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レイン

ジャンル: その他 作者: 紅葉
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エール早飲み対決

おいおいマジか、とハルマは心の中で驚愕した。
自慢じゃないが酒を飲み慣れているハルマとこんな子供では、勝負にならないとさえ思った。
加えてここしばらくのハルマの経済事情の不況により、ちょっとした禁酒が続いていた状態。
むしろ一気に飲み干していいというならすぐにでも飛びつきたい気分だった。

ジョッキを握ると、表面を伝う水気で手が濡れる。
黄金色の液体の上に、煌めく白い細かな泡。
よく冷えた最高の状態だ。

「お前がいいならいいんだが・・・言っとくが俺はこれぐらいで酔いつぶれたりしないぞ」

「ま、最近俺も飲み始めてね。苦みに慣れてきたところさ」

男もジョッキに手をかける。
不遜な態度は全く崩さず、勝負を楽しむかのような余裕さえ見えた。
何を根拠にこんな勝負をかけてきたんだ・・・?

そんな疑問を胸に抱かせたハルマだったが、それを考察する時間もなく、勝負は始まろうとしていた。

「それじゃ、エール早飲み勝負・・・スタート!」

男が勢いよく声を上げると、二人は同時にジョッキを口につけた。
そして思い切り傾ける。ジョッキが顔に対して垂直になり、徐々に角度を上げていく。

口の中で爽快な刺激が躍る。
雨による湿気と、人の多さで生温かい店内に火照った口内を急速に冷却していく。
そしてすかさず喉へと流し込み、口の奥を通るたびにゴクゴクと軽快な音を立てていた。

ハルマの脳内では大ジョッキのビールを飲めることによる僥倖でテンションはMAX。
くぅぅぅ~~~っ、最高だ、あまりの刺激に涙が出そうだ、と心の中で叫ぶ。

二人のギャンブル開始の様子を近くで見ていた者は半ばギャラリーと化していた。
大人と子供の早飲み勝負、外性のある試合を見て楽しんでいるのだ。
ビールの残り残量が少なくなると、どちらのほうが消費が早いか?それをのぞき込むように席を立ちあがる者までいる。

大ジョッキは傾けると視界のほとんどを奪いつくす。
飲み干すことに夢中になっているのもあって、ハルマは隣で同じエールを飲んでいる男に目を向けることはできなかった。

しかし、勝負開始から十数秒、ハルマのジョッキが残り5分の1になっただろうか、というタイミングで後ろから歓声が上がる。
目は見えなくとも声は聞こえる。そこでハルマは自分の耳を疑う言葉を投げかけられた。

「すげえ!坊主の勝ちだ!」

え・・・?

不意に、ハルマはジョッキから口を話す。
今しがた後ろから聞こえた声を信じるのならば、まさか、まさか。
飛びつくようにとなりの席へ顔を向け、男のジョッキに目をやった。

机の上に空のジョッキが置かれ、それを見つめながら一息つく男の姿があった。


***


「悪いな~ハルマさん、これで今日はうまい飯が食えそうだ」

「そんな大した額もってないが・・・」

勝負に負けたハルマは潔く財布をひっくり返した。
少しばかりのお札と、無駄に多い小銭が机の上を転がる。
金額は全部あわせても1万ウルにも届いていなかった。

ついでにハルマは名前を男に伝えたが、逆に名前は聞けていない。

「おかげでオムライスはキャンセルだよ・・・、悪いがエール代は持ってくれ」

「いや、まだ持ってるでしょ」

「は?」

「ポケットに入ってるじゃん。金の匂いがする招待状がさ」

ポケットに・・・。
なんのことかと迷ったが、先ほど自分でねじ込んだ紙があることを思い出す。
握りしめたせいでぐしゃぐしゃになったそれを引っ張りだすと、皺を伸ばしてカウンターの上に置いた。

「これは俺の借金をギャンブルで清算しますって内容を書いた書類だぞ」

「知ってる。さっきチラッと見えたからね」

「こんなもんどうするんだよ・・・」

「有り金もらうって言ってんだから、あんたの借金ももらおうと思ってね」

「は・・・・・・はっ!?」

余りの衝撃のセリフに、ハルマはリアクションが一瞬遅れてしまう。
言っている言葉の意図が全く読み取れず、激しく困惑する。

「実はお金を稼ぎたくてね。大金賭けたギャンブルの場が欲しかったのさ」

「は、はぁ・・・」

もしかしてこいつ、これが狙いで俺に話を持ち掛けたのか?とハルマは訝しんだ。
エールは飲み干してしまったので、お冷のグラスを手に持って少し考える。
・・・確かにこれは借金返済を賭けたギャンブル。もし大賞することができれば、逆に金を得ることができるだろう。
しかし、見知らぬ男の借金を背負ってまで挑むこととは到底思えないが・・・。

「なるほど。3日後にこの住所か」

拾い上げた紙を見ながら内容を確認する男。
まるでパーティーか何かの会場の話をしているかのような気軽さで、物事の感じ方のギャップにハルマは眩暈がした。

「とはいえ、いきなり俺一人で行っても意味ないからさ、ハルマさんにはついてきてほしいんだ」

「・・・まぁ、お前を代打ちに使うっていうことで話は進められるだろうが・・・」

若干迷った様子を見せながら話すハルマだったが、会話はそこで打ち切られた。
じゃあ3日後にこの場所で。それだけ言うと、男はエール代をカウンターに置いて立ち去ろうとする。

「ちょ、ちょっと待てよ!まだこっちは名前も聞いてないぞ!」

すでに背を向け、店の出口に向かって歩いていた男はその言葉に歩みを止めた。
フッ、と鼻を鳴らすように笑い、ハルマの方を向く。
立ち上がったハルマと男の目が合ったところで、口が開かれる。

「レインだよ。俺の名前はレイン」

窓を打ち付ける大粒の雨音の中、雨の日に現れた男はそう言った。
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