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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
目次

ACT028    『不死の夢を見る』




 仕事を終えたミシェル・ルオは、ルオ家の地下にあるその部屋へと足を運んでいた。そこには、彼女の最愛の人物がいる……『お父さま』が。

 ルオ商会の当主である、ルオ・ウーミン。彼は持病の悪化に伴い、現在は冷凍睡眠という処置で延命を選んでいた。ステファニーは、その行為そのものを否定することはなかった。

 父親に死んで欲しくはないのだ。肉親的な感情はもちろん、ユーラシア経済界の最大のカリスマである、ルオ・ウーミンの死は、ルオ商会の活動にダメージともなるからだ。

 『お姉さま』の考えは、理解しやすい。とても常識であり、理性的な考えだとミシェルは評価している。それを否定することは、理性では出来ないのであるが……しかし、姉よりも自分が若いせいなのだろうか?……愛情は、『お父さま』の死を拒絶している。

「……お父さま」

 ミシェルは冷凍睡眠装置に入っている、一人の老人を見つめながら、まるで鉄製の棺桶みたいに冷たい機械に触れる。睡眠装置のフタは、氷の温度であった。エンジニアに言えば、表面を温かくすることも可能だろうが、そんなことをしても、何にもならない。

 ……『お父さま』は、ルオ・ウーミンは夢を見ているのだ。

 何か?

 不老長寿の夢である。自分を永遠に継続させる力……彼は、そんな大それた夢を、死病に蝕まれていく高齢になった今でも、見続けていた。いや、死病に蝕まれているからかもしれない。

 誰しもが一度は願う、その願望……ヒトが思いつくであろう、およそ全ての欲望も願いも、実力で叶えて来た経済的な覇王が、最後に願ったのは『永遠の命』という、普遍的かつ、誰もが成し遂げたことのない願いである。

 ステファニーには、その行為について理解できない。『永遠の命』?……発想そのものからして、あまりにも荒唐無稽なものではないか。

 そんなものを、実現するために財産と人脈を使用することは、彼女からすれば恥でしかなかった。狂気に走ったオカルト趣味に、いったいどれだけの金を消費するのか……?

 理解できない。

 しかし。

 ミシェルには……ルオ・ウーミンの恐怖が分かった。おそらく、ステファニーは己の生命を危険に晒されるという経験が極めて少なかったのだろう。でも、『お父さま』は違う。ルオ商会を大きくするために、様々な敵と戦った。

 ニューホンコンの闇に巣くう、邪悪さを誇りにさえ思うような、悪鬼のような連中からも命を狙われた過去がある。何度も暗殺されかけて、若い頃から死というモノの恐怖と、常に向き合わされた来たのだ。

 だからこそ、ヒトの何倍も死が恐い。

 自分と同じだと、ミシェルは考えた。

 オーガスタで、常に死を覚悟し、死から逃れようと全てを使った。知恵を捻り、何度も脱走し、捕まって、殴られ、あきらめなかった。どんなことでもして、生きるんだと誓い、実際、そうなってしまった。

「……死ぬことって、恐いですよね、お父さま」

 分かるのだ、ルオ・ウーミンの心が。自分ならば、誰よりも、分かる。邪悪なまでの生存欲求に従い、何でもして生きようとする。そうだ。

 それぐらい、恐いのだ。死ぬのは、恐い。恐いから……何だってするんですよね、お父さま。

 そう語りかけたい。

 言葉を聞きたかった。

 ……親近感と、愛情が湧いてしまう。男を受け入れたことのない部分が、彼を求めているのだとも感じた。

 氷の温度となって眠り続ける最愛の『父親』に触れたくて、その棺みたいな機械を爪の先で引っ掻いた。まるで猫みたいだった。

 妊娠させていてくれたら、ここまでは苦しくなかったのかもしれない。もっと安心して自分の居場所をルオ商会のなかに見つけられたのに……だが、それも叶わなかった。

「でも……お父さま。見つけました……やはり、サイコフレームには、大いなる可能性があるのです。ネオ・ジオンからの亡命した科学者の資料も、読みました。ニュータイプって、本物のニュータイプが、サイコフレームと共に何が出来るのかを、私は、おそらく理解しつつあります」

 冴えた頭脳をしていたことが、これほど嬉しかったことはない。論文を読み漁り、科学者どもの知恵と発想を吸い上げた。

 そして、おそらくはオーガスタで開発されたニュータイプ的な資質。何よりも、本物のニュータイプであるリタに見せられた、コロニーが落ちてくるヴィジョン……。

 それらの経験が、少しだけ私の心には根付いている。薬物と実験で研がれた脳が、リタに共有させられた感覚が、ニュータイプを精神に植え付けた。

 偽物に過ぎないけれど、ニュータイプに近い存在ではある。リタの脳に、器質的な変異が無かったというのなら……本物のニュータイプと、自分たちにある差なんてものは、実際のところは、かなり小さいものなのよ。

 ……リタの脳を、ヤツらは開いた。そこまでして探っても、ニュータイプの秘密はない。おそらく、そうじゃない。ちがうのだ。ニュータイプっていう能力は、先天的な変異が原因じゃないのだと思う。

 だから、宇宙に行かなくても、リタはニュータイプだった。

 強化するだけで、強化人間に改造するだけで、その能力がニュータイプ的になるのだって……元々ある能力を薬物や機械の脳内への挿入なんかで補助しているだけ……。

 あるのよ。

 誰しも、少しぐらいはニュータイプへと至る感覚が眠っている。私は、それを誰よりも分かっているから……ニュータイプ研究者や、サイコミュの研究者が、サイコフレームに大きな期待を寄せているのかが、彼らよりも深く分かるんです、お父さま。

「……『永遠の命』は……『不死鳥狩り』を果たせば……きっと、手に入ります。刻を超越して、認識を広げられるというのなら……そして……魂や精神を、保存することが出来るというのなら……それは……永遠に自分たちが存在し、不滅の存在として……生きているってことに、他ならないんじゃないですか?」

 サイコフレームを媒介にすれば……ニュータイプの精神活動と、感応波を吸収したサイコフレームがあれば、私たちは、永遠に、死という概念から遠ざかることが出来るのだと、私は予測します……。

「……だから、お父さま。待っていて下さいね?……私たちは、もう怖がらなくていいんです。私たちを追いかけてくる、あの恐い、恐い、死の影からも……裏切ってしまった人たちの怨霊とも……全て、やり直せる。全て、許される。全て……救われて、怖いコトなんて、なくなるんです……お父さま」


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