Chapter 1:テストパイロット
宇宙世紀0097年 11月 14日
ヒューガ・セルンは不機嫌だった。
コロンブス級輸送艦・バリャドリードのクルーの休憩スペース兼食堂の一角で、眉をひそませながらタブレット型PCから目を離さない。
映像は5日前の正体不明機との戦闘時の録画映像だ。
もちろん、ヒューガ自身が単独で出撃し、ジムⅢを中破させて、何とか帰還したところまできっちりと記録されている。
「ねぇ、何回見ても変わらないわよ。油断して半壊してるギラ・ズールにボロボロにされた事実は」
「うるさい」
テーブルをはさんで対面に座っている同期の女性士官、ティア・フローレンスの皮肉に、ヒューガは視線もやらず一言だけ言い放つ。
ティアは大袈裟に肩をすくめるジェスチャーをして、遅めのランチであるハンバーグにフォークを突き刺した。
実際、ヒューガが繰り返し何度も見ているのは自分の敗北の一連であった。
彼自身はそれを『敗北』ではなく、『戦死』と同じだと考えている。
確実に死んでいたのだ、あの白いモビルスーツが赤いギラ・ズールを攻撃しなければ。
「……はぁ」
そのシーンに映像が差し掛かった。
ジムⅢがアエロに向いている間に、ギラ・ズールは体勢を立て直し、一気に間合いを詰めてジムⅢの頭部を破壊。そのままビームサーベルを奪い、抵抗しようとしたバズーカを蹴り壊した後に流れるような動きでもう一丁のバズーカもビームサーベルで斬り捨てていた。
あの状態でここまでよく動けると、敵ながらあっぱれとヒューガは素直に感心していた。
問題のシーンだ。
ギラ・ズールがビームサーベルを逆手に持ち替え、ジムⅢの頸部めがけて振り下ろそうとした瞬間、黄色い閃光がギラ・ズールの右碗部を貫いた。
爆発。
ヒューガが死を覚悟した爆発はこれだったのだ。
ギラ・ズールが慌てた様子で後方を確認。
しかし、この時には白いモビルスーツはギラ・ズールの両足をビームサーベルで切り抜け、ギラ・ズールの背面に回り込んでいた。
ぐるりと後方に回転しバランスを崩すギラ・ズールの正面に位置すると頭部を刺し貫く。
ごくりと唾を飲む。
ヒューガがタブレットをテーブルに放り出すと、ティアはつまらなそうに流れている映像に目を落とす。
「よかったわね。アンジェリカの話だと、艦長がこの白いモビルスーツのパイロットの提案を飲んだから、あなたは生きてんのよ」
「聞いたよ。『見逃すならこれ以上の攻撃はしない。あくまで追撃やその素振りを見せたならこのジムⅢを撃破し、艦も沈める』ってやつだろ?」
コーヒーを口に含み、ヒューガはその苦味を味わう。
「あれ、シナンジュ・スタインじゃないですか、その機体」
不意に聞こえてきた子供の声に、二人は声のした方へ顔を向ける。
そこには、輸送艦とはいえ、地球連邦軍の艦には不釣り合いな銀髪の少年が、ティアの持つタブレットをのぞき込んでいた。
「シナンジュ・スタイン?」
「えぇ。少し前に袖付きの首魁であるフル・フロンタルが搭乗していたシナンジュの、文字通り石、原石ですね」
「博識ね。さすがアナハイム・エレクトロニクス社の社員だわ」
ティアがそう言うと、少年は愛らしい笑みを浮かべる。
その笑みは、どちらかと言えば少女のそれだ。
「ノア・アービス、って言ったよな? 16歳でテストパイロットもやってるんだろ?」
「はい、そうです。今回の新型モビルスーツ開発計画、Re:G計画のテスト責任者の一人です」
ヒューガは改めて、ノアの姿を眺める。
テストパイロットが本業でないにしても、かなり華奢な体格だった。
パイロットであるヒューガはもちろん、ティアも宇宙空間での生活の上でトレーニングは欠かさないし、モビルスーツの操縦や戦闘行為はかなりの体力を必要とする。
これでやれるのか、そう思ってしまった。
「心配ですか?」
「は!?」
「顔に出てますよ。こんなヒョロヒョロな奴にテストパイロットなんて務まるのかって」
ノアの指摘にヒューガはばつの悪い顔をするしかない。
「気にしないでください。よく言われますから」
「いや、悪かった。適性があるからやってるわけだしな」
ヒューガの謝罪にノアは、思ってもみなかった反応が返ってきたのか、鳩が豆鉄砲を食ったような意外そうな表情を見せる。
「いや、なんだよ、その顔。オレに非があれば謝るぜ、オレは」
少し顔を赤くして、ヒューガは頭を抱え込んだ。
そんな彼を見て、ノアはくすりと笑った。
「今まで接してきた連邦軍の人は傲慢な人が多かったので、ちょっと意外だっただけです」
と、ノアは言いながらヒューガに後ろ手に隠していたファイルを差し出す。
「これは?」
「今回の計画の新型モビルスーツの一つ、RX-78-2・ガンダムのリファイン機であるガンダムリアームズをお任せします」
ノアの言葉にヒューガとティアは首を傾げる。そして、ファイルとノアの顔を何度も往復で見やって……。
「いやいやいやいやいやっ! ノアくん、冗談はやめなさいって!」
ノアの肩をがっちりとつかんで、ティアが困惑顔で叫ぶ。
「冗談? 何がです?」
「こいつが新型機のパイロットなんて絶対ダメよ! 壊す! 絶対に壊すし、他のパイロットにも迷惑かける!」
鬼気迫る迫力でノアに言い聞かせるティアだが、彼は肩をつかんでいる手を優しくほどくと、近くの椅子に腰を下ろす。
「ヒューガ・セルン少尉は確かにパイロットとしては及第点です。味方との連携はできず、作戦も無視し、独断専行も多いです」
「だったら……」
「ティア曹長、それでも彼の戦績、シミュレーション訓練の成績は群を抜いています。連携できず、作戦も無視し、独断専行してもなお、彼は生きてここにいます」
ノアの顔はいつの間にか、技術者の顔になっていた。そこに少年の愛らしさや屈託のなさは一切なくなっている。
「これから向かうルナツーのモビルスーツパイロットすべての情報、戦績、実戦経験、シミュレーション訓練成績などに目は通しています。もちろん、ヒューガ少尉よりも熟練した、優秀なパイロットは大勢います」
本人を前に事実をはっきりと言われ、ヒューガは拗ねた子供のようにノアから顔を背ける。
「恐らく、他の責任者なら少尉を選びはしないでしょう。でも、僕はあなたに乗ってもらいたい。このテストではお上品な方よりも自由で、勝手で、傲慢で、生きたがりな少尉にこそふさわしく思っています」
ノアの言葉は真剣だった。
だからこそ、ティアも黙って聞いていた。
ヒューガもそっぽを向きつつ、きちんと話に耳を傾けていた。
ファイルに目を落とす。
『Re:G PROJECT GUNDAM ReArms』の印字以外は白一色の表紙。
ヒューガにとって嬉しい反面、不安を掻き立てるものだった。
テストパイロットとは世間一般ではあまりいい印象で取られないが、こと軍の中ではエリートの仕事だ。
光栄だ。
だが、それをこなせるのか、疑問に思う自分にも気付く。
どう考えても次期量産機のための新型モビルスーツテストではない。
かつてのアムロ・レイが駆ったRX-78-2 ガンダムのようにワンオフ機体なのだろうという予想もつく。
(分不相応だぜ、これは)
と、心の中で盛大なため息をついた。
「一つ聞きたいんだが?」
「はい、なんでしょうか?」
ノアは期待に満ちた目をヒューガに向ける。
「オレが断ると困るか?」
彼が少し驚いた風な顔を見せたかと思うと、ヒューガもノアもお互いに目を反らさずに動かない。
「困り、ますね。また、一からデータの見直しをしないといけません」
苦笑いを浮かべて、そう言うノアを一瞥してからヒューガはファイルを手にして立ち上がった。
「ファイルは部屋で読んでおくよ。できれば実物が見たいんだが、今からでも見れるか、積み込んでるんだろ?」
「もちろんです。モビルスーツデッキに行きましょうか」
ノアも立ち上がり、エレベーターへと向かう二人を見て、ティアは何となく言葉にできない苛立ちに眉をしかめる。
「ちょっと待ってっ、私も新型見たいわ! 見るだけならいいでしょ!」
「もちろん構いませんよ。では一緒に行きましょう」
呆れた表情のヒューガに、嬉しそうなノア、仏頂面のティアという三者三様のトリオが乗り込んだ箱はモビルスーツデッキのある階層へと落ちていった。
ヒューガ・セルンは不機嫌だった。
コロンブス級輸送艦・バリャドリードのクルーの休憩スペース兼食堂の一角で、眉をひそませながらタブレット型PCから目を離さない。
映像は5日前の正体不明機との戦闘時の録画映像だ。
もちろん、ヒューガ自身が単独で出撃し、ジムⅢを中破させて、何とか帰還したところまできっちりと記録されている。
「ねぇ、何回見ても変わらないわよ。油断して半壊してるギラ・ズールにボロボロにされた事実は」
「うるさい」
テーブルをはさんで対面に座っている同期の女性士官、ティア・フローレンスの皮肉に、ヒューガは視線もやらず一言だけ言い放つ。
ティアは大袈裟に肩をすくめるジェスチャーをして、遅めのランチであるハンバーグにフォークを突き刺した。
実際、ヒューガが繰り返し何度も見ているのは自分の敗北の一連であった。
彼自身はそれを『敗北』ではなく、『戦死』と同じだと考えている。
確実に死んでいたのだ、あの白いモビルスーツが赤いギラ・ズールを攻撃しなければ。
「……はぁ」
そのシーンに映像が差し掛かった。
ジムⅢがアエロに向いている間に、ギラ・ズールは体勢を立て直し、一気に間合いを詰めてジムⅢの頭部を破壊。そのままビームサーベルを奪い、抵抗しようとしたバズーカを蹴り壊した後に流れるような動きでもう一丁のバズーカもビームサーベルで斬り捨てていた。
あの状態でここまでよく動けると、敵ながらあっぱれとヒューガは素直に感心していた。
問題のシーンだ。
ギラ・ズールがビームサーベルを逆手に持ち替え、ジムⅢの頸部めがけて振り下ろそうとした瞬間、黄色い閃光がギラ・ズールの右碗部を貫いた。
爆発。
ヒューガが死を覚悟した爆発はこれだったのだ。
ギラ・ズールが慌てた様子で後方を確認。
しかし、この時には白いモビルスーツはギラ・ズールの両足をビームサーベルで切り抜け、ギラ・ズールの背面に回り込んでいた。
ぐるりと後方に回転しバランスを崩すギラ・ズールの正面に位置すると頭部を刺し貫く。
ごくりと唾を飲む。
ヒューガがタブレットをテーブルに放り出すと、ティアはつまらなそうに流れている映像に目を落とす。
「よかったわね。アンジェリカの話だと、艦長がこの白いモビルスーツのパイロットの提案を飲んだから、あなたは生きてんのよ」
「聞いたよ。『見逃すならこれ以上の攻撃はしない。あくまで追撃やその素振りを見せたならこのジムⅢを撃破し、艦も沈める』ってやつだろ?」
コーヒーを口に含み、ヒューガはその苦味を味わう。
「あれ、シナンジュ・スタインじゃないですか、その機体」
不意に聞こえてきた子供の声に、二人は声のした方へ顔を向ける。
そこには、輸送艦とはいえ、地球連邦軍の艦には不釣り合いな銀髪の少年が、ティアの持つタブレットをのぞき込んでいた。
「シナンジュ・スタイン?」
「えぇ。少し前に袖付きの首魁であるフル・フロンタルが搭乗していたシナンジュの、文字通り石、原石ですね」
「博識ね。さすがアナハイム・エレクトロニクス社の社員だわ」
ティアがそう言うと、少年は愛らしい笑みを浮かべる。
その笑みは、どちらかと言えば少女のそれだ。
「ノア・アービス、って言ったよな? 16歳でテストパイロットもやってるんだろ?」
「はい、そうです。今回の新型モビルスーツ開発計画、Re:G計画のテスト責任者の一人です」
ヒューガは改めて、ノアの姿を眺める。
テストパイロットが本業でないにしても、かなり華奢な体格だった。
パイロットであるヒューガはもちろん、ティアも宇宙空間での生活の上でトレーニングは欠かさないし、モビルスーツの操縦や戦闘行為はかなりの体力を必要とする。
これでやれるのか、そう思ってしまった。
「心配ですか?」
「は!?」
「顔に出てますよ。こんなヒョロヒョロな奴にテストパイロットなんて務まるのかって」
ノアの指摘にヒューガはばつの悪い顔をするしかない。
「気にしないでください。よく言われますから」
「いや、悪かった。適性があるからやってるわけだしな」
ヒューガの謝罪にノアは、思ってもみなかった反応が返ってきたのか、鳩が豆鉄砲を食ったような意外そうな表情を見せる。
「いや、なんだよ、その顔。オレに非があれば謝るぜ、オレは」
少し顔を赤くして、ヒューガは頭を抱え込んだ。
そんな彼を見て、ノアはくすりと笑った。
「今まで接してきた連邦軍の人は傲慢な人が多かったので、ちょっと意外だっただけです」
と、ノアは言いながらヒューガに後ろ手に隠していたファイルを差し出す。
「これは?」
「今回の計画の新型モビルスーツの一つ、RX-78-2・ガンダムのリファイン機であるガンダムリアームズをお任せします」
ノアの言葉にヒューガとティアは首を傾げる。そして、ファイルとノアの顔を何度も往復で見やって……。
「いやいやいやいやいやっ! ノアくん、冗談はやめなさいって!」
ノアの肩をがっちりとつかんで、ティアが困惑顔で叫ぶ。
「冗談? 何がです?」
「こいつが新型機のパイロットなんて絶対ダメよ! 壊す! 絶対に壊すし、他のパイロットにも迷惑かける!」
鬼気迫る迫力でノアに言い聞かせるティアだが、彼は肩をつかんでいる手を優しくほどくと、近くの椅子に腰を下ろす。
「ヒューガ・セルン少尉は確かにパイロットとしては及第点です。味方との連携はできず、作戦も無視し、独断専行も多いです」
「だったら……」
「ティア曹長、それでも彼の戦績、シミュレーション訓練の成績は群を抜いています。連携できず、作戦も無視し、独断専行してもなお、彼は生きてここにいます」
ノアの顔はいつの間にか、技術者の顔になっていた。そこに少年の愛らしさや屈託のなさは一切なくなっている。
「これから向かうルナツーのモビルスーツパイロットすべての情報、戦績、実戦経験、シミュレーション訓練成績などに目は通しています。もちろん、ヒューガ少尉よりも熟練した、優秀なパイロットは大勢います」
本人を前に事実をはっきりと言われ、ヒューガは拗ねた子供のようにノアから顔を背ける。
「恐らく、他の責任者なら少尉を選びはしないでしょう。でも、僕はあなたに乗ってもらいたい。このテストではお上品な方よりも自由で、勝手で、傲慢で、生きたがりな少尉にこそふさわしく思っています」
ノアの言葉は真剣だった。
だからこそ、ティアも黙って聞いていた。
ヒューガもそっぽを向きつつ、きちんと話に耳を傾けていた。
ファイルに目を落とす。
『Re:G PROJECT GUNDAM ReArms』の印字以外は白一色の表紙。
ヒューガにとって嬉しい反面、不安を掻き立てるものだった。
テストパイロットとは世間一般ではあまりいい印象で取られないが、こと軍の中ではエリートの仕事だ。
光栄だ。
だが、それをこなせるのか、疑問に思う自分にも気付く。
どう考えても次期量産機のための新型モビルスーツテストではない。
かつてのアムロ・レイが駆ったRX-78-2 ガンダムのようにワンオフ機体なのだろうという予想もつく。
(分不相応だぜ、これは)
と、心の中で盛大なため息をついた。
「一つ聞きたいんだが?」
「はい、なんでしょうか?」
ノアは期待に満ちた目をヒューガに向ける。
「オレが断ると困るか?」
彼が少し驚いた風な顔を見せたかと思うと、ヒューガもノアもお互いに目を反らさずに動かない。
「困り、ますね。また、一からデータの見直しをしないといけません」
苦笑いを浮かべて、そう言うノアを一瞥してからヒューガはファイルを手にして立ち上がった。
「ファイルは部屋で読んでおくよ。できれば実物が見たいんだが、今からでも見れるか、積み込んでるんだろ?」
「もちろんです。モビルスーツデッキに行きましょうか」
ノアも立ち上がり、エレベーターへと向かう二人を見て、ティアは何となく言葉にできない苛立ちに眉をしかめる。
「ちょっと待ってっ、私も新型見たいわ! 見るだけならいいでしょ!」
「もちろん構いませんよ。では一緒に行きましょう」
呆れた表情のヒューガに、嬉しそうなノア、仏頂面のティアという三者三様のトリオが乗り込んだ箱はモビルスーツデッキのある階層へと落ちていった。
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。