Ⅰ "Die Tatsachen im logischen Raum sind die welt. " その1
蟻は人間に踏み殺され、猫は車に轢き殺される。蟻の身体は崩れ、猫の死体には蠅がたかる。
両者は道路に横たわる。死んだ蟻は見向きもされず、猫は人に気味悪がられ、また轢かれ、その体は崩れる。
「人間は訳の分からない生き物だ」
そんなことを、この世の誰かがつぶやいた。
人間は互いを憎みあい、互いを殺しあう。そのくせ死を忌み嫌い、世界平和を謳う。
「この世界は、矛盾だらけだ」
そんなことをまた、この世の誰かがつぶやいた。
結局人間は、一体何がしたいのだろう。自らが汚したこの大地を、今更になって『我々が償う』と動く。
かなうことのない夢に手を伸ばし、正義という偏見を振りかざし、反対者を次々と抹殺する。
間違いなく根底にあるのは正義ではなくエゴだ。結局無意味な行為を通して満足したい、という自己満足欲にかられただけの獣に過ぎない。
人間とは欲深い生き物だ。マズローによれば、人間には五段階の欲求があるという。
『長い命を安全に生きたい』という欲求、『他人から認められたい』という欲求、『自分の理想に近づきたい』という欲求などがあるらしい。
生きているためなら、生理的な三大欲求を満たすだけで十分だ。けれど生きるうえで、人間はここまでいろんな欲を張ってきた。ほかの動物はそうなのに、人間だけは大きく違う。
人間は、欲深い生き物だ。
「おい、お前」
横から声がして、振り向く。
呼ばれたのは僕ではなかった。振り向いた先の空き地で、どこだかの男子高校生たちが、一人の女子高生の胸を掴み、コンクリートの塀に叩きつけていた。
いわゆる、いじめというヤツだ。
「お前みたいなゴミが一人死んだところで、何も起きねぇんだよ」
「早く死ねよ」
男子生徒は、女子生徒をひたすら殴った。彼女は声すら発さず、ただ殴られるたびに血を流し、黒い瞳で彼を見つめているだけだった。
「なんだ? その目は」
それが彼女の精一杯の抵抗だったのだろう。当然だ。これで反撃して殴り合おうもんなら、力の弱そうな彼女は逆に返り討ちになる。
「殺しちまおうぜ、こんなやつ」
取り巻きの男子生徒が、そばにあるコンクリートブロックを持ち上げた。
──まずい。
たまったものじゃなかっただろう。遠くからでも、彼女の恐怖に震える、青ざめた顔がよく見えた。
あんなもので頭部を殴打されたら、誰だって死ぬだろう。
「おい、お前ら」
ふと、声が喉の奥から飛び出してきた。無意識に僕の足は動き、彼女の方へと近づいて行った。
「やめろ」
「は? 誰だよお前。邪魔すんなよ」
「もうやめておけよ」
腕をつかみ、彼女を引っ張る。
僕にとっては無意識だった。隣の自分が動いているような気分だった。
追ってくる彼らから逃げる。唖然とする彼女を見向きもせず、遠い遠い場所へと走った。
両者は道路に横たわる。死んだ蟻は見向きもされず、猫は人に気味悪がられ、また轢かれ、その体は崩れる。
「人間は訳の分からない生き物だ」
そんなことを、この世の誰かがつぶやいた。
人間は互いを憎みあい、互いを殺しあう。そのくせ死を忌み嫌い、世界平和を謳う。
「この世界は、矛盾だらけだ」
そんなことをまた、この世の誰かがつぶやいた。
結局人間は、一体何がしたいのだろう。自らが汚したこの大地を、今更になって『我々が償う』と動く。
かなうことのない夢に手を伸ばし、正義という偏見を振りかざし、反対者を次々と抹殺する。
間違いなく根底にあるのは正義ではなくエゴだ。結局無意味な行為を通して満足したい、という自己満足欲にかられただけの獣に過ぎない。
人間とは欲深い生き物だ。マズローによれば、人間には五段階の欲求があるという。
『長い命を安全に生きたい』という欲求、『他人から認められたい』という欲求、『自分の理想に近づきたい』という欲求などがあるらしい。
生きているためなら、生理的な三大欲求を満たすだけで十分だ。けれど生きるうえで、人間はここまでいろんな欲を張ってきた。ほかの動物はそうなのに、人間だけは大きく違う。
人間は、欲深い生き物だ。
「おい、お前」
横から声がして、振り向く。
呼ばれたのは僕ではなかった。振り向いた先の空き地で、どこだかの男子高校生たちが、一人の女子高生の胸を掴み、コンクリートの塀に叩きつけていた。
いわゆる、いじめというヤツだ。
「お前みたいなゴミが一人死んだところで、何も起きねぇんだよ」
「早く死ねよ」
男子生徒は、女子生徒をひたすら殴った。彼女は声すら発さず、ただ殴られるたびに血を流し、黒い瞳で彼を見つめているだけだった。
「なんだ? その目は」
それが彼女の精一杯の抵抗だったのだろう。当然だ。これで反撃して殴り合おうもんなら、力の弱そうな彼女は逆に返り討ちになる。
「殺しちまおうぜ、こんなやつ」
取り巻きの男子生徒が、そばにあるコンクリートブロックを持ち上げた。
──まずい。
たまったものじゃなかっただろう。遠くからでも、彼女の恐怖に震える、青ざめた顔がよく見えた。
あんなもので頭部を殴打されたら、誰だって死ぬだろう。
「おい、お前ら」
ふと、声が喉の奥から飛び出してきた。無意識に僕の足は動き、彼女の方へと近づいて行った。
「やめろ」
「は? 誰だよお前。邪魔すんなよ」
「もうやめておけよ」
腕をつかみ、彼女を引っ張る。
僕にとっては無意識だった。隣の自分が動いているような気分だった。
追ってくる彼らから逃げる。唖然とする彼女を見向きもせず、遠い遠い場所へと走った。
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