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そとづら

ジャンル: その他 作者: 久宮
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第5話

林が赴任してきて、数ヶ月が経った。
佐々木は、一人居酒屋にいた。それというのも、昼休みに茂森から「仕事終わりに飲みに行こう」と連絡があったからだ。そのため、早めに仕事を終わらせたのにも関わらず、誘ってきた茂森が残業になったというのだ。すでに、飲みに行くつもりでいた佐々木は、「いつもの店で待ってる」と連絡をすると、先に居酒屋に入ったのだった。
いつも通りカウンターに座り、ビールと簡単なつまみを注文して、先に始めていることにした。
今では禁煙化が進んでいるせいで、居酒屋など飲み屋でもタバコを吸えるところが減ってきていいる。その点、この店はカウンターでも喫煙が可能なため、気が付いたら常連になっていた。
「加奈さんは今日はいらっしゃらないんですか?」
アルバイトの女の子が、ビールとお通しを置きながら聞いてきた。
「呼んだのはあいつなのに、残業なんだって。後から来るよ」
吸っていたタバコを、女の子から遠ざけながら佐々木は答えた。
「そうなんですか。お忙しいんですね」
「や、容量が悪いだけでしょ」
佐々木は笑いながら答える。
キンキンに冷えたビールを口にして、一息つく。そして、お通しに出されたこんにゃくの煮物に箸をつける。こんにゃく玉の中まで味がしみ込んでいて、少し加えられた鷹の爪は、ピリッとしたいいアクセントになっている。
佐々木がこの店を気に入っているのは、タバコが吸えるからだけではなく、どの料理も味がいいだけではなく、大将の勧めてくれる酒もいいものが多いのだ。それに、なんといっても、従業員の気さくさも気に入っている。
佐々木が二杯目を注文しようとした時、茂森が「こんばんは」と言いながら店に入ってきた。
「加奈さん、お疲れ様です。生でいいですか?」
アルバイトの女の子は、茂森を見るけると、おしぼりを持って佐々木の隣の席に案内してきた。
「うん、ありがとう」
そう言いながらおしぼりを受け取る。
「あ、席なんだけど、アッチのテーブルに移動してもいい?」
茂森は、空いているテーブル席を指さしながら女の子に聞く。
「大丈夫ですよ。じゃ、佐々木さんのお料理は、テーブルに運びますね」
と答えが返ってきた。着いて早々、何を言ってるんだと思った佐々木だったが、茂森はさっさとテーブル席に向っかてしまったため、自分の分のビールを追加注文すると、バッグとジャケットを持って立ち上がった。
「遅れてきたうえに、なんなんだよ」
佐々木は席に着くと、早速茂森に質問する。
「ほんと遅れてごめんね」
バッグの中からスマホを取り出しながら、口だけは謝ってくる。
「謝ってねーじゃん、それ。まあいつもの事だけど」
茂森の態度を気にするでもなく、佐々木はカウンターから移された肴を口に運ぶ。
「で、なんで今日はテーブル?」
佐々木は移動した理由を聞く。
「この後、もう一人来るんだ」
茂森はニコニコしながら答える。
そんな会話をしていると、テーブルにビールが運ばれてきた。軽くジョッキを合わせてから、飲み始める。誰が来るのか聞いても、茂森はまともに答えようとしない。やたらニコニコしているところをみると、新しい彼氏でもできたのかと思った。
しばらくすると、「こちらです」と誰かを案内してきた声が聞こえた。
「お疲れ様でーす」
茂森がニコニコして、佐々木の後ろのほうを見る。それにつられて、佐々木も振り返ると、
「お疲れ」
と言う、林の姿があった。
「係長?」
「おう、佐々木もお疲れ」
「お疲れ様です」
予想もしていなかった人物の登場に、佐々木は少々びっくりする。
「で、俺はどっちに座ればいいのかな」
立ったままの林が声をかける。
「佐々木に隣にどうぞ」
「え?あ、どうぞ」
茂森の言葉に、佐々木は反射的に、席に置いてあった荷物を茂森の方に渡す。
「じゃ、お邪魔します。それと、俺も生お願い」
林は座りながら、案内してきた女の子に注文をする。
「思ったより早かったですね。仕事の迷惑じゃなかったですか?」
茂森は林に声をかける。
「ああ、大丈夫だよ。急ぎの物でもなかったから、きりのいいところで終わらせてきたし」
おしぼりで手を拭きながら、林は答える。
「それより腹減ったー。お品書き取ってもらえるか」
テーブルの横にあるお品書きを指さしながら、佐々木に取ってくれと頼む。
「お前らは何か頼んだのか?」
何にしようかメニューを見ながら、林は聞いてくる。
「とりあえず、今出てるのだけです」
佐々木が答えると、
「じゃ、何か盛り合わせみたいなやつ頼むか。あとは…」
ちょうどビールを運んできた店員におすすめを聞き、それも注文する。
「では、林さんも来たことだし、カンパーイ」
上機嫌に茂森がジョッキを上げる。それに合わせるように、林もジョッキをあげる。佐々木はその様子を見て、やらないわけにはいかず合わせるようにジョッキを上げた。
「係長、なんで茂森なんかと約束してたんですか」
佐々木は、少々毒を含んだ言い方で林に聞いてみる。
「なんかとか何よ」
やはり、茂森がかみついてくる。
「帰りがけにアンタんトコの隣の部署に書類を置きに行ったら、林さんがいたから、この後どうですか?って言っただけよ」
林に聞いたのに、茂森が答えてくる。
「そうなんだよ。どうせ家に帰っても一人だし、佐々木も一緒だって聞いたからな」
ビールをテーブルに置きながら答える。
「一人って、じゃ林さんって単身赴任なんですか?」
茂森が続けざまに質問する。
(そういえば、係長の家庭の話って聞いたことないな)
ビールを飲みながら、佐々木は思った。
「単身赴任?いや、俺独身」
「「は?」」
林の言葉に、二人はハモって声を出した。
「まぁ、おれの年だとそう思われても仕方ないか」
笑いながら林は言う。
「じゃぁ、その指輪は何なんすか」
佐々木が林の左手を指さしながら聞くと
「これか。まぁ…仕事上のアイテムとか、虫よけとか。ま、そんな感じで深い意味はないんだ」
そう言いながら、指から指輪を抜いてテーブルの上に転がした。
(あいかわらずよく分かんねーな、この人)
そう思いながらも、あまり突っ込んで聞くのもと思った佐々木は、それ以上詮索をやめた。
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