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そとづら

ジャンル: その他 作者: 久宮
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第4話

「確かに、そこまでやってもこっちのメリットを考えると、多少割に合わないってゆうお前の考えも分かるんだが、それを提案してやる事によって、円滑に進むなら過剰ではないと思うけどな」
今日の打ち合わせの内容を報告しながら、書類を広げる。それを聞き、自分の意見を、林が話し出す。
「ですが、これが毎回となってくると、こちらの進行にも影響が出てきます」
佐々木は譲れないというところを、しっかり話出す。
しばらく、この話は平行線の話し合いになった。テーブルの上に注がれていたビールジョッキの泡はとっくに消え、ジョッキの水滴すら見当たらなくなっていた。
「分かった。じゃ、ここはウチの意見として曲げられないところを確約してから、改めて先方の話伺うことにするように持って行ってみてくれ」
「了解しました。週明けに連絡して行ってきます」
話が終わり、佐々木は席を立ち、最初に座ろうとしていたところへ戻った。そのまま腰を下ろし、持っていた書類やタブレットをバッグにしまう。
「お疲れ。報告長かったな」
隣に座っていた、同僚の柏木が冷えたビールを目の前に置いてきた。
「ああ。ありがとう」
佐々木は礼を言い、早速ビールに口をつけた。
「急に追加要求されてさ。まぁ、係長の提案してくれた妥協案で進めるつもり」
先に飲み始めていた柏木は、頑張れと一言だけ言うと話を変えてきた。
「お前、今週の金曜空いてる?」
「合コンならいかねーよ」
「まだ何も言ってない」
「違うのか」
「合ってるよ。なぁ、行こうぜ」
佐々木と柏木は同じ年という事もあり、入社当時から仲が良い。
「いい加減落ち着いたら、お前」
そう言う佐々木に、柏木は
「30になったらな。前は付き合ってくれたのに、最近付き合い悪いぞ」
と言う。毎回同じ事を言う柏木に、佐々木は呆れ顔を向ける。
(合コンねぇ。俺が行ってどうするんだって)
佐々木は内心そう思いながら、柏木の話を聞き流す。
「逆にお前は落ち着きすぎなんだよ。俺がお前の顔だったら、もっと好きなことをする」
何故かドヤ顔で話す柏木に、前に座っていた女子社員にから
「佐々木さんは柏木さんと違って大人なんですよ」
とツッコミが入った。その声に、近くにいた社員たちから笑い声が起こった。
その笑いで、合コンの話は佐々木のところから消えていったことで、これ以上の話を済んだことにホッとした。
佐々木が到着して、2時間も立たない頃、飲み会はお開きになった。
「二次会行く?」
「明日休みだしカラオケか」
などど話をしているのが聞こえたが、佐々木は行く気がなかった。
「悪いけど、明日早いから俺はこれで」
佐々木が断りの声をかけると、「えー」と声が上がる。正直めんどくさいと思っていたら、
「俺も今日は帰るわ」
と後ろから聞こえた。その声は、林のものだ。
「佐々木は電車か?」
「いえ、タクシーで帰りうかと」
まだ、ブツブツ言っている声を気にもせず、話しを続ける。
「じゃ、乗り合いで帰ろうか。じゃ、みんな程々にな」
今にも歩きだしそうな林に続き、佐々木も
「じゃ、お疲れ様」
と、手を上げる。その流れにつられるようにして、次々に「お疲れでー」と声が上がった。
「じゃ、タクシー乗り場まで行くか」
林は、そう言いながら歩き始める。

二人で並んで歩いて行く。金曜の夜だと言うのに、思いのほか早くタクシーに乗り込むことができた。
座れたことにホッとしていると、
「今日は早く休めよ」
と、隣から声がかかった。
佐々木は林の方を向く。そして、先程思ってことを言ってみた。
「係長の歓迎会なのに、行かなくてよかったんですか」
林は、「ああ」と一言言うと、話をして続けた。
「一人で抜けるより、俺と一緒の方が抜けやすいだろう。」
佐々木は、確かにと思い頷いた。
「それに、今日の打ち合わせ、長引いてたからな。俺だったら早く帰りたい」
そう言って笑顔を向けてきた林の顔に、佐々木は思わず
「かわいい顔」
と、無意識につぶやいていた。
「は?そんなこと始めて言われたよ」
その声が聞こえていた林は、今度は声に出して笑った。
「すいません」
佐々木は口元を押さえながら謝ったが、林の笑いは止まらなかった。
ばつが悪くなり、外の景色を見ていた佐々木だったが、そろそろ
自宅が近くなってきた。その時、ふと林の自宅がどこにあるのだろうと思った。
「そう言えば、係長の家ってまだなんですか」
林の方に向き直して話しかける。
「ああ、俺の家は過ぎたよ」
「は?」
今度は佐々木が声を上げた。
「いやー、笑ってたら過ぎてたんだよね」
「いやーじゃなくて、バカなんですか。気付いた時に戻ればよかったのに」
佐々木は、まくしたてるように言った。
「俺の家もう近くなんで、ここから歩きますよ。ちょっと行ったトコで、Uターンできるから、その方が早いっすよ」
そう言うと、運転手に止めてくれるように声をかけた。
タクシーが止まると、メーターを見て財布を取り出した。ところが、
「俺が出すからいいよ」
と、林がやんわりと言った。
「いや、でもうちのほうが遠いんだから…」
佐々木が言うと
「笑わせてもらったし、こういうのは上司が出すもんでしょ」
と、また笑顔を見せた。
「じゃ、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
そう言いながら、財布をしまう。佐々木は、車を降りながら、すぐ近くのUターン車線で戻ってもらうように、運転手に話しかける。
「今日はありがとうございました」
そう言いながら、頭を下げる。
「おう。じゃ。お疲れさん。気を付けて帰れよ」
林の言葉が終わると、タクシーのドアが閉まった。タクシーが動き出したのを確認すると、佐々木は、自宅に向かって歩き始めた。
タクシーを降りたところからは、歩いて10分かからない。その最中思い出したのは、ずっと笑っていた、林の声と笑顔だった。
(ホント変な人だな、あの人)
でも、その雰囲気が心地いいと思ってしまった佐々木は、少しだけ表情が緩んだまま歩いていた。
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