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本丸狂想曲

原作: その他 (原作:刀剣乱舞) 作者: 烏丸梢
目次

「暴かれた秘密」

粟田口の刀達にとって長兄と審神者の仲睦まじい姿というのは心嬉しいものだった。
他の刀剣男士達も女性として、審神者として申し分ない彼女を狙っていなかった訳では無いが、誰も一期一振と彼女を引き裂ける自信もない。逆に二人が穏やかに過ごしている姿を見ている方が秘めた心を落ち着ける事が出来た。

いつまでも、彼女の命が続く限り、この平穏な日々が流れるのだと皆が感じていた。


その審神者以外は。


彼女は安息の日々を得て安堵していたが、それと共に不安も抱えていた。不安であり罪悪感であり恐怖でもある。
バレてしまったら、この素敵な恋人である一期一振はきっと離れていくだろう。
そんな事は絶対にあってはいけない。相手は長く憧れ続けた人なのだから。
でもいつかこの秘密はバレてしまう事も覚悟はしている。今のままではいずれ秘密が明るみに出てしまう。
いっそ秘密を秘密のままにと、最終手段を取ることを考えて支度をしていた。それが完成すれば秘密は守られるのである。罪悪感や不安も恐怖も無く彼と添い遂げる事ができる。
その為の支度していた最中だったのだ。

「主! 唐突で申し訳ありません!」

そんな声と共に部屋の襖を勢い良く開く音が耳に届く。
ちょうど支度……着替えをしている最中だった。

「…………」
「…………」

二人の沈黙が交錯し合う。

一期一振は硬直していた。火急の用事ではあったのだが、目の前の状況に頭が追い付いていなかった。
目の前には愛しい恋人の姿。
それも着替えの最中。
更に言うなら、ほぼ全裸に近かった。
まとった肌着もそのほっそりとして女性らしい丸みを帯びた身体を隠し切れてはいない。
こんな状況なのだから、人間の姿をとった刀剣男士とて動揺はする。惚れた相手の一糸纏わぬ姿に見惚れない訳が無い。
だが、事はそれだけでは無かった。
思わず彼女全体からとある部分に目が留まる。
無い。
数瞬の間に思ったのはそれだけだった。
品行方正が服を着ているような彼にとっては、その状況はとてつもない失態である。なにせ恋人であり、主人でもある女性のほぼ全裸を見てしまったのだから。
普段の彼からしたら切腹ないし刀解ものの失態である。
更に言うのであれば、二人はまだそういった一線を踏み入った関係ではなく清い関係を貫いていた。
一期としては少し進みたくもあったが、彼女がほんのりと恥じらいや遠慮がちな抵抗を見せるので、急く事もないだろうと大事に扱う事を誓っていた。
なので、二人のこの状況は慣れて居ない。
その上、あるべきものが無かった。

「………あr」
何とか沈黙を破り、声をかけようとした瞬間だった。

「キャーーーーーーーーーーーー―――――!!!」
審神者は絹を裂くような悲鳴を上げて、丁寧にも上の肌着や衣服に素早く着替えて走り去ろうとしていた。

「……主! お待ちくだされ!」
まだ真名も教えてもらってはいなかったが、お互いを大事にしていたのはしっかりと感じていた。
だが、今の彼女の様子は拒絶以外の何物でもない。
そこに驚きと自分への不甲斐なさがあり、そしてものすごく大きな疑問が胸を占めていた。
引き留めて話を聞かねば!
とっさに思って声を上げると、審神者は背を向けて止まり、そして一期を見た。
「……!」
そこにあった表情は絶望という名の涙で濡れていた。
彼女の表情に息を飲み、歩を進めようとしていた足が止まる。
と、同時に彼女は部屋を出て行ってしまう。
それを止める声は出ず、手だけが虚空を薙いでいた。
あとに残るのは沈黙と混乱と言い様のない不安。
そして彼女がいた所に残された二つの物体。
ただただ、それを見つめるしか彼にはできなかった。

彼女は手早く着替えたせいで乱れた服に構わず全力疾走で廊下を走っていた。
普段なら廊下を走るのを咎める立場なのに。だが、今は構っていられない。
見られてしまった。
脳内にはその一言が延々と繰り返されている。
秘密にしていたものそのものを見られてしまった。
彼に嫌われてしまう。いや、もう嫌いになったろう。
自覚すると我慢していた涙が数滴走る風に散る。
行く当てなど考えず無闇に走ってはいたが、人の少ない道を自然と選んでいた。お陰で本丸内の誰にも会わずに済んでいる。
消えてなくなってしまいたい。
穴に埋まるような軽いものではなく、虚無に、ブラックホールにでも飲みこまれてしまいたいくらいに絶望していた。
激しい動揺はしていたが、案外脳は冷静に彼女の行くべき場所を叩き出していた。
バン!と普段は立てない大きな音を立てて、戸を開き、中に誰も居ないのを確認して飛び込む。そして引き戸を勢いよく閉めて戸につっかえ棒を置き、更には奇襲に備えてスカートのポケットに入っていた護符の札をベタリと貼る。
荒い息をつきながら、発動の呪を唱えると護符に書かれた文字が光を帯びた。
これで誰の侵入も許さないだろう。
この場所は特に敵の攻撃や邪魔が入らないように強固な結界で守られているし、入り口には用意できる中で最高の札を使った。
刀剣男士といえど、おいそれと入ってくることはできないだろう。
そう、この場所は神聖な場所。
鋼鉄から刀が生まれ、そして鋼鉄に戻る場所。
広めに作られた鍛刀部屋だった。
燃え盛る炉の熱が暑くはあったが、審神者はようやく息をつき、戸に背中を預けてずり下がる。早い呼吸を整えながら文字通り胸をなでおろした。
瞬間、背筋が冷やりと凍り付く。
その胸は着替える前にあったたわわな膨らみがほぼほぼ無かったのだから。



【続】
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