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鶴丸国永の恋文日記

原作: その他 (原作:刀剣乱舞) 作者: 杉田
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近侍

「君はいつも、どんな事を書いている?」
「……日常の事」
 五虎退と垣根に植えた、紫陽花が咲いた事。
陸奥守が遠征で、沢山お土産を買ってきた事。
夜間出撃が続いて、皆で夜食のレパートリーを増やした事。
――審神者にならなければ、知る事も無く、体験も出来なかった事を。
「そうか」 
 俺が眼許で微笑すると、主も黙って、にこにこしている。
今は梅雨の景趣で、終日霧雨が降り続いている。審神者の文通――交換日記? とやらは相変わらず、細々と、人目につかないままに続いていた。
「なあ、主」
 執務室の軒先に、てるてる坊主を吊るしながら、背中越しに問いかける。
「君の文通相手は、どんな奴なんだ?」
 途端に、彼女が困惑するのが、気配で解る。何か物言いたげだが、しかし結局、口籠ってしまう。俺はくるりと振り返り、
「うちの本丸の、刀剣男士達よりも、良い男か?」
「それはない」
 今度は、明快な答えだ。翳りもない表情で、うちの刀達以上に良い男など居ないと、朗らかに言い切る。
 俺は満足だが、同時に、スッキリしない。
 本当は、こう訊きたい。較べるのは、本丸の誰か、ではなくて。
「俺よりもか?」
「え?」
何でもない、と俺は笑って誤魔化す。口中で呟いただけだから、聞えた筈が無い。
 審神者が何気なく、横を向く。独り言の様に、口を開いた。
「手紙を読み返す度に、思える。審神者の職を択んだ人生は、択ばなかった人生より、間違いなく……ずっと幸福だったと」
「主」
 俺は胸を衝かれて、小さく息を呑む。
 白い袖を翻し、颯々と畳を渡り、審神者の前に膝をつく。
「君は、幸福なのか?」
「ええ」
「今の暮らしで、十分に?」
「十分に」
 含羞みながら、元気よく頷く。瞳にいちいち感情が反射して、独楽鼠の様にくるくる動くから、ずっと見飽きない。
「主」
 初めて出会った時、君はまだ、十代半ばの少女だった。
 まだ審神者の能力に自信薄く、責任を強く意識した表情は固く張り詰めて、長い間、生来の明朗さが失われていた。俺は君自身の為に、君の成長をひたすら待ち望み、無心に応援してきたつもりだったが。
近頃はもう、真面に眸を覗き合う事さえ、眩しい気がする。
「もし、俺が……」 
 君に、文を書いたら。
 君は、受け取ってくれるだろうか。
俺が見も知らない、どこかの誰かの文より、よろこんでくれるだろうか。
「――鶴丸?」
「何でもない。そろそろ、出陣の支度に掛かろうか」 
 主が少し首を傾げ、俺の顔を覗き込んでいる。内心、身を引き剥がす思いで、俺はパンと袴の裾を払った。
 その日の宵。夜戦部隊の帰還を援護した際に、軽く手傷を負った。
 手入れ部屋のさわぎも収まり、ひと段落がついた後、薬研がひょいと俺の部屋に顔を出した。
「よっ、旦那」
 軽やかに白衣を舞わせて、ぱちんと目を瞑る。
「ちっと、怪我の具合を見せてくれや」
 俺は素直に、袖を捲った。
「バレてたか」
「主がな。旦那を診てやってくれってさ」
薬研は傷を検め、丁寧に包帯を巻き直してくれた。
「それで、これは差し入れだ」
「おっ、美味そうだな」
 皿に盛られていたのは、仙台名物、ずんだ餅だ。縁側に出て、二人で食べる事にした。
 湿気と闇の篭る庭先を、何とはなしに眺めつつ、餅を頬張る。
「大将も大分、料理の腕が上がったなぁ」
 薬研が、感心した様に言う。たしかに、と俺も相槌を打つ。
 夜戦後の愉しみとして、この本丸では昔から、夜食は主が手ずから作る。今夜はずんだ餅だが、光坊と二人、特製レシピに工夫を重ねているらしく、妙に美味い。
「主は……」 
俺が言い差すと、
「手入れ部屋だ。泊り込むってさ」
「まあ、いつもの事だな」
 中傷以上のダメージには、治癒を早める手伝い札を使う。それでも一晩は、念のため、傍らで様子を見たいと、怪我人と一緒に過すのが慣例だ。
 餅を食べる手を止め、くすっと薬研が笑った。
「うん?」
「いや、夜戦番は役得さ。大将手製の夜食にもありつけるし、手傷を負ったら負ったで、大将が一晩中添寝してくれると来ちゃ、刀冥利に尽きるってもんだ」
「不謹慎な料簡だが、正直だな」
 俺も笑い出すと、
「俺っち達の大将は、戦国の荒大名の様な気概も才も無く、たかが小娘に過ぎんが……、人柄が良い」
 配下の者の苦難を恐れ、無い知恵と勇気を懸命に絞り、戦から目を逸らさぬ主こそ、得難いものだ。
 自分たちの審神者は十分に及第点だと、皆が思っている。
「時に、旦那」
 ふいに、薬研が身を乗り出して、
「その大将の事で、ちょいと、小耳に挟んだ事があるんだが」
「何だ?」
「ここ暫く、大将に懸想文が届いてるって噂なんだが……」
 馬鹿正直に俺は、食べかけた餅を喉につまらせた。ゲホッと、涙目に噎せていると、薬研が目を開いて、
「オイオイ……まさか、本当なのか?」
「いや、まだ、真相は分らんぜ?」
「いや、そうか。旦那が今年の春先、どうも挙動不審だったのは」
 薬研はみるみる眦を吊り上げて、
「冗談じゃないぜ、旦那!」
ほーらな、と俺はげっそりする。やっぱり歌仙が特別なのだ。光坊だって狼狽えたし、ことに、薬研のこの憤慨振りと来たら、
「あんた、近侍の癖に何やってるんだ? さっさと口説くなりモノにするなり、手を打つしかねえだろう!」
「あのな、君の言う事も解らんでもないが、女子を口説くならまず……」
「もう今夜でもいい、夜這いでも仕掛けろや。平安生まれなら、得意だろ!?」
「おい、冗談じゃないぜ! 文も出さずに、いきなり夜這いなんか出来てたまるか!」
 むっと、暫く、睨み合ったが、
「旦那。……」
 先に薬研が、紫苑色の眸をスッと細めて、
「俺っちは、覚えてる。まだ大将が物慣れなくて、毎日を苦労してた頃、旦那が誰より親身に、心を砕いて世話してた。大将が落ち込む度、明るく宥めすかして、辛抱強く励まして。最後には必ず、お月さんみたいな笑顔にさせてた。
あんたは、主が鍛刀で顕現させた、初めての刀だ。初期刀を除けば、あんたほど大将に近い刀は居ない。大将はまず、配下を依怙贔屓するような人じゃないが、唯一、近侍の座だけは、あんた以外にゆるさない……」
 俺は、微かに唇を動かした。
「分ってる」
「分ってるなら、負けないでくれ」
 ようやっと、薬研本来の、沈毅な声音が戻ってきた。煙る様な微笑を泛べて、言った。
「頼むぜ、旦那。俺だって、藤四郎なんだ。守り刀は、心に決めた主の傍に居たいんだ。でも旦那に、どこぞの馬の骨と戦う気が無いんなら、俺っちが大将を守る。そこんとこ、よく心得ておいてくれ」
 俺はもう、返事をしなかった。皿の上の餅を、もう一つ、口に入れる。
 この菓子は、俺が好物と知った主が、真先に光忠に習ったものだ。
 俺は誰にも負けない。
 後は、それを彼女に、証明して貰うまでだ。
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