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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
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ACT161    『空間認識』




 強烈なGがかかってくるが、ジュナ・バシュタ少尉の体には影響は少ない。散々、訓練で同じものを浴びて来た―――まあ、正確に再現された偽りのものではあるが。

 全身の感覚を解放して、Gを堪能する。血管のなかでGに押される血流を感じるのだ。シートに体を押し付けられながら、遠ざかっていく地球を思うと、少しだけ不安を覚えられた。

 自分はそれなりに地球に愛着を持っていたのだと気がついた。放射性廃棄物と化学物質のゴミに汚染された場所でも、やはり故郷は故郷なのかもしれない。本能が、懐かしさを抱くのかもしれないと考えた。

 だからこそ、アクシズ・ショックの時には、連邦側だけではなく、ネオ・ジオンのモビルスーツ・パイロットたちまでもがアクシズの落下を防ごうとして、命を張ったのかもしれいない。

 哲学や思想を越えて、地球で生まれた生物としての本能が、そんなことを選ばせたのかもしれない。

 アムロ・レイは、その時にヒトが放つ心を……感応波をサイコフレームに吸収して、あの得体の知れない大きな力を生み出したのだろうか?……そこまで、地球なんかに魅力はあるのだろうか?……ジュナ・バシュタ少尉には、それを理解することは出来ない。

 しかし、問題はないのだ。今は宇宙を学ぶための時間でしかない。加速し、強烈なGにヒトとシャトルの体が揺れている。

 重力をも振り切って地球外へと離脱速度は、とんでもないが……リタの乗っている『フェネクス』は、これよりも遙かに速いスピードのなかにいたわけだ。光速の世界の住人になった。人類が未踏の領域を、大きく超えて……銀河旅行をしていたらしい。だとすれば?

 ……ジュナ・バシュタ少尉の若干、強化された筋繊維が、Gに抗ってシートから右腕を浮かせる。

 骨が折れるかもしれない。もちろん、ノーマルな人間ならだが。だが、彼女は違うのだ。オーガスタ研究所で、モビルスーツ戦闘用の強化人間として、その肉体は変質させられている。

 ニュータイプを求めたのではない、戦闘用の、戦争の最前線で敵を圧倒する『ニュータイプのようなパイロット』を求めたのだ。肉体の強化は、パイロットとしての適性を上げるためだ。

 ……今のジュナ・バシュタ少尉でも、これだけGに抗えるのだ。

 10年間、強化人間としての処置を進められていたリタ・ベルナルは、どれだけのGに耐えられてしまうのだろうか?

 ……ヒトの限界を超えた存在になっているのか、それとも改造の果てに、朽ちかけ寸前にまで疲弊してしまっていたのだろうか。

 もしも、それだけ強化されたのなら―――人類を縛る地球の重力にさえ抗ってみせる自分の腕のように。

 リタの腕も、リタの体も、リタの精神も……『フェネクス』が見せた光速の領域が放つGに耐えられてしまうのであろうか……?それは、もはやヒトと呼べるような存在ではないかもしれない。

 強化人間。いや、本物のニュータイプを、強化してしまった存在だからこそ……人類が未踏の領域に達することが出来たのだろうか?

「…………生まれ変わったら…………鳥に、なりたい…………」

 リタ・ベルナルの願望を思い出す。あまり多くを求めることのなかった、やさしい少女が残した、ほとんど唯一の願い…………リタは……『フェネクス』という名の、鳥になってしまったのだろうか……?

 だとすれば、それは……喜ぶべきことなのだろうか?……彼女は、鳥になって、この銀河の中心を目指していたというのに…………だとすれば、それは彼女にとっては幸福なことだったはずだ。

 何も良いことなんてなかった地球を捨て去って、身軽になって、世界の果てを目指して飛ぶための翼を手に入れたというのに……。

 なら。どうして、戻って来たんだよ、リタ……。

 これ以上のGに耐えながら、世界の果てを目指したはずなのに……どうして戻って来たんだ?

 ……こんな、クソみたいな世界に……お前は……何を求めて舞い戻って来てしまったのだろう。

 分からない。

 私は、やはり本物のニュータイプではないから、本物のニュータイプを理解することも、共感することもないらしい。

 だとすれば……ニセモノの『奇跡の子供たち』に出来るコトなんて、一つだけだな。

 他の選択肢なんて、元々、ありはしないのだが……今、地球の重力圏を抜けて、宇宙に到達する。

 世界が軽くなる……無重力が始まるのだ。ふわふわとする浮遊感に、不安と一新奇性から来る喜びを覚えながら、お前を捕まえて、問いかけてやるのだという決意が、また一つ深まったよ―――。

『―――皆さま、宇宙へようこそ。この無重力が、宇宙へと到達した証です。シートベルトを外しますので、自由に船内をお楽しみ下さい。なお、靴底につける磁力シートのレンタルも行っています。お求めの際は、気軽に乗務員に声をおかけ下さい』

「……商売っ気を感じるアナウンスだな」

「そうよ。悪いかしら、ジュナ?」

 ミシェル・ルオが宙に浮かびながら、ジュナの前に現れる。キツい性格と、狐みたいに鋭い瞳と狡猾な頭脳……それをしてなければ、かなりの美人なのだがな。残念なことだと、ジュナ・バシュタ少尉は考えていた。


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