プロローグ-3
「ふぅ……下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってな」
タッチパネルで撃ち切った両肩部のミサイルポッドを切り離すと、ヒューガは宇宙空間に浮かぶ赤いギラ・ズールを見やる。
すでに半壊状態で、動かそうとしているのか、時折痙攣のようなぎこちない動きをしているが、ヒューガは気にしていない。
「ハリー艦長、敵のギラ・ズールを仕留めた」
『よくやった。礼を言うぞ』
「礼よりも休暇をくださいよ」
『半日ゆっくりと休むといい、懲罰房の中でな』
ヒューガは内心で、覚えてやがった、と苦笑したが、ため息とともに軍人としてのヒューガに戻る。
「この機体はどうしますか? 動かそうとしているところを見ると、パイロットも生きてるみたいですが……」
『回収してくれ。パイロットが生きているなら事情も聞けるだろう。信じられるか、あれだけの戦闘で戦死者は出ていない』
「は? 今、なんて?」
『戦死者は出ていないと言』
『セルン少尉! 前!!』
ハリーの言葉を遮って、鬼気迫る叫び声にも似たオペレーターの声に、ヒューガは我に返った。
半壊状態の赤いギラ・ズールが右手を伸ばし、突撃してきたのだ。
「まだ動け、ぐわっ!」
凄まじい揺れと同時に全天周囲モニターの前面が真っ暗になり、金属が軋む音が不気味にコクピットに響き渡る。
『死ねっ、死ね死ね死ねっ、こんな私を見た貴様は死ねっ!』
「女!? メインモニターをやられた!」
ジムⅢがバズーカを構えようとするが、それよりも早くギラ・ズールの蹴りがバズーカの砲身をひしゃげ、使い物にならなくしてしまった。
「くそっ、頭部破損、左ビームサーベルラック破損。早くサブカメラ起動しろっ」
『セルン少尉、今待機していたモビルスーツが援護に……』
『ははははっ、その前に終わらせるっ』
オペレーターの言葉がギラ・ズールのパイロットにも聞こえたのか、下卑た笑い声と一緒に通信に割り込んでくる。
不意にまだ生きているモニターから淡いピンク色の光が、コクピット内部を彩り始めた。
ビームサーベルラックが破損、という文字がヒューガの頭に浮かぶ。
「おいおい、マジかよ」
ヒューガ自身最近知ったことだが、ギラ・ズールやギラ・ドーガとジムⅢやジェガンなどは同じアナハイム・エレクトロニクス社製のモビルスーツのため、規格さえ合っていれば連邦軍がネオジオンの、ネオジオンが連邦軍の武器を使用できるらしい。
つまり、このピンク色の光はビームサーベルの光だと想像に難くない。
「ヤバい」
ヒューガは咄嗟にシートベルトを外し、コクピットハッチの開閉スイッチを押す。
が、コクピットハッチはうんともすんとも反応しない。いや、正確にはスイッチは作動しているが、ハッチが開かない状態になっているエラーコードが画面に表示されている。
「まさか、このギラ・ズール、ハッチを押さえてやがんのかっ」
『あはははっ、これで終わりよっ』
心底嬉しそうな少女の笑い声を聞きながら、ヒューガはリニアシートの後ろに回り込んでしがみついた。
ビームサーベルで貫かれたら何の意味もないのはわかっている。
けれど、生き残る確率があるのなら、ヒューガは無様でもみっともなくても、それに賭ける男だった。
ジムⅢを震わせる衝撃が走り、シートにしがみついているヒューガは目を閉じた。
震動も収まり、静かな時間と空間が流れていく。
「……あ?」
どうやら死んでいないようだ。
ギラ・ズールのパイロットが情けをかけた?
ヒューガは数瞬、甘い考えを頭に浮かべたが、頭を振って、そんな考えを捨てた。
恐る恐る目を開けて、モニターで外の様子を見ようとする。
何が起こったのか、全天周囲モニターはさっきよりもひどい状態で、背面の半分と左側しか外の様子を映し出していない。
「どうなっている?」
ヒューガはダメもとで再度、ハッチの開閉スイッチを押した。
空気の抜けていく音ともにハッチが上がっていき、宇宙に瞬く星や、闇に浮かび上がる地球が視界に映る。
「なっ……」
ハッチから覗き込んだヒューガはその光景を見て、声が出なくなった。
地球や星を見てではない。
さっきまで半壊した赤いギラ・ズールは、さらにひどい状態になっており、頭部と両脚部、右碗部は完全に破壊され、まともに形を残しているのは胴体と左碗部となってしまっていた。
そして、その傍らには白いギラ・ズールが大型のビームライフルをアエロに向け、威風堂々という言葉が的確な出で立ちでそこにあった。
ギラ・ズール、いや、ギラ・ズールよりもシンプルな機体だが、バックパックの推力偏向用のスラスターは広げた猛禽類の翼を思わせ、両足に備わっているフレキシブルスラスターから見ても、赤いギラ・ズールよりも高機動、高速移動に重きを置いた機体だと推測できた。
『セルン少尉、聞こえるか?』
「ハリー艦長、聞こえる」
『君は何もするな。その白いモビルスーツが戦域を離脱するまで動くんじゃない』
その言葉を聞いて、ヒューガは察した。
この機体は赤いギラ・ズールよりも強力なモビルスーツであり、この中のパイロットとアエロは停戦に近い約束を交わしたことも。
「……まぁ、戦えるような状態でもないしな」
ハッチに寄りかかって安堵のため息をつきながら、ヒューガの視線は白いモビルスーツに向けられる。
大破しているギラ・ズールの首根っこをつかみ、緩やかな加速で戦場跡から離れていく。
近くにいたジムⅢとヒューガを気にしてくれていたのか、十分な距離までいくと白いモビルスーツは青い残光をまき散らして消えていった。
宇宙世紀0097年 11月 9日
この事件をきっかけにルナツーから始まる、地球連邦の記録には残らない、小さな戦争が始まろうとしていた。
タッチパネルで撃ち切った両肩部のミサイルポッドを切り離すと、ヒューガは宇宙空間に浮かぶ赤いギラ・ズールを見やる。
すでに半壊状態で、動かそうとしているのか、時折痙攣のようなぎこちない動きをしているが、ヒューガは気にしていない。
「ハリー艦長、敵のギラ・ズールを仕留めた」
『よくやった。礼を言うぞ』
「礼よりも休暇をくださいよ」
『半日ゆっくりと休むといい、懲罰房の中でな』
ヒューガは内心で、覚えてやがった、と苦笑したが、ため息とともに軍人としてのヒューガに戻る。
「この機体はどうしますか? 動かそうとしているところを見ると、パイロットも生きてるみたいですが……」
『回収してくれ。パイロットが生きているなら事情も聞けるだろう。信じられるか、あれだけの戦闘で戦死者は出ていない』
「は? 今、なんて?」
『戦死者は出ていないと言』
『セルン少尉! 前!!』
ハリーの言葉を遮って、鬼気迫る叫び声にも似たオペレーターの声に、ヒューガは我に返った。
半壊状態の赤いギラ・ズールが右手を伸ばし、突撃してきたのだ。
「まだ動け、ぐわっ!」
凄まじい揺れと同時に全天周囲モニターの前面が真っ暗になり、金属が軋む音が不気味にコクピットに響き渡る。
『死ねっ、死ね死ね死ねっ、こんな私を見た貴様は死ねっ!』
「女!? メインモニターをやられた!」
ジムⅢがバズーカを構えようとするが、それよりも早くギラ・ズールの蹴りがバズーカの砲身をひしゃげ、使い物にならなくしてしまった。
「くそっ、頭部破損、左ビームサーベルラック破損。早くサブカメラ起動しろっ」
『セルン少尉、今待機していたモビルスーツが援護に……』
『ははははっ、その前に終わらせるっ』
オペレーターの言葉がギラ・ズールのパイロットにも聞こえたのか、下卑た笑い声と一緒に通信に割り込んでくる。
不意にまだ生きているモニターから淡いピンク色の光が、コクピット内部を彩り始めた。
ビームサーベルラックが破損、という文字がヒューガの頭に浮かぶ。
「おいおい、マジかよ」
ヒューガ自身最近知ったことだが、ギラ・ズールやギラ・ドーガとジムⅢやジェガンなどは同じアナハイム・エレクトロニクス社製のモビルスーツのため、規格さえ合っていれば連邦軍がネオジオンの、ネオジオンが連邦軍の武器を使用できるらしい。
つまり、このピンク色の光はビームサーベルの光だと想像に難くない。
「ヤバい」
ヒューガは咄嗟にシートベルトを外し、コクピットハッチの開閉スイッチを押す。
が、コクピットハッチはうんともすんとも反応しない。いや、正確にはスイッチは作動しているが、ハッチが開かない状態になっているエラーコードが画面に表示されている。
「まさか、このギラ・ズール、ハッチを押さえてやがんのかっ」
『あはははっ、これで終わりよっ』
心底嬉しそうな少女の笑い声を聞きながら、ヒューガはリニアシートの後ろに回り込んでしがみついた。
ビームサーベルで貫かれたら何の意味もないのはわかっている。
けれど、生き残る確率があるのなら、ヒューガは無様でもみっともなくても、それに賭ける男だった。
ジムⅢを震わせる衝撃が走り、シートにしがみついているヒューガは目を閉じた。
震動も収まり、静かな時間と空間が流れていく。
「……あ?」
どうやら死んでいないようだ。
ギラ・ズールのパイロットが情けをかけた?
ヒューガは数瞬、甘い考えを頭に浮かべたが、頭を振って、そんな考えを捨てた。
恐る恐る目を開けて、モニターで外の様子を見ようとする。
何が起こったのか、全天周囲モニターはさっきよりもひどい状態で、背面の半分と左側しか外の様子を映し出していない。
「どうなっている?」
ヒューガはダメもとで再度、ハッチの開閉スイッチを押した。
空気の抜けていく音ともにハッチが上がっていき、宇宙に瞬く星や、闇に浮かび上がる地球が視界に映る。
「なっ……」
ハッチから覗き込んだヒューガはその光景を見て、声が出なくなった。
地球や星を見てではない。
さっきまで半壊した赤いギラ・ズールは、さらにひどい状態になっており、頭部と両脚部、右碗部は完全に破壊され、まともに形を残しているのは胴体と左碗部となってしまっていた。
そして、その傍らには白いギラ・ズールが大型のビームライフルをアエロに向け、威風堂々という言葉が的確な出で立ちでそこにあった。
ギラ・ズール、いや、ギラ・ズールよりもシンプルな機体だが、バックパックの推力偏向用のスラスターは広げた猛禽類の翼を思わせ、両足に備わっているフレキシブルスラスターから見ても、赤いギラ・ズールよりも高機動、高速移動に重きを置いた機体だと推測できた。
『セルン少尉、聞こえるか?』
「ハリー艦長、聞こえる」
『君は何もするな。その白いモビルスーツが戦域を離脱するまで動くんじゃない』
その言葉を聞いて、ヒューガは察した。
この機体は赤いギラ・ズールよりも強力なモビルスーツであり、この中のパイロットとアエロは停戦に近い約束を交わしたことも。
「……まぁ、戦えるような状態でもないしな」
ハッチに寄りかかって安堵のため息をつきながら、ヒューガの視線は白いモビルスーツに向けられる。
大破しているギラ・ズールの首根っこをつかみ、緩やかな加速で戦場跡から離れていく。
近くにいたジムⅢとヒューガを気にしてくれていたのか、十分な距離までいくと白いモビルスーツは青い残光をまき散らして消えていった。
宇宙世紀0097年 11月 9日
この事件をきっかけにルナツーから始まる、地球連邦の記録には残らない、小さな戦争が始まろうとしていた。
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。