ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

鶴丸国永の恋文日記

原作: その他 (原作:刀剣乱舞) 作者: 杉田
目次

茶室にて

 早や、本丸は初夏を迎えている。
 例の恋文は、二通、三通と、数を増して審神者に届く様になっていた。それどころか、もはや文通状態になっていて、審神者もまた、野暮ったい、白の巻紙を引っ張り出して、黙々と返事を書いている様だった。
「もっと、綺麗な料紙を使ったらどうだ」
 つい見かねて、余計な進言さえしたが、審神者は笑って取り合わない。恋文などではないから、と口数少なく繰り返すのだ。
 今更、近侍の俺にまで隠さないで良いじゃないかと、言うに言えない不満が、胸の裡に積もり始めている。
「恋文じゃないなら、何なんだ?」
俺がずけずけ踏み込んでも、審神者は素直な人柄なので、はぐらかしたり、誤魔化したりはしない。ちょっと考え、日記の様な、と答える。
「日記だぁ?」
 俺も一応は真に受けて、
「まさか君、交換日記でもしてるのか」 
「さあ」
 明言はしないまま、暢気そうに微笑っている。何を今時、小学生じゃあるまいに、と俺は他人事ながら頭を抱えたくなったが、口を挟む筋合いでもない。
 刀剣男士達には、まだほとんど知れてない。
 俺と光忠、そしてやはり、彼はさすがの貫録で、自ずから気付いたらしい。
「……君は少々、気に病みすぎだと思うよ」
 歌仙兼定。我が本丸の、初期刀。
「自然に任せるのが一番だ。何にせよ、彼女の人生なのだからね」
「君は静観派か」
 俺は何となく、意外な想いがしている。歌仙は端麗な表情を崩さず、釜にそっと、柄杓を入れている。
 今日は非番だった。本丸の一隅の、ほぼ歌仙専用になっている茶室で客になっている。
甘い干菓子を呑み下し、澄まし顔の亭主に話しかけた。
「随分、鷹揚に構えてるんだな。主が心配じゃないのか?」
「心配?」
 歌仙は涼やかに、茶筅を動かす手も止めない。
「何を心配する必要があると? 今の所、俗人に戻り、審神者の職を返上する気配も無さそうじゃないか」
「……それはどうかな」
 俺は、床の間の藤を眺めた。もう五月も終る頃だが、主が立夏の景趣を気に入っている所為で、庭は未だむせぶような藤波に埋もれている。
審神者は巫人でもある。人間の伴侶を得た者は還俗と見做され、その職は降りなければならない。
 要は、機密保持の規則なのだが、執行はかなり厳密だ。その審神者に所属した人員すべての記憶、記録媒体は抹消され、本丸は解体か、新任の審神者が引き継ぐ。
「君の懸念を言ってみたまえ。鶴丸国永」
主が、どこに馬の骨とも知れぬ男に騙されるのを案じるのか。
主が、この本丸を捨て去り、自分たちを捨てる事を危惧しているのか。
 平茶碗を差し出され、俺は有難く頂戴しながら、
「そりゃあ、両方だ」
「成程。しかし最初の懸念だがね。人生に刺激を求める君にしては、過保護が過ぎると思うが」
「そうか?」
 俺が不服気な声を洩らすと、歌仙はやっと真面に向き直り、自分の意見を述べ始めた。
「他人の色恋に口を挟むのは、神といえど野暮の骨頂だよ。もし主が、つまらぬ男に泣かされる様なことがあれば、無論僕も心中穏やかではいられないが、それでも彼女の意向を何より尊重すべきだろう」 
「達観してるんだなあ、君は」
 歌仙は人との間の調和を愛し、温雅でやさしい性格なのだが、一方で、自分の愛する世界を壊されることを激しく憎む、猛猛しい性情も秘めている。
 俺はまだ、腑に落ちない。
「君こそ、もっと狼狽えるなり、憤るなりするかと思った」
「心外だ」
 歌仙は困った様な、はにかむ様な気色を上せて、
「僕は、主の色恋に横槍を入れたがる様な――それほどに主に執着している刀だと、皆に思われているのかい?」
「いや」
 苦笑して、薄茶を呑んだ。少なくとも、実際に横槍を入れようとしているのは、彼ではない。
「君の、第二の懸念の方だがね」
 歌仙は穏やかに、俺の表情を見守る様にしながら、
「主が、審神者を辞める事を決意したとしても……僕の結論としては、それはそれで已む無しと言わざるを得ない」
「それは勿論、どんな刀でも、審神者の決定に随うより他ないからな」
「いや、僕の気持の話さ。僕は、主に感謝しているんだ」
 低く、耳に柔らかな声音で、話し始めた。
「審神者というのは、自らの本丸で、独裁者の様に振る舞うことも出来るだろう? しかし、僕達の主は、出来得る範囲内で、僕等の自由を尊重しようとしている。僕は戦闘だけでなく、人の様に歌を詠み、茶器を慈しみ、日常の様々な興趣を他者と分かち合う事が出来る。それは、望外のよろこびだ。
だから僕も、彼女の人生の選択を尊重する。刀は元より、主の人生を助けるもので、妨害するなどは以ての外だと、君も思わないか?」
「……まあな」 
 ぐうの音も出ない正論で、さすがは初期刀と、俺も感心しないでもない。
 さすが審神者が、生涯の相棒役に選ぶだけあって、気質、価値観が似る所もあるのだろう。
「だが、物わかりが良すぎないか?」
「え?」
「俺だって主の幸福は望んでいるし、君の言う事も解らんでもない。それでもな」
 俺はどうしても、納得できない。何故なら彼女は、審神者なのだ。
「建前とは言え、審神者は、神に捧げられた伴侶の筈だ。この本丸で、俺達の傍らで――ずっと幸せに生きて欲しいと、俺達が望む事もまた、当然の情と思うんだがな」
 歌仙は、じっと瞬きを止めて、俺の顔を黙って見つめていたが、
「……俺達、かい?」
 意図を含ませた響きは、間違いなく、俺の図星を刺していく。
「今言った通り、僕には、彼女の自由を妨げる意思はない。君の懸念、君の不満、君の願望は、君だけのものだよ。
いつも冷静で、誰にも寛闊な君を焦燥に駆り立てる、ただならぬ感情の正体。それをぜひ、見つめ直してみたまえ」
 俺は大きく、肩で溜息を吐いた。処置なし、と言った所だ。我ながら。
 主が浮世の風に傷つく事を恐れ、本丸の将来を案じつつ……、結局は、それら二つの懸念など遥かに上回って、心を占める想いがある。
ただただ、奪われたくない。
 その事を、今やっと、強く自覚する。

「もう一服、どうだい?」
 親切な歌仙が、好意をこめて勧めてくれる。俺もいい加減、吹っ切った笑顔を作った。
「頂こう。君の茶はよく澄んで、真如の月の様な味わいだ」
「ふふ、それが真実なら、僕の腕も大したものだ」
 後は歓談になったが、それでも別れ際には、――あまり思い詰めない様に、と雅やかな口ぶりで、そっと言い添えてくれた。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。