冴えない借金男とギャンブル小僧
「勝負は3日後。場所は追って連絡する」
豪雨が窓を叩く喧噪の中、薄暗い部屋の中で男は告げた。
「あぁ、わかったよ・・・じゃあな!」
日時と場所が書いた紙をグシャリと握りこみ、ズボンにねじ込む。
必要な事は聞いたとばかりに、日時を告げられた長身の男は部屋を出て扉を閉めた。
多少なりとも不服を孕んでいることを、扉の音で示しながら。
その日は酷い雨だった。
すでに陽が沈んで数時間が経っており、自分の周囲は雨粒と暗闇で何も見えない。
ポツポツと点在する外灯の僅かな光を頼りに、長身の男は傘を手に歩いていた。
若干湿気った煙草に火をつける。
ニコチンの摂取でもしなければ頭から血が引かず冷静になれなかった。
「俺の命もあと3日かね・・・」
先ほど伝えられた日時を反芻する。
この男の名はハルマ。
ハルマは400万ウルの借金を背負っている。(※この国の通貨)
先に面会していた男はその取り立て屋であり、400万Uの返済のための「勝負」を紹介されている。
「勝負」とは、ギャンブルのこと。
400万もの大金をハルマから取り立てるのは無理と判断され、勝負の場を立てられたのだった。
ハルマとどこぞの賭博師との一騎打ちの勝負。
勝てばその”賭博師”から、もしくは賭博師を雇っているものが借金を肩代わり、
負ければハルマの身の安全と引き換えに、取り立て屋に400万が支払われる。
人一人の身体と引き換えに400万の金が得られるというのは、ハルマのような一般人からすればなかなか想像のつかない話。
もし負ければ自分はどんな目に合うのか・・・軽く想像するだけでも震えが止まらなかった。
肺から煙を吐いて空を仰ぐ。
曇天から落ちる雫が、傘では防ぎきれずハルマを濡らす。
「ん?」
ふと、顔に落ちた雨を袖で拭いていると、眼前に明かりが見えた。
ナイフとフォークの看板をぶら下げた、これでもかと主張する飲食店だった。
ぐぅぅ。
気分的に食欲旺盛とは行かないが、腹は減る。
ハルマは財布の中を確認してから、これは腹五分目までだなと覚悟して入店した。
外の天気の悪さもあってか、店の中は雨音に負けず賑わっていた。
仕事終わりなのだろう、木製の丸テーブルを囲って、エールが並々入ったジョッキを掲げて顔を赤くしている中年がいたり、
かと思えば、カウンターに座り静かに店を嗜むナイスミドルもいる。
ハルマはカウンターに腰掛け、店の名物オムライスと水を注文した。
「今日ぐらい美味いもん食ってもいいよな・・・」
突きだされたお冷を煽ると、茫然と天井を眺めながらそう言った。
ニコチン中毒のハルマは先ほど吸ったばかりのタバコの箱を取り出し、口に咥える。
これだけはやめられないが、勝負の日まで残っているわけがないペースだった。
「なあ、あんた」
「ん?」
咥えたタバコに火をつけようとしたところで、横に座っていた男から声をかけられた。
先ほどまでは隣に誰もいない席を選んだはずだったが・・・。
見知らぬ男に警戒心を抱きつつも、ハルマは尋ねる。
「なんだ?タバコの火でも切らしたか?」
「あいにく、ヤニは嗜んでないよ。そんなもん多額の納税しているようなもんだ」
「はぁ・・・」
タバコの価格のほとんどは税金に充てられていると聞く。
確かに言わんとすることはわかるが、金がどこに行くかなんてどうでもいいだろう、とハルマは内心呟く。
「あんた、俺とギャンブルしないか?」
「・・・ぶっ」
飲もうとしていた水を吹き出し、思い切りせき込んだ。
ハルマにとってギャンブルなんて今一番聞きたくない言葉だ。
「俺が勝ったらあんたの有り金全部。わかりやすいだろ?」
「オイオイ、まだやるとは・・・」
「あんたが勝ったら、この店の好きなもん奢ってやるよ。さっきのオムライスに追加注文してもいい。なんならついでにタバコも1カートン買ってやる」
「うっ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
普通の人間ならお店の料理食べ放題に心を動かされるところだろうが、タバコ1カートンというのは文無しのニコチン中毒にとってはあまりに魅力的なワードだった。
「乗った!」
「そうそう、男ならここは勝負・・・って、乗るのか、決断早いな」
少しは渋ると思っていたらしい、男はカウンターについていた肘をガクリと落とした。
ギャンブルと聞いて、ハルマは目の前の男を観察した。
年は、かなり若い。おそらく17かそこら、ハルマよりも一回りは下に見えた。
着ている服装はというと、シンプルなジーンズに青のTシャツ。ハッキリ言うと何の特徴もない。
特徴的なのは、若さを象徴するかのようなまじりっけなしの明るい金髪と、ナイフのような切れ長の瞳だった。
「で、ギャンブルってのは?」
「そうだな・・・あんた、酒は飲めるか?」
こんな質問を明らかに子供なやつに言われるとは思わなかった。
「まぁ、普通にな。今日も金がありゃ一杯やりたいぐらいだ」
「なら丁度いい」
男は店主を呼び止めると、エールを2つ、大ジョッキで頼んでいた。
忙しい日と睨んで事前に準備していたのか、店主は1分もかけずにキンキンに冷えた大ジョッキにエールを注いで持ってきた。
勢いよくハルマと謎の男の前に置いた。
「っておい、お前も飲むのか?」
この国では、特に10代の少年の飲酒を禁止するルールはないものの、成長に支障を来す云々であまり勧められてはいない。
店主もこの男が大ジョッキを頼んだことに少々訝しんだぐらいだ。
「勝負はこのエールの早飲みといこうぜ。ルールは単純、先に飲み干した方の勝ち」
豪雨が窓を叩く喧噪の中、薄暗い部屋の中で男は告げた。
「あぁ、わかったよ・・・じゃあな!」
日時と場所が書いた紙をグシャリと握りこみ、ズボンにねじ込む。
必要な事は聞いたとばかりに、日時を告げられた長身の男は部屋を出て扉を閉めた。
多少なりとも不服を孕んでいることを、扉の音で示しながら。
その日は酷い雨だった。
すでに陽が沈んで数時間が経っており、自分の周囲は雨粒と暗闇で何も見えない。
ポツポツと点在する外灯の僅かな光を頼りに、長身の男は傘を手に歩いていた。
若干湿気った煙草に火をつける。
ニコチンの摂取でもしなければ頭から血が引かず冷静になれなかった。
「俺の命もあと3日かね・・・」
先ほど伝えられた日時を反芻する。
この男の名はハルマ。
ハルマは400万ウルの借金を背負っている。(※この国の通貨)
先に面会していた男はその取り立て屋であり、400万Uの返済のための「勝負」を紹介されている。
「勝負」とは、ギャンブルのこと。
400万もの大金をハルマから取り立てるのは無理と判断され、勝負の場を立てられたのだった。
ハルマとどこぞの賭博師との一騎打ちの勝負。
勝てばその”賭博師”から、もしくは賭博師を雇っているものが借金を肩代わり、
負ければハルマの身の安全と引き換えに、取り立て屋に400万が支払われる。
人一人の身体と引き換えに400万の金が得られるというのは、ハルマのような一般人からすればなかなか想像のつかない話。
もし負ければ自分はどんな目に合うのか・・・軽く想像するだけでも震えが止まらなかった。
肺から煙を吐いて空を仰ぐ。
曇天から落ちる雫が、傘では防ぎきれずハルマを濡らす。
「ん?」
ふと、顔に落ちた雨を袖で拭いていると、眼前に明かりが見えた。
ナイフとフォークの看板をぶら下げた、これでもかと主張する飲食店だった。
ぐぅぅ。
気分的に食欲旺盛とは行かないが、腹は減る。
ハルマは財布の中を確認してから、これは腹五分目までだなと覚悟して入店した。
外の天気の悪さもあってか、店の中は雨音に負けず賑わっていた。
仕事終わりなのだろう、木製の丸テーブルを囲って、エールが並々入ったジョッキを掲げて顔を赤くしている中年がいたり、
かと思えば、カウンターに座り静かに店を嗜むナイスミドルもいる。
ハルマはカウンターに腰掛け、店の名物オムライスと水を注文した。
「今日ぐらい美味いもん食ってもいいよな・・・」
突きだされたお冷を煽ると、茫然と天井を眺めながらそう言った。
ニコチン中毒のハルマは先ほど吸ったばかりのタバコの箱を取り出し、口に咥える。
これだけはやめられないが、勝負の日まで残っているわけがないペースだった。
「なあ、あんた」
「ん?」
咥えたタバコに火をつけようとしたところで、横に座っていた男から声をかけられた。
先ほどまでは隣に誰もいない席を選んだはずだったが・・・。
見知らぬ男に警戒心を抱きつつも、ハルマは尋ねる。
「なんだ?タバコの火でも切らしたか?」
「あいにく、ヤニは嗜んでないよ。そんなもん多額の納税しているようなもんだ」
「はぁ・・・」
タバコの価格のほとんどは税金に充てられていると聞く。
確かに言わんとすることはわかるが、金がどこに行くかなんてどうでもいいだろう、とハルマは内心呟く。
「あんた、俺とギャンブルしないか?」
「・・・ぶっ」
飲もうとしていた水を吹き出し、思い切りせき込んだ。
ハルマにとってギャンブルなんて今一番聞きたくない言葉だ。
「俺が勝ったらあんたの有り金全部。わかりやすいだろ?」
「オイオイ、まだやるとは・・・」
「あんたが勝ったら、この店の好きなもん奢ってやるよ。さっきのオムライスに追加注文してもいい。なんならついでにタバコも1カートン買ってやる」
「うっ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
普通の人間ならお店の料理食べ放題に心を動かされるところだろうが、タバコ1カートンというのは文無しのニコチン中毒にとってはあまりに魅力的なワードだった。
「乗った!」
「そうそう、男ならここは勝負・・・って、乗るのか、決断早いな」
少しは渋ると思っていたらしい、男はカウンターについていた肘をガクリと落とした。
ギャンブルと聞いて、ハルマは目の前の男を観察した。
年は、かなり若い。おそらく17かそこら、ハルマよりも一回りは下に見えた。
着ている服装はというと、シンプルなジーンズに青のTシャツ。ハッキリ言うと何の特徴もない。
特徴的なのは、若さを象徴するかのようなまじりっけなしの明るい金髪と、ナイフのような切れ長の瞳だった。
「で、ギャンブルってのは?」
「そうだな・・・あんた、酒は飲めるか?」
こんな質問を明らかに子供なやつに言われるとは思わなかった。
「まぁ、普通にな。今日も金がありゃ一杯やりたいぐらいだ」
「なら丁度いい」
男は店主を呼び止めると、エールを2つ、大ジョッキで頼んでいた。
忙しい日と睨んで事前に準備していたのか、店主は1分もかけずにキンキンに冷えた大ジョッキにエールを注いで持ってきた。
勢いよくハルマと謎の男の前に置いた。
「っておい、お前も飲むのか?」
この国では、特に10代の少年の飲酒を禁止するルールはないものの、成長に支障を来す云々であまり勧められてはいない。
店主もこの男が大ジョッキを頼んだことに少々訝しんだぐらいだ。
「勝負はこのエールの早飲みといこうぜ。ルールは単純、先に飲み干した方の勝ち」
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。