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本丸狂想曲

原作: その他 (原作:刀剣乱舞) 作者: 烏丸梢
目次

「彼女の秘密」

審神者の秘密はこんのすけと初期刀である加州清光、初鍛刀の乱藤四郎だけが知っていた。
二人と一匹は呆れていたが、真摯な彼女の想いを無下にはできずに応援する立場になるしかなかった。
いつか秘密が最悪の形で露呈するのではないかと考えなかった訳ではなかった。そして彼女が皆が思っているほど冷静で優秀な人物ではない事も重々承知している。
つまり、窮地に追い込まれると暴走する癖を見るのは、彼女が審神者就任したての頃から二度目の事となる。
あの時も普段大人しい彼女の意外なほどの行動力に呆気にとられた。
容姿端麗、品行方正、成績優秀、そんな完璧とも思えた審神者の本当の姿を40を超える刀剣男士たちは目の当たりにする事となる。

そして一期一振はその本当の姿、今現在は外見だけだが直面していた。
直面し、混乱するしかなかったが、今は彼女の後を追うしかなかった。
廊下を走りながら、混雑する脳内を整理しようと考えを巡らせていた。

――我が主は、彼女は何故走り去った? 自分が着替えを覗いてしまったからに相違ない。
――だが、あの絶望の顔は素肌を晒したにしては違和感がある。あの顔は恥じらいよりも、もう二度と会えなくなるような希望が潰えた色をしていた。

考えるだけで、背筋がゾクリと冷える。

――我が主君であり、心底愛しいと思える彼女への気持ちは本物である。反芻するまでもなくその想いに嘘偽りはない。自惚れとはわかっていても彼女も同じ気持ちであったと、想いは二人とも共有しているものと思っていた。

だが、彼女には秘密があった。

――部屋に残されていた二つの物体。あれはどういう意味を持つのか。それは分かる。足りない部分を補うためである。その手の知識に疎くはあったが、役割は自然と理解できた。

手の中にある二つのそれは柔らかく、ほどよい丸みを帯びている。
どこから手に入れたのかわからないが、記憶がそれを「人工乳房」と結論づけていた。

――ある疑念が頭をよぎるが、それは有り得ない。何故かその核心をしていた。彼女が自らの性を偽っているとは思えない。いわゆる女装男性などのような男ではないと、その気がある弟を持つ身として分かるものがあった。
――それに、これは思い出すのが少々はばかれるが、彼女のほぼ一糸纏わぬ身体の曲線は男性に無い曲線を描いていた。思い出す彼女の振る舞い、声の性差、考え方、何をどう捉えても彼女が男性だとは思えなかった。

廊下を走っているが一期には彼女の行く当てが分からないでいた。しかし、それは彼女が通りすぎて行った廊下に隣接する部屋の住人たちが教えてくれる。

――この道筋を考えるに鍛刀部屋に違いない。

確信をもって走り続ける。
そんな普段動揺する事の無い一期と、只ならぬ様子で駆け抜けていった主の様子に、本丸中が徐々にざわめき始めていた。

鍛刀部屋に到着する頃には、開かぬ戸の前に素早さが高い短刀たちが集まりつつあった。それだけで自分の考えが間違っていなかった事を確信した。
その中には懐刀の加州清光や、我が弟の乱藤四郎の姿もあった。
一期の直感がこの二人は秘密を知っている。そう結論付けていた。
問いただしたくもあったが、まずは想いの人である彼女に声をかけるのが先決と短刀たちを避けて戸を叩く。

「主! いらっしゃいますか!」
叩く木の戸は普段もっと軽い反動を感じるはずが、今はとてつもなく重い。まるで鉄の戸を叩いているようだった。それだけで特殊な呪を戸にかけて彼女が籠城していることが知れた。
「いちにい、その手に持ってるの……」
乱がおずおずと声を上げるが、今はそれに答えないでおく。というより、説明しずらい。
「主! 無礼を働いて申し訳ありません! 粗相をした罪はいかなる罰でも受けます! ですから、せめてお顔をお見せ下さい!」
誠心誠意をもって声を上げるが、反応は無いように思えた。
だが、小さな声がかろうじてそばだてた耳に入る。
「……一期さんは悪くありません……」
声が震えている審神者のものだった。
それを聞くだけで一期はどうしようもなく居た堪れなくなった。
「……でも、私は一期さんにもう合わせる顔がありません……」
この戸の向こうにいる彼女を一刻も早く触れて抱き締めて慰めたいと思った。
「そのようなことは!!」
人目を気にすることなく、声を上げた。この場は長兄の誇りを守るより大事なものがあった。視界には入っていないが、弟たちや他の短刀たちは固唾を飲んで今の状況を静観してくれているのだろう。
「……そんなことあるんです!」
彼女の叫びが悲痛に響く。
「……私は皆に、一番に一期さんに嘘をついて今まで過ごしてきました……嘘は続くはずがないと分かっていたのに……」
一期の手の中にあるものがこの時ばかりは重く感じる。
「……でも、私は……嘘の姿でも……一期さんの理想に近づきたかったんです……」
健気でか細い声に嬉しさを感じるものの、ふと疑問が浮かんだ。
「……私の理想……?」
この時の疑問を口にしなければよかったと一期一振は後に沈痛に語ったという。

「……だって、知ってるんです! どこの本丸でも、『一期一振』さんたちは胸の豊かな.......その.......巨乳が好きだって!!!!!」

何かとんでもないモノに頭を殴られたような気分だった。それも愛しく上品で下ネタに頬を染めるような恋人によって。むしろ物理的に彼女によって殴られていた方が幸せだったろう。
呆然とする頭の中で一期は手の中にある人工乳房……主たちの言葉で言うのならば『胸パッド』は大きめだった事を確認した。
ちなみに言ってしまえば理想と言えば理想だった。

【続】
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