。
「ごめんなさい。……どうもピリピリしてて」
「そりゃそうだ。……わしだって、正直心臓がばくばくいっとる。いったいこの状況はなんなんじゃー! あの川はなんなんじゃー! ってな」
 白い眉毛の下の目を細める。
 それを見て、少女も微笑んだ。
 まるで仲のいい祖父と孫娘のように。
 ぼくは、……なぜか強烈な疎外感を感じた。
 ――やっぱり、ここもぼくの居場所じゃない。
 どんなに努力して我慢して気をつかっても、なぜかクラスでもどこででも、ぼくは距離を取られる。
 きちんと親のいいつけも祖父母のいいつけもすべて守っているのに。一向に立派な大人になれていなかった。
 逆に、およそ立派な大人と呼べないような行動をしている人たちのほうが、朗らかに笑っているような気がする。

 ガァァ……ガシャッシャン! 
 連結部のふたつの扉がほとんど同時かと思えるほど連続して開け閉めされた。

 そして向こうの車両からこっちの車両に走り込んできたのは、肩に大きな刺青を入れた男だった。
 その二十代半ばくらいの男は、スキンヘッドの頭と、黒のタンクトップから露出した肩に汗を浮かべていた。それに――
 頬には生々しい切り傷があった。
「ひっ!」
 その必死の形相を浮かべた男を見て、ピュアはぼくとストリートのうしろに隠れた。
 ぼくは足がすくんでいたが、
 ホームレスの彼はまるでぼくらふたりを守るように立ちふさがった。
「何者じゃ!?」
 白いもこもこしたひげの下から発せられたとは思えない鋭い声。
「はぁ? それどころじゃねえぞ、ジッサン」
 スキンヘッドや切り傷に目を奪われていて気づかなかったが、その彼の肌は浅黒い――日焼けしたにしては黒かった。
 どうやら黒人と日本人のハーフらしい。口調もどこか訛りがあり、さきほどの「ジッサン」とは「じいさん」といおうとしたと気づいた。
「ジッサンと女は下がれ。おい、ボウズ。おめえは来い」
「は、はい」
 ぼくは肯定した。誰かになにかを頼まれたら、基本的に肯定しろと両親と祖父母からきつくいいつかっている。もちろん金銭の貸し借りは友達関係を台なしにするので、そういうのはダメ。それから犯罪行為など人様に迷惑をかけることも、誘われても断る。
 正直ぼくは怖かった。
 そりゃそうだろう。
 明らかに日本人よりも体格に優れた、しかも年上の男が、目をぎょろつかせるようにしておびえているのだ。それも、おそらく彼の頬に傷をつけた存在に対して。
「凶悪な人でも乗ってたんですか?」
 ぼくは今のところ、多少暴力的な女子高生にはあったものの、刃物を振り回すような者には会っていない。けど、いないとはいい切れない。
 だいたい今目の前にいる男だって、仮に道端で声を掛けられたら足がすくみそうになるほど、いかつくて怖い顔をしているのだ。
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