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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
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ACT160    『宇宙の洗礼』




 宇宙を知ることで、パイロットたちはその意識の拡張を促されてきたという。地球の重力下での戦闘とはことなり、上下の概念が消える、全方位の戦闘空間。

 そんな物騒な世界にパイロットを放り込めば、精神を研ぎ澄まされるというスパルタ的な発想に基づいている考え方であるように思える。

 乱暴なハナシではあるが……ヒトが無重力に適応しようとするとき、脳内に新たなシナプスの結合が発生するらしい。

 モビルスーツ・パイロットをしていても、脳内にはそれまで使われていなかった運動領域が活性化するとの報告もあった。機械仕掛けの巨人を、己の手足として認識するように、脳内が改変されるのだ。

 そんなモビルスーツで宇宙という特別な空間に晒されたなら、脳内は外的刺激により覚醒を促されることになる―――それが、時として、ニュータイプの発生を促しているのかもしれない。

 そんな論文を、ジュナ・バシュタ少尉は読んだことがある。性善説的というか……ヒトの可能性を肯定しすぎているような気もする。

 過酷な環境を与えたぐらいで、ヒトが成長するものならば、ニュータイプとして覚醒するものならば、オーガスタの子供たちからは、真のニュータイプが量産されていただろう。

 脳というハードが改変されたとしても、本物のニュータイプにはなれないような気がする……だが、しかし。より敵を殺せるモビルスーツ・パイロットにはなれるのかもしれない。

 ジュナ・バシュタ少尉は、ニュータイプとしての能力も欲しいが、パイロットとしての戦闘能力も求めているのだ。

 『フェネクス』を確保するためと……そして、それを邪魔する『ガンダムもどき』を排除するために。

 ……とにかく、今は……宇宙を体感しよう。オーストラリアのシミュレーターで、バーチャルな宇宙では散々戦って来た。あれはコクピットを実際に加速させて、人工的なGを作り出すシステムでありながら、催眠も使っている。

 より実際の宇宙空間での戦闘に見せかけるために、認識をいじられてはいるのだ。

 そのおかげもあり、ほぼほぼ完全な疑似宇宙での戦いを、パイロットに与えてくれることになっている―――だが、真実ではない。

 真実に価値があると、ベテランたちが言うのならば、それを味わうべきだろう。脳内に描き込んでやるのだ、経験値として、少しでも自分をアップデートする。

 少ない経験と、足りない技量を補うために……才能が無いということは、本当にみじめではあるが、才能を増やすことが出来ない以上、より多くの種類の感覚を叩き込むしか、短期間で強くなることは難しい。

 ……シャトルに、ブオンという低い音が響いていた。リニアカタパルトのための磁界が発生して、御しきれない磁力をヒトの体が感じたのだ。

 有害ではないが、神経に触れる。楽しい感触ではない。骨に重低音の刺激を浴びせられているような気持ちになった。

『皆さま、発信時刻になりました。当シャトルはこれより宇宙へと上がります。レール上での加速によるGに耐えるためには、しっかりとシートに後頭部および背中を押し付けて下さい。それでは、皆さまに快適な宇宙への旅を』

 ……アナウンスが流れて、ゆっくりと加速が始まる。10キロに及ぶリニアレールでの加速。最終的にその速度は第二宇宙速度を超える。

 人類は、こんな大型シャトルを何十億回も宇宙と地球を往復させることで、宇宙にコロニーの群れを建ててきた。

 人類が宇宙へと逃れ、滅び行く地球を回復させるために……今では、その理念も廃れて、地球のエリート層と、宇宙に追い出されたあわれな難民という構図になってはいる。

 物資の少ないコロニー側は、常に地球の政治と経済に追従することを強いられて来たのが現状であり、ジオンはそういったスペースノイド側の不満の代弁者であった。

 しかし、地球連邦は、けっきょくのところ巨大だったのだ。

 軍事力と物量で、ジオン公国軍、ネオ・ジオン、『袖付き』……そういった存在を倒して来た。今では、スペースノイド側も地球からの独立をあきらめつつある。

 産業が発達し、火星への開発も行われることで、人類の経済圏はより広がっている。木星からのヘリウム3の供給は、火星、コロニー、月面の主要エネルギー源へと成り代わり、地球への輸出も取りざたされている。

 核エンジンの主要なエネルギー源として、人類を支えてはいるのだ。致命的な汚染をも起こしつつも、ヒトは核に頼りつづけている。地球はすっかりと汚れてしまっているが、誰も見向きもしなくなりつつある。

 人類の発祥の地は、とっくの昔に放射性廃棄物と、分解が難しく除染不能の化学物質の雨に汚染されている……汚染が改善される見込みは現実的に存在してはいない。

 このまま、あと何度かの戦争が起きれば、地球は本当に終わるだろう。

 いつかは皆で宇宙に逃げなければならない日が来るのだ。歴史的には、そう遠くはない未来に、地球は終わることが決まっている。

 ジュナ・バシュタ少尉はそんなことを考えながら、全身にかかり始めたGにより、地球の重みを感じるのだ……思考を放棄しよう。今、私はパイロットとしてだけ存在しよう。



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