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スノー・フェアリー

ジャンル: ロー・ファンタジー 作者: ハラミ
目次

つらら女襲来


 翌日、俺はあまりの寒さに目を覚ました。

「うわっ、寒っ・・・」

 ひとまず俺は上着を着て布団から出た。地べたで雪女が毛布をかぶって寝ている。

「ぐっすり眠っちゃって・・・まったく」

 冬休みの間、俺は毎朝ジョギングをすることにしている。家に引きこもってばかりは体に悪い。今日は寒いのでちょっと厚着をして外に出る。裏手に山があってそこがいいジョギングコースなんだ。

「あ、おはようよっしー!」

 前方にいるのは・・・あれは・・・。

「おぉ、美香」

 そこにいたのは友村美香。小さいときからずっとご近所で、小学校も中学校も高校もずっと一緒のいわゆる幼なじみってやつだ。朝早くジョギングする俺だが、同じくらいの時間に美香もよく犬の散歩をしにこの山にやってくるんだ。

「朝から元気だねぇ」
「美香も寒いのに朝早くから犬の散歩だなんて精が出るなぁ」
「精?そんなもの出ないよ。女の子なんだからまったくよっしーはえろいなぁ」

 だがこのとおり時々・・・っていうかよく下ネタをいうのが玉にきずだ。しかも天然エロスだから余計にたちが悪いが、いいやつだ。

「もしかしてよっしーは今朝は精を出してきたの?」
「まったく朝からそういう話か」
「あぁ、そうだね!こういう話は夜が更けてからだね!」
「いや、そういう問題じゃなくってだなあ・・・」

 俺が戸惑っていると美香の犬がじゃれ付いてきた。

「確かこいつの名前はビーだっけな」

 俺はビーの頭をよしよしとなでた。

「そう!この犬を飼い始めたときあたしのバストがBカップだったからね」
「そうだったな・・・余計なことを思い出した」

 そういって俺が目を上げると、木の枝にツララがぶら下がっていた。俺の口から白い息が出る。

「美香、あれ見ろよ」
「あぁ、ツララだ。今朝は本当に寒かったからねぇ」

 そうやって見ていると、そのうちの大きいツララが地面に落ちたが、そのときだった。地面にそのまままっさかさまに落ちるはずのツララが突然こちらを向いたのだ。

「・・・え?」

 俺が声を出したのと同時にツララが恐ろしい勢いでこちらに向かってきた。

「よっしー!」

 とっさに美香が俺を押し倒した。

「ぬわっ」

 押し倒された俺と押し倒した美香。何か見つめあう格好になった。

「い、いやぁ!あたし・・・」

 だが照れている暇はなかった。なぜなら、木の影から、俺たちを見ている白い浴衣の女がいたのだ。あれってまさか・・・。

「ツララ女にございまする!」

 いつの間にかカラス天狗が飛んできていた。カラス天狗は俺とそのツララ女の間に入ったが顔面が蒼白だった。そんなに怖いのか・・・。

「え?あれがツララ?」
「お逃げください由布由殿!」
「カラス!あなたは!」
「いいからいって!どうせそれがしなどが踏みとどまろうと時間稼ぎにしかなりませぬゆえ!」

 カラス天狗が錫杖を振り回し叫んだ。

「必中!天狗礫!」

 叫んだ途端カラス天狗の手から無数の石が飛び、視界をさえぎる。

「お逃げくだされ!由布由殿!」
「ご、ごめん!カラス天狗!」

 俺はそういうと美香の手を握った。

「よっしー、あの人は一体?」
「美香とにかく急いでうちに!ビーもついておいで!」
「わん!」

 俺たちはとりあえずアパートに必死で逃げた。一方カラス天狗はツララ女と対峙している。

「ツララ殿、ツララ殿の人間嫌いは分かっておりまする。ですが由布由殿に手出しは無用にございまするぞ」
「下がれカラス。そなたの口出しすることではない」
「いいえっ、ツララ殿。天狗の分際で口出しをいたしまする。口出しを許さぬと申されるのでしたら手出しをいたしてでも由布由殿を守りまする」
「・・・そなたはいつからのっぺらぼうのような人間かぶれになったのじゃ?」

 そういって一本のツララがカラス天狗の股間を直撃した。

「ぐぇぇっ!!」

 カラス天狗が悶絶して倒れた。

「い、いくら人間では・・・ないとは・・・いえ・・・それは・・・ちょっとひどいのでは・・・」
「おゆきは今どこじゃ。どこか白状せぬと、一生子供の作れないようにしてやるぞ」
「うううぅぅ・・・」

 カラス天狗は泣きじゃくりながら痛む股間をさすった。


 一方俺たちはとにかく逃げに逃げてアパートに逃げ込んだ。

「うわっ、よっしーこの子一体誰?」

 美香がまだ地べたで寝ているおゆきを指差した。俺はとにかくアパートの鍵を閉めるのに精一杯でそれに答えている暇はなかった。

「よっしー!何で鍵なんか閉めてるの!ま、ま、まさか監禁プレイ!?」
「い、いや、今はそういうジョークをいっている暇じゃ・・・」
 
 俺はちょっとあせったが鍵をかけたのでちょっと安心していた。住宅街の方まで追いかけては来るまいという安心感があった。

「ふわぁ・・・むにゃむにゃ・・・」

 おゆきはまだ平和な顔で寝ていた。まったくこちらの騒ぎも知らないで。だが、その平穏はすぐに破られた。いきなりおゆきが目を開け、震え始めたのだ。

「どうしたおゆき?寒いのか?」
「こここここ・・・この気配・・・ツララお姉さま・・・!」

 おゆきは体を起こして布団から出るとドアへと向かう・・・がドアには鍵がかかっている。

「部屋の中に・・おおおおお、お姉さまがおります」
「そんな馬鹿な。部屋には誰も入れてないよ」
「いいいいい、いいえ、お姉さまがたたたたた、確かにおります・・・」

 おゆきがそう言った途端部屋の隅から何か物音がした。何かがたがたと音がしておゆきの顔色が変わった。

「あ、あ、あああああ、あの音は・・・」

 次いで何かがこぼれるような音がしておゆきはドアをバンバンたたいた。

「何あの音・・・」
「ちょ、ちょっと・・・俺見てくる」

 俺は勇気を出して音のするほうにいく。音がしているのは冷蔵庫だった。そしてこぼれているのは氷。

「せせせ、製氷室が・・・開いてる?」

 怖い・・・これが本物の妖怪!
 と、今度はこぼれた氷が積み重なったかと思うと、どんどん大きくなる。そして次の瞬間には、まるで氷の女王のような冷たさと、気の強そうな雰囲気をにおわせる瞳に、少し背の高い女になっていた。

「そなたが・・・由布由か」
「ひひひぃっ!」

 と、今度は外で音がした。カラス天狗の声である。

「由布由殿に姫殿!お逃げください!早くしないとツララ殿が!!」
「うううううぅぅぅ、もうお姉さまはきてるよぉ・・・」

 おゆきはもうすっかり腰が抜けていた。美香も魂を抜かれたかのようにその光景を見ていた。

「あなたが由布由・・・人間の分際で・・・人間なんか下賎なのよ、下僕よ、犬、いや、犬以下の存在なのよ!」
「ひ、ひぃ!下賎ですいません!犬以下ですいません!」

 ・・・あれ?これってもしかして一種のプレイ?てか美香が目をキラキラさせてるし。

「人間なんかね、お前なんか人間なんかが雪女に手を出そうなんて百万年早いのよ!汚らわしい!」
「あー、何かあの人よく分からないけどすごい!」

 美香がさらに目をキラキラさせている。

「何よあなた。罵られてるっていうのに嬉しがっているの?これだから人間は・・・下賎民族ね!」
「もっと罵ってくださいぃ!」

 と、そのときこのツララ女、何かの弾みでボタンを押してしまった。

「・・・あら?」

 あろうことかツララ女が押してしまったボタンはハロゲンヒーターのボタンだった。向きが悪かったらしくその熱がツララ女を直撃している。

「な、何これ。暑い!いや、熱い!いやっ、誰か、誰か助けて!やだぁ、ヒーターで死ぬなんていやだぁ!」
「お前のお姉ちゃん・・・そうか!ツララだから暑いのに弱いのか!」
「いやだぁ、ごめんなさい!下賎なんていってごめんなさい。何でもするからヒーターをヒーターを!」
「お、お姉ちゃん!だ、誰かお姉ちゃんを助けてあげてぇ!」
「ううぅぅ・・・もっと罵られたかった・・・」


→ → → → →


 とりあえずあまり可哀想だからヒーターを消してついでに冷えピタシートを張ってやってついでにアイスも持ってきてあげた。

「びっくりいたしましたぞ、ツララ殿」

 鍵を開けて入ってきたカラス天狗も一緒だ。

「私としたことが、ついわれを忘れてしまって・・・」

 ツララ女が落ち込んだかのようにアイスクリームをぺろぺろと舐めていた。その様子をじっと見つめる美香。

「なかなかの舌使いね!」
「また誤解を招く言い方を・・・」
「ふふ、これで雪女は男を食べるのよ」
「お、男を食べるだなんて・・・さすがは女王!」
「なかなかおいしくってお代わりできちゃうの」
「お、お代わり・・・!何と斬新で新鮮な言い方!」

「ゴ、ゴホンッ」

 カラス天狗が美香とツララの会話に割って入るように咳払いをした。

「それよりツララお姉様が人間嫌いというのは・・・」
「お姉さま?あぁ?人間がこのツララ様にお姉様なんて口聞いてんじゃないわよ!穴あけるぞごら!」
「お姉さま!落ち着いて!キャラが壊れてますよ!」

 お姉様といっただけでこの怒り方だ。よほど人間嫌いなんだろう。するとカラス天狗が沈痛な面持ちで俺のほうに耳打ちをしてきた。

「ツララ殿は実はこれまで何度も人間との結婚に失敗なさっていて・・・人間不信に陥っているのです」

 結婚に失敗・・・といわれても俺にはぴんと来なかった。

 ツララさんはぱっと見きれいだし、人間嫌いという一点さえ覗けば妹のおゆきにも、怖がられてはいるけど、とても慕われているみたいだ。面倒見が良くて家庭的な感じだし・・・何で失敗をするんだろう。

「いいところまでいくのに最後の最後というところで失敗するのよ!(以下、ツララの妄想となります)」

彼氏「ツララ、ツララ!一緒にお風呂に入ろうよ(裏声)」
ツララ「えっ、私お風呂はちょっと・・・」
彼氏「なんだって?お風呂に入れないなんてツララは僕のことが嫌いなのかい?(裏声)」
ツララ「ち、違うの!ツララ彼氏君のことは大好きだけど、お風呂だけは無理なの!」
彼氏「そうか、分かったツララは僕のこと嫌いなんだね。もういいよ(裏声)」
(彼氏が出て行く)
ツララ「(泣く)」

「だから人間は嫌いなのよ!うわーん!」

 そういってツララは泣き出し、きっと今度は俺のほうをにらんだ。

「こいつだってそうよ!男はすぐにあたしたちとお風呂に入りたがるのよ!私たちのピーーなところやピーーなところを見ようとして!」
 
 矛先が突然向かってきた俺はちょっと戸惑ってしまった。弱った。でもだからといっておゆきをあの乱暴な雪男に渡したくはないし・・・。

「俺は、そんな無理やりおゆきをお風呂に入れたりはしませんけど・・・」
「ほんとーにぃ?」

 ツララが俺のほうをにらみつけると、その間になぜか美香が割り込んできていた。

「お任せください!ツララさん!」

 美香が自分の胸をばんっとたたいた。どうでもいいがそんなことしたらまた胸がしぼむぞ。

「よっしーがおゆきちゃんにいやらしいことをしようとしたら私が許しません!私が一枚か二枚を脱いで代わりに餌食になってでも止めてやります!」
「おい、ちょっとまともな止め方があるだろ、てか目を輝かせるな」
「美香さん!うぅ・・・私はいい嫁を持ったわ!」
「お前は俺の母かよ!」
「わ、私だってお風呂には入れなくたって服くらい脱げますもん!」
「うわぁ!ちょっと、今ここで脱ごうとするなおゆき!」

 脱ごうとするおゆきにそれを止めようとする俺、その俺になぜか抱きついてくる美香、それをニコニコと眺めているツララ女に、その様子を苦笑いして見ているカラス天狗。

「それを聞いて安心したわ。雪男から、おゆきが得体の知れない人間と付き合ってるって聞いたからいてもたってもいられなくって・・・でもある程度信用できる人なら心配は要らないわね」
「ツララ殿、それがしもこれまで数日由布由殿と行動をともにしてまいりましたが、由布由殿はいい人間だとお見受けしまする。雪男などの粗暴な男に嫁にあげるにはよほど良いかと・・・」

 カラス天狗がそこまで言ったとき、そのとき家のドアが乱暴に開いた。そして一人の男が入ってきて乱暴にずかずかと歩み寄ってきて、突然俺の襟首をつかむ。おゆきが悲鳴を上げ、美香が呆然とする。俺はその男に見覚えがあった。

「雪男!やめて!由布由様を放して!」
「うるせぇ!こいつをぶっ殺.してやらねぇと気がすまねぇ!」

 そういって雪男が腕を上げた。またこのパターンかよ、と俺が思ったとき、俺と雪男の間にツララが落っこちてきた。

「その手を放しなさい。雪男」

 ツララを落としたのはツララ女、ツララお姉さんだった。

「何でだ姉さん!俺が・・・俺がおゆきと夫婦になるのだ!そういっただろう」
「お黙り」

 ツララ女が手の中でツララを生成した。その顔はさっきまでのふざけた顔ではなく、本物の妖怪の放つ恐ろしい迫力を伴っていた。雪男ですらその迫力に気圧されている。

「おゆきは私の可愛い妹だ。相手くらいこの目でしっかりと見極めたい」
「・・・く」

 雪男が悔しそうに唇をかんだ。

「さぁ、諦めるかい?それとも・・・今ここで本物の妖怪ツララ女と、本気の術比べをしてみるかい?」

 ツララ女はそういうと、手の中で生成させたツララを握り、先端をまるで錐のように鋭くした。

 雪男は勝算なしとみたか

「覚えてろ!」

 そういって部屋から出て行った。

→ → → → →

 それから数日後、新年も妖怪の連中と一緒に過ごしていた俺たち。てか俺ほかに友達いないんだよね。結局ろくろ首のいるファーストフード店に俺たちは集まっていた。てかここのファーストフード店マグドナルドっていうんだが、よく訴えられないなと来るたびに思う。

「いやぁ、やっぱ新年はにぎやかに越すのが一番だなぁ!」

 のっぺらぼうがビールを飲みながらいった。

「いらっしゃいませー、ご注文お決まりでしょうか・・・てかもう飲んでるし」

 注文をとりにきたろくろ首が腰に手を当てて呆れ顔になった。

「ちょっとのっぺらぼう、店に酒を持ち込むのやめなさいよぉ」
「へっへっへーん、怒った顔のろくろちゃんも可愛いねぇ」
「か、からかわないでよ!バカ!」

 ろくろ首はちょっとうつむいていった。

「まぁまぁ、そう硬いことを言いなさんなろくろ首。今日は無礼講といこうじゃないの」
「猫又さん、何でメイド服なんですか?」
「そうそう、それが聞いてよー、猫耳をツインテールにするためのゴムをなくしちゃってさー、こういう格好をしていればばれないかと思ったんだけど」

 猫又が困っているのか嬉しがっているのかよく分からない口調で答えた。

「あー、猫耳メイドってやつですか?うーん、まぁばれはしないけど猫又さんの年齢ではちょっと無理があるような」
「何かいった?」
「あ、いえ、何も」

 ろくろ首が何食わぬ顔で隣の席に移った。隣の席にいるのはツララ女にカラス天狗、そしておゆきに美香にこの俺が座っている。

「なぜそれがしがこのような子供椅子に・・・」

 容貌がまるっきり子供のカラス天狗は子供の椅子に座っている。仕方ない、一つのテーブルにつき椅子は四つしかない。

「それがしは納得がいきませぬ。それがしは立派な大人でありまするぞ!ここのテーブルでは最年長でござる!」
「まぁまぁカラス天狗」

 ツララがカラス天狗をなだめる。

「なぁ、今からちょっとみんなで夜の街に繰り出さないか?」
「夜の街?」

 のっぺらぼうの提案にろくろ首が聞き返した。

「そうさ!面白いぞ!」
「そうねー、何か年越しの夜って化けて出るわけにもいかないし何か暇なのよねー」

 猫又が二股に分かれているふさふさしたしっぽをなでながらいった。

「夜の街か、いいね」
「面白そうです!」
「でございまするな」

 ツララにおゆきにカラス天狗もそれに乗った。

「ちょっと俺らはパスだ」
「そうですな、もう夜の12時過ぎ。人間はとっくに眠くなる時間でございまする」

 カラス天狗が時計を見やる。

「じゃぁ俺らだけでいくから人間諸君は帰ってな」

 のっぺらぼうの言い方がなぜか何か傷つく。てか本当に陽気な妖怪だよなぁ。

「いってきます由布由殿!明日の朝には戻りますから!」

 おゆきもそういってその妖怪たちの後ろについていっていた。残されたのは美香と俺。っていうか美香はさっきから静かだと思ったら完全に眠ってしまっていた。

「ったく、しかたねぇやつだなぁ」

 起こすのもちょっと可哀想なのでおぶってやる。

「あん、だめだよよっしーそんなところ・・・」
「夢の中でも下ネタかよ」

 俺がため息をついて外に出たときだ。

「由布由」

 いきなり名前を呼ばれ、俺が振り向く。

 そのとき目から火が飛び、鈍い痛みが襲ってくる。

「こいつが由布由ってやつかー?何か手ごたえがねぇなぁ」
「当たり前だ、人間だからな」

 今の声に聞き覚えがある。倒れた俺、当然背中におぶってた美香も地面に投げ出される。カラス天狗ものっぺらぼうもツララ女もいないし・・・まずい。

「雪男・・・」

 俺はそいつの名前を呼んでやった。だが相手はひるむ様子もない。

「女がいるな」

 短く、怒気を押し殺.したような声が聞こえる。前の二つとはまた違う声だった。雪男が仲間を連れてきたというのか。

「本当にやるのか?雪男」
「か弱き人間を一人殺.して何になるというのだ」
「うるせぇ。つべこべ言ってるんじゃねぇよ!」

 雪男の怒鳴り声が響く。ため息が聞こえて二つの人影が近づいてきた。一つの人影は小さい、俺より背が低そうだ。もう一つの人影が・・・めちゃくちゃでかい。三メートル、いや、四メートル以上はありそうなでかさだ。

「じゃ、始めるか」
「あいよ」

 目の前の二人が声を掛け合った。

「悪いけど手早く済ませてもらうよ」

 そういって俺よりちょっと年下くらいの外見のやつが背中に背負っていた何かを取り出した。何か太い棒のようなものだった。それが鼻先に突きつけられた。その突きつけられたのが金棒だということに俺がようやく気がつく。

「金棒・・・ってことはまさか、鬼!」
「おらはただの鬼じゃないぞー」

 そいつが立ちはだかった。そういやよく見ると頭に角が生えている。その鬼の言葉に呼応するように

「そうだ、こいつの名は酒呑童子。鬼の中でも特に凶暴な鬼だ」

 酒呑童子・・・という名前は聞き覚えはないがとにかく逃げないといけない。

「美香起きろ!」
「んー、だめだよヨッシー、激しくしちゃ・・・」
「頼むから起きてくれ!」
 
 俺は何とか寝てる美香を起こそうとするが身かはまったく起きてくれない。酒呑童子がそんな俺らを哀れむように見ている。

「そんなの置いてさっさと逃げりゃいいものを。悪く思うなよ」

 酒呑童子がそういって金棒を振り上げる。俺が美香を守ろうとして美香の上に覆いかぶさる。美香が

「え?何、ちょっと何してんの!」

 といいながら目を覚ます。っとそのとき酒呑童子の動きが止まった。

「・・・ん、どうした?酒呑童子」

 背高のっぽが不思議そうに酒呑童子の顔を覗き込んだ。

「何してんだよ酒呑童子。さっさと始末しろ!」

 雪男が怒鳴るが酒呑童子はまったく動かない。

「ったく使えないやつだな。どけ」

 背高のっぽが呆れたような声で進み出る。すると、

「や、やめろ!手を出すな!」

 何を考えたのか酒呑童子が突然金棒を振り回して背高のっぽに向けた。

「酒呑童子、俺らを裏切るつもりか?」

 冷静に見える背高のっぽもこの展開に驚きを隠せず、声が少し震えていた。

「見損なったよ酒呑童子」
「残念だが、裏切り者は排除しないとな」

 背高のっぽが歩み寄り、酒呑童子と対峙した。雪男も、暗くて顔が見えないがかなり怒っているようで体を少し震わせている。酒呑童子はというと、ちょっと困ったような顔だったが、腹を決めたようで、金棒を握り締めた。

 何で酒呑童子がいきなり裏切って味方になったのか分からない。

「おい、そこの人間」

 酒呑童子がいきなり俺のほうを見ていった。

「おらがここを食い止める。お前はその女を連れて逃げてろ」
「そ、それは・・・」
「はよいけ!」

 酒呑童子が怖い顔でいったので俺は仕方なくその場から逃げた。

 でもただ逃げたわけじゃない。のっぺらぼうたちを探していたのだ。いくら妖怪だってなんとなくほっとけないじゃんか。

「のっぺらぼう!おゆき!」

 俺がやっとみんなを見つけた。

「おぉ、由布由君。どうかしたのか」
「それが・・・」

 俺はとりあえず先ほど雪男が現れたことと、酒呑童子のことを話した。

「酒呑童子が?」

 のっぺらぼうが信じられないという顔で聞き返した。

「何で酒呑童子が人間の味方をするんだ」
「酒呑童子ってあれだよね、確か金太郎に倒されたやつ」

 ろくろ首がいった。

「そのとおり、だけど酒呑童子は子供がいたとかいう噂がいてその子供が生き残ったらしい」
「それが今の酒呑童子、人間嫌いで有名だけど・・・」
「ツララお姉さまと同じですね」

 おゆきが笑いながらいうとツララがおゆきをにらみつけておゆきが震え上がる。

「ツララは怒ると本物の鬼よりも怖いからなぁ」
「突き刺しますわよ?のっぺらぼう」
「とにもかくにも、事実がどういうことなのか確かめねばなりますまい」

 カラス天狗が口を開いた。

「まずそれがしがいって確かめてきまする。由布由殿、道案内を!」
「分かった!こっちだ」

 そういって由布由が走り、カラス天狗がそれを追いかけた。

「ったく、何で人間って言うのはこう世話が焼けるのかねぇ」

 のっぺらぼうがその後を追って歩き出すと、ろくろ首がそれを追った。

「人間が世話が焼けるんじゃなくてのっぺらぼうが世話を焼きすぎるんじゃないの?」
「へっ、うるせーよ」

 のっぺらぼうがポケットに手を突っ込んで少し歩きを早めた。

「お前が急に裏切るとはな、酒呑童子」

 雪男と背高のっぽの間で力なく転がっている酒呑童子。

「どんな理由があろうと裏切り者を生かしておくほど俺たちも甘くないのでな」

 背高のっぽがこぶしを振り上げたとき、背高のっぽの腕に何かが巻きつき、背高のっぽは振り上げた腕を振り下ろせずに戸惑った。

「見上げ入道のか」

 不意に腕が自由になったかと思うと目の前を首が飛んでいて、見上げ入道と呼ばれたその背高のっぽがちょっと後じさり、後ろを向く。

「雪男、お前はまったく執念深い野郎だな」

 そこに立っていたのは、のっぺらぼうを先頭として、カラス天狗、ろくろ首、ツララ女、猫又、そしておゆきだ。

「0歳のときに親が勝手に決めた許婚なんかにこだわるなんて・・・まったく情けないこと。恥を知りなさい」
「人間に手を出すなど言語道断といわねばなりませぬな」

 猫又は道の隅のほうで高見の見物を決め込んでいるようだ。

「盛り上がってきたねぇ。みんな頑張れ!」

 双方がにらみ合う。まさに一触即発だったが、見上げ入道が先に動いた。全員に背を向けたのである。
 
「今回は分が悪そうだな」

 帰る際、見上げ入道は酒呑童子を一瞥したが、何もせず暗闇の中へ消え、雪男もそれに続いた。


→ → → → →


「おい、大丈夫か。酒呑童子」

 新年早々家に鬼が来てるなんて、おばあちゃんが聞いたら大激怒するかもしれない。

「何で俺たちを助けてくれたんだ?」
「助けたくて助けたわけじゃねぇよ」

 酒呑童子は布団に横になりながらも意地を張っているようだ。鬼のプライドというものだろうか。

「もう一人の人間は無事だったのか?」

 今度は酒呑童子から尋ねられた。もう一人の人間というのは間違いなく美香のことだろう。

「おかげさまでね」

 俺がそう答えるとちょっと安堵したかのような表情を見せていた。するとそこにおゆきがおかゆを持ってきた。

「ご飯持って来ましたよ」
「いらねーよ」
「大丈夫です、ちゃんと冷ましてきましたから」

 そういっておゆきがおかゆを差し出したが、

「凍ってるじゃねぇかよ!」

 酒呑童子はため息をつくと、不意に立ち上がった。

「どこに行くんですか!」
「山に戻るんだよ。こんな人間の家なんかにいられるかってんだ」

 そういって酒呑童子は乱暴にドアを開け、外に出て行ってしまった。

「まったく、酒呑童子ったら。私がせっかく頑張っておいしいおかゆを作ってあげましたというのに・・・!」

 そういって凍ったおかゆをにらむおゆきを俺は苦笑いをして見ていた。


→ → → → →


 チャイムの音に気がつくのに時間はかからなかった。

「はーい」

 音に気がついて美香は外に出た。が、

「あれ?誰もいない?」

 美香があたりをきょろきょろと見回していると、目の前にうっすらと誰かが姿を現した。

「あ、あなた確か昨日の・・・」
「よ、よぉっ・・・」

 ぎこちなく挨拶をしたそいつは酒呑童子だった。と、奥から声が聞こえてきた。

「美香ー、誰かお客さん?」
「あ、うん。お友達ー」

 美香はそう答えると、酒呑童子に方に向き直る。

「今のは・・・お母さんか?」
「あ、そう。正月だからみんなで過ごしてるの」

 美香はそういってからちょっと不思議そうな顔をした。

「ところで酒呑童子さん一体どうかしたの?昨日すごい傷だったみたいだけど大丈夫?」
「あ、いや、別にたいしたことはねぇんだ。そっちも、大丈夫かなーと思って覗いてみただけだ」
「そうかぁ」

 美香はそういうとにこりと笑顔を酒呑童子に向け、酒呑童子は恥ずかしそうに顔をうつむけた。

「そうだ!今家族のみんなでお餅つきやってるんだ!もしよければ酒呑童子さんも一緒に食べていかない?」
「そ、それは・・・」

 酒呑童子が口ごもる。

「正月から鬼なんかが家に入ったら縁起悪いし・・・迷惑なんじゃないか?」
「そんなことないって、本物の鬼と仲良くなれるなんてちょっとどきどきだけど面白そうだし」
「だ、だがなぁ・・・」
「いいからいいから!」

 そういって無理やり美香が酒呑童子を家の中に入れた。酒呑童子は思わず、頭から角が出たりしてないか体のいたるところを確かめる。それでもなお不安だった。

「あら、美香、その子お友達?」
「うんっ!この人酒呑童子さんっていうんだよ!」

 美香が明るい声で言った。

「ほらほら、酒呑童子君!きなこ餅にお雑煮にお寿司、何でもあるよ」
「い、いいの・・・ですか?こんなにもらって?」

 美香のお母さんがいろいろな食べ物を持ってきてくれるが、酒呑童子はそれにちょっと戸惑っていた。ふだんもてなされるなんてことがまったくないのでどう反応すればいいのか分からないのだ。

「いいのよっ、ハンサム君にはお餅をもう一つプレゼントっ」
「あーちょっとお母さん私がいない間に酒呑童子にちょっかい出さないでよね」

 戻ってきた美香が怒っ
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