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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
目次

ACT152    『婚姻』




 ブリック・テクラートは隊長を見送った後、ルオ商会の本社ビルの地下へと向かう。そこには、熱核攻撃にも耐えうる鋼の地下構造に守られた、凍てついた永遠が存在していた。

 ルオ・ウーミンの凍った棺の保管所である。ステファニー・ルオが理解してやれない、死の恐怖から逃れるための場所であり……永遠の命を求めた男の夢が凍ったまま静止している空間であった。

 いつにも増して、そこは寒く感じる……まあ、そうなのかもしれない。普段とは異なり、棺は開け放たれているのだから。外気を棺のなかと同じ温度までに下げる処置が執られている。

 その結果、氷よりも冷たい空気が、ニューホンコンの地下には渦巻いていた。長いあいだここにいれば、誰もが凍りついてしまうだろう。ルオ・ウーミンのように……。

「……作業は順調ですか?」

 ブリック・テクラートは防寒着を着込んだまま、ルオ・ウーミンの体の周りに集まっている医療スタッフに質問する。

「ええ。順調ですよ。これだけ大がかりの装置が、ウーミン会長のことを守っていますからね。死なせることの方が難しい……この状態にある患者は、若者よりも突然死するリスクは低いんですよ。たとえ、腹部をえぐられたとしても、死ぬことはないでしょう」

「説明は受けていますが、それほどまでですか」

「かなり、機械化処理もされていますからね……病気の進行を止めるために、時をも止めてはいますが……目覚めさせることは、十二分に可能です。これから、十年もすれば、そんな気軽なことも言えなくなりますがね」

「限界まで、十年だというのですか?」

「……そうですね。ルオ・ウーミン会長の体は、長年の酷使と病魔のどちらもが、致命的なダメージとなっています……つまりは、老衰が近い。このまま、緩やかに死の徴候が進めば……蘇生の確率はどんどん低下していきます」

「なるほど。自然の摂理ですか」

「そういうところですよ。まあ……そこを、無理やりに抗おうっていうのが、ヒトってヤツの本質なんだと思いますけれどね。科学者は、いつだって罪深いものですよ」

「科学の罪……そういうものを、この行為に感じているのですか?」

「ええ、そんな気もします。まあ、少なくとも、セクハラめいたことをしていますよ。ルオ・ウーミン会長の体内から、勝手に……『アレ』を採取しているわけですからね。眠っている最中に、そんなことをされたら、ほとんどの男性は激怒するでしょう」

「ルオ・ウーミン会長はしませんよ。ミシェルさまを愛しておられますから」

「……ははは。あー……ほんと、どういう態度を取るべきなのか、迷ってしまう言葉ですよ」

「そうですか?……父と娘の愛は、いつだって普遍的な美しさを持っているでしょう。ミシェルさまには、これも愛情表現の一つなのです。間違っていますか?死に行く義理の父の子を、生みたいと願う娘が持つ愛の深さは」

「……どうでしょうね。私は、科学者ですから。生命倫理の論文を読んだり、講習会には参加したりして来ましたけどね……こういうケースは、あくまでも空想のなかでし考えて来ませんでした。技術的には、全く問題はないわけですけれどね、むしろ、古い技術です」

「体外受精。たしかに、そうでしょうね。別に目新しい技術というわけではない」

「ヒトがバイオテクノロジーを……生物工学ってものを始めた時には、すでに構想がありましたからね……それに……もっと古く、中世の頃には、ホムンクルスという存在までヒトは夢に見ていた。ヒトの精子で、小型のヒトっぽい生物をクリエイトする」

「それに比べれば、この度の『婚姻』は、非常に血肉が通っているものに思えますね」

「そういう評価をすれば、そうかもしれませんね……我々は、割りとフツーのことをしているのかもしれない。古代の錬金術師の見た願望なんぞに比べれば、生物は細胞から始まるという基本原則に縛られた、実に面白味のない……おっと、語弊がある言い方になりましたね。ベーシックな、作業です」

 そう。これはまたありふれた婚姻作業の一つである。冷凍睡眠状態のルオ・ウーミン会長から精子を取り出し―――ミシェル・ルオの卵子と結合させる。そして、その卵子をミシェル・ルオは腹に抱えることになる。

 子宮のなかで、義父と自分の遺伝物質が交じった子を育むことになるのだ。

「『王者の血筋』は、保たれる。コレもまた……思えば、新鮮味のない戦略なのかもしれませんね。ヒトが、古来から行って来た結婚政策そものもです」

「ですよね……実際に、目の当たりにすると、ちょっと、ビビるっていうか、少々の戸惑いはあるんですけれどね……でも、技術的には、不可解なことはない。そして、政治的な力学としても大きな目では問題がないのでしょう」

「偉大なる大人、ルオ・ウーミンの血は保たれる。ステファニー・ルオの血脈ではなく、ミシェル・ルオの血脈として……ウーミン会長のDNAは保存されるのです。そして、いつか……ミシェルさまとの間に生まれる子が、全てを継承するのでしょう」


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