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夢の続き

原作: その他 (原作:テニスの王子様) 作者: ゆき
目次

YES!同伴出勤&ステップ・アップ・ペット

 編入初日に陰で魔王と囁かれている立海テニス部部長に取っ捕まった私は、望んでもないのに過酷な運動部所属にされてしまった。

 魔王の心の琴線に引っ掛かった箇所は不明だが、どうもSな心に火をつけたようだ。
 下僕呼びは日常、小間遣いという名のマネージャー着任させられ、朝から晩まで一緒にいる。

 体力お化けなレギュラーに比べ身体能力が圧倒的に劣るため、早起きと肉体労働に体がついていかない。
 マネージャー一週間目でガタがきて、移動教室中にぶっ倒れたのは私です。

 一人暮らしで家事も並行だから、本当にきつかった。
 実は編入の書類手続きに不備があり、その補完にも奔走していたのだ。授業時間を犠牲にし、役所へ行ったりもした。もちろん部活動のみ皆勤である。

 気疲れに次ぐ気疲れ。限界だった。

「疲れが溜まったのね。寝ていなさい」
「ありがとうございます……」

 保険医の優しい言葉に甘え、清潔な白いシーツにくるまった。

 通帳を見て昼代は弁当を心掛けていた。毎朝早朝スタートの部活動に合わせてどんだけ早起きしたことか。

 スヤァした私は起きた時にはスッキリサッパリしていたが、見知らぬ部屋の見知らぬベッドにトリップしていて顔面が凍りつく。

 カントリー調の茶系に統一した部屋は落ち着くが、八畳よりも広くて一般家庭とも思えない。
 ここが学校でないのは明らかだが、保健室にいた私が何で余所様のお宅にいるのだ。

「あら、お目覚め?」
「はいっ?」

 部屋に入ってきたのはたおやかな美人だった。
 緩やかなウェーブを打った髪は、後ろで一つ括りにされている。暖かみのあるエプロン柄で、この人の部屋なのだと察する。趣味が同じだ。

「息子があなたを連れ帰って驚いたわ。編入生なのよね?」
「へ、あ、はぁ」

 息子、息子?
 この波打った髪の面影のある息子候補に嫌な予感が止まらない。無断で連れ帰るという暴挙も、魔王ならすると思えるからだ。

「あの、まさか、幸村くんの?」
「ええ、精市はうちの息子。仲良くしてくれてるんですってね、ありがとう」
「……」

 仲良く?
 いや、まぁ、仲良く……?

 顔が歪みそうになって必死に耐えた。
 実情を知らない母親が可哀想な気がして何も言えない。言うべきでもないだろう。

「その年で一人暮らしと聞いたわ。良かったら夜ご飯を食べていって」
「えっ、いえ結構です! ご迷惑かけられません!」

 シュバッ、と素早く降りてベッドメイキングを施す。
 ジャケットを脱いでいた制服を整え、椅子に乗った制鞄と上着を取る。
 腕にジャケットを引っかけ鞄を持ち、深々と頭を下げた。

 私は関係の浅い人物と食事をするのは苦手なのだ。せっかく好感触の女性に食事シーンで嫌われたくはないし、幸村くんに迷惑もかけたくない。
 私のために用意された膳に失礼だが、今なら退出できる!

「まぁ、そんな迷惑だなんて」
「いえっ、夜ご飯なんて遅い時間までお邪魔出来ませんし、明日も平日ですから!」

 やっと窓の外が暗闇という事実に気付き、戦慄する。何時なんだ今は!

 言葉を封じ込めるようにペコペコとコメツキバッタのように頭を下げつつ扉に移動する。
 心からの遠慮なら親切を無為にすることも許される。はずだ!

「ん? 何やってるの?」

 私を誘拐してきた犯人が風呂上がりの様相で現れた。ドライヤーはまだらしく、濡れ髪は大層色っぽい。この人まだ中3じゃねーのか。嘘やろ。

「あ、幸村くん……何で連れてきてくれたのか分からないけどとにかく休ませてくれてありがとう。遅い時間だしもう帰るね」

 いやもう本気で連れ帰られたのは誘拐じゃねーのかとしか思えないのだが、親がいないので迎えを寄越してもらえない保険医に頼まれたのかもしれない。学校の迷惑になったのだろう、起こしてよ。

「何言ってるの、泊まりなよ」
「ちょっと何言ってるかわかりませんね」

 真顔になった。
 明日は平日やぞ、帰宅する理由は十分やろ。

「だってもう外真っ暗だよ?」
「大丈夫、まだ日が変わるには早いし」

 鞄から取り出したスマホを見たら二十時半。
 前世では終電帰宅もザラだったし、深夜帰宅に比べれば断然早い。無問題。

「危ないでしょ」
「平気平気、家に帰って洗濯物取り込まなきゃだし、明日の教科書もないしね」

 弁当も作れないのだから明日の昼もかかっている。帰宅一択だ。

「……家で一人なんでしょ?」
「ん? そうだね、親は海外らしいから」

 会ったことがない夢小説のような親とは電話で話したことすらない。赤の他人だ、むしろ同居しなくてラッキー。

「中3なのに?」
「や、まぁ慣れてるし。小学生でもないんだからちゃんと生活できてるよ」

 思わず苦笑した。
 一度精神は成熟してるし、ワンルーム暮らしは前世と一緒。子供の自覚はあるからバカな遊びはしないし、弁えてはいる。安心してほしい。

「大丈夫だよ、幸村くん。そんな心配しないで。私は大丈夫だから」

 どうも平和な家庭出身者は中学生でも親の存在を重視しがちだ。部活面に関してはかなりシビアな思考をするくせに、この辺がまだ子供っぽい。

「じゃあ、帰るね。幸村くんのお母さんもご迷惑おかけしました。またお詫びに伺いますね」
「そんな、お詫びだなんて」

 幸村くんのお母さんにとっても息子の同級生だから子供扱いなんだろうな。思わず苦笑する。

 玄関まで向かおうとして、腕を捕まれた。

「だめ。この時間に制服姿で帰宅とか、危ないでしょう。今夜は泊まっていきなよ」
「いやだから、明日は学校がね?」
「この家から通えばいい」
「同棲かよ」

 お前は何を言ってるんだ。
 つい真顔で突っ込んでしまった。お母さん、吹き出さないで下さい。

「常識的に考えてアウト。これがもっと遅い時間帯なら考えるけど、二十一時にもなってないんだから。まぁ心配してくれるなら、家に帰ったときに電話かメールするよ」

 ね、と手首を掴む指を離そうとするが、メリッと食い込んだ。おまっ……!

「イタイイタイイタイイタイ」
「今夜は、ここに、泊まる。部長命令」
「職権乱用!」
「何とでも」

 ハッと鼻で笑われた。

「ふくくっ、やりとり面白いわぁ。ねぇそんなに気にしないで、食事はもう用意したし、ねっ?」
「……くっ」

 美人で若く見える年上女性に可愛くウインクされて、断れるだろうか。

「……お世話に、なります」
「はい、お世話します」

 語尾がハートついてそうな言い方だったよ。





※ ※ ※ ※ ※





「幸村が一週間目にしてマネと同伴出勤してきたんじゃが」
「ぶはぁ! 仁王その言い方やめろよぃ!」
「キャバやホステスに入れ込むぶちょーっすか! ヤバいっすね!」
「そのホステスは顔面死んでるんだが」
「なぜ校内で朝食の話などなさるんでしょうね……」
「アッ、また部長の家の方に帰ってく!」
「金曜までお持ち帰りして土日に引っ越し、だな」
「パワーSの幸村に勝てるわけがなかった」
「かわいそう」





= = = = =





「……」

 通帳記入をして、振り込み額を確認する。
 眉間にグワッ! と皺が寄るのがわかった。

 海外赴任してるくらいだから稼いでんじゃねーのかと思った私は浅はかだった。
 元々家にあった通帳からして金額が前世私の月収以下だったのだ。

 毎月振り込まれるだろうそれに期待したが、振り込みはあったものの雀の涙。
 学費そのものが高額かもしれないが、給食すらない学校では食費も光熱費もかかる。更に固定費で削りようもない家賃。

 昨今は幸村家にお邪魔してるため、食費も献上している。風呂も借りてるため、色もつけている。
 ワンルームならもやし生活をしていてもバレないので安心して貧乏生活が出来る。でも、これは。

 バイトだ。バイトをするしかない。
 このままでは来月には既に困窮確定だ。
 この世界から出られない以上やっていくしかないのだから、自分で稼ぐしかない。

 魔王が怖いとか言っていられない。
 まずは生活基盤の安定である。





※ ※ ※ ※ ※





 幸村くんのご両親に知られれば、哀れみの心で救いの手を差し伸べられるかもしれない。
 私は部室に幸村くんを呼び出した。

「部を、辞めたい?」

 しんとした汗臭い部屋に、感情の抜けきった声が落ちる。
 居残ったレギュラーがヒュッと息を飲んだ。

「~~~~~~部活はそれなりに楽しいのですが! 生活! 生活がかかっておりましてね!?」
「生活?」

 私の必死の言い訳に、圧の消えた部室でコテンと首を傾げられた。

「生活費が必要なんです」

 ガンガンにかかった魔王の重圧のせいで説明する気が失せた。
 鞄から通帳を抜き、差し出す。

「これは……酷いな」

 何で柳くん覗き込んでるんです? 人の資産に興味あんの? 意味ある?

「印刷された日付を見る限り、編入時に作られたものですよね。だというのに最初から全財産がこれですか……」

 推理小説が好きという柳生も色々察したのだろう。痛ましげな顔で見られた。つらい。

「いつも弁当・水筒なのはこれのせいか」

 幸村に奢れ系の命令をされたら何が何でも回避しようとしていた。たった100円のジュースでもだ。なるほど、一円も無駄に出来ない背景があったわけか。

 真田くんのガチトーンボイスが一番ダメージだった。どんだけケチだと思われていたのだろうか?

「……わかった」
「部長!?」

 良かった、何とか部活辞められる。
 ほうと息を吐けば、斜め上の回答を食らった。

「週末引っ越しの準備して」
「エッ」
「うちの客間そのまま使って。ワンルームの荷物なら一度か二度の車往復でイケるでしょ」
「エッ」

 何か強制的に移住が決まった。
 やめて! 住民票取りに行って書類書いたばっかなのに!

「いや、さすがにそれはっ」
「しかし他に選択肢はないのでは? 一番大きい引き落とし金額のこれは家賃でしょう? 来月この振込額で食費や光熱費まで賄えるのですか?」
「いやだからバイトをね!?」
「お前はまだ中学生だろう!」

 柳生に追及されて真田に叱られた。
 夢小説ェ……。

「親に訴えたらいいんじゃないすか?」

 赤也は安易に言うが、さらさらそんな気はない。何せ会ったこともない他人だし、実在するか分からない相手だからだ。
 だからグッと詰まったのに、何か他の部員たちに勝手に察せられてしまった。

「赤也。ここまでのことがあっても親を頼らなかったコイツだ。関係性は言わずともわかるだろう?」
「元々こんなはした金で済ます親じゃ。お察し、じゃな」

 すまん今世の親、吐き捨てるように虐待親扱いになっちまった。
 もしかしたら貨幣価値の違う発展途上国にいて金銭の感覚が変わってるだけの可能性もあるのだが……他に言い訳も出来ない。
 そもそも虐待してたらこんないい学校入学出来ないと思うのだが。

「いやぁ、そこまでしてもらうわけには」

 一人暮らしの快適に慣れた私が本格的に同居とかつらい。余所様の家じゃ落ち着けないし、第一ダラダラ出来ないではないか。

 ひきつる顔で嫌がる私の前に、魔王が降臨する。

「返事」
「ワンッ!」

 ここ数日の調教の成果が出た。

 社会的に死んだ。





※ ※ ※ ※ ※




「というわけで、父さんも母さんも雪もよろしくね」
「ダメならダメと言って下さい……」

 幸村くん家族は懐が深い。
 ある日いきなり部外者が身の回りにうろついてるというのに、普通に接してくれている。
 そんなご家族が脚色込みの私の半生を息子に語られ、同情しないわけがなかった。

「歓迎するわ、家事も手伝ってくれるのだもの、ありがたいくらいよ」
「雪も歓迎するよ! またお姉ちゃんの部屋に遊びに行けるもん!」
「学校に電話するか……」

 マジやめてください、さすが魔王のお父様ですね!?

「良かったね、幸村家のペットになれて」
「動物枠なんです?????」
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