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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
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ACT082    『虹を見た日    その二』




 加速させた。帰還に必要な燃料なんて、もういらなかったからな。

 迷い無く、全てを注ぎ込む。この戦場にいる、モビルスーツ・パイロットたちの全てがそうしていたように。

 焦げ臭いコクピットのなかで、どいつもこいつも笑っているに違いない。

 おかしなことだ。一年戦争の頃から、殺し合って来たジオンの連中と……オレたちは、同じモノを見て、同じコトをしようとして、バカなガキみたいに、どこまでも無邪気に、笑っている。

 それが分かったよ。

 パイロットを舐めるな、動きを見れば分かる。スラスターが放つ燃料がどれだけの化学反応で輝いているのかを見れば、心だって見えるもんだ。どいつもこいつも、全てを捧げた。

 人類史上最大の殺戮兵器に乗って、ついさっきまで殺し合いをしていたというのに。

 オレたちは、そのときだけは仲が良かったよ。ニヤニヤしながら全速力で、堕ちていくアクシズ目掛けて体当たりしていた。

 衝撃が走る。爆撃でもされたみたいだった。コクピット内に、何かの部品が飛び交った。全天球型のモニターが壊れたのかもしれない。

 何が飛んだのかは、よく調べれば分かることだが、そんなものに興味がない。泣いていたはずの目は、乾いていた。見つめるべきは涙で歪んだ絶望などではない。

 笑いながら、ジェガンの腕を動かした。

「……推力を伝えるためには、より、密着するんだ……腕を突き立てるようにして、量湾に内蔵されているモーション・リアクターからの情報を分析させ……対象物の重心を測定し、それにベクトルを合わせて、推力を増やせばいい!!」

 教本通りの言葉をつぶやきながら、より効率的に動くための手順を実行していく。

 教本とは一字一句同じかは分からないが、問題はない。出来る全てをして、スラスターを全開にすればいい。あとは、腕を使う。長くはもたない。熱と振動が伝わって、繊細の指の先から崩れ落ちていくから。

 腕が壊れたら、そのあとは胴体ごとぶつけよう。そこが壊れたらお終いだが、爆発でもすれば、ちょっとはアクシズのブレーキになってくれるかもしれない。

「……しかし、クソ熱いなあ」

『…………』

 片腕のギラ・ドーガからの通信だったのか。でも、聞こえなかった。通信のための装置が壊れているのさ。こっちか、むこうか。あるいは両方かもしれないが。

 でも、必要はない。いいパイロットはモビルスーツの動きに、心を反映させるんだ。片腕で、アンバランスになっている機体なのに、あいつは上手に扱っていた。

 若い声が、オレの声ぐらい低くなる頃には、きっと……オレよりも、ずっといいパイロットになる。宇宙で生まれ育った、あいつらは……モビルスーツの操縦センスに恵まれているからなぁ……。

「見てみたいもんだ。なあ……そうだろ?」

『…………』

「あはは。ああ、オレの動きも……見せてやるよ。オレのが年上で、お兄さんだ。きっと軍歴は何倍もあるし、給料だって階級だってオレのが上だろ……さすがに、酒は呑めるかな?……呑めない年でも、教えてやるぞ……だってよ、こんなに暑い仕事をした日の夜にはな、ビールってのが死ぬほど美味いんだ」

『…………』

「ネオ・ジオンにはないのか?……無いなら、オレが持ち込んでやるよ……税関を誤魔化して……いや、ジェガンで持ち運んでやってもいい。密輸してでも、教えてやるよ、若造。こんな汗ダラダラになって……何なら、自分の皮膚まで、焼け焦げてそうなほどに暑い時は…………冷えたビールを呑むべきなんだ。そうやって、お互いの仕事を労うべきなんだよ―――」

『………………――――』

 虚ろになりつつある意識のなかで、ギラ・ドーガの片腕が壊れるのが見えた。

 オレは、マニューバを入力して、ジェガンの腕を伸ばす……肘から先がもげちまったギラ・ドーガは、アクシズに叩きつけられて、より壊れちまいながらも、オレに反応していた。

 壊れた肘をあいつは伸ばして来て、ジェガンの何本か指を失った手がそれを掴んでいた。

 通信は壊れて聞こえないが、あのビールも知らないスペースノイドの若造は言いやがった。

 ほっときやがれ、お前の仕事をしろ。こんなことしていても、効率が悪くなるだけだろうが。

 笑う。火傷して水ぶくれがふくらみ始めている唇で、笑うんだ。

「……いいや。きっとさ……これも、オレのすべき仕事なんだよ……いや……そうじゃなくても……神さまが、違うって言っても…………こうすべきだと、オレは……自分で決めているんだよ―――」

 ―――そう言いながらも、オレは見ていた。壊れたジェガンの指が、千切れて飛んでいく瞬間を……。

 バランスの制御を完全に失って、アクシズの放つ煉獄の灼熱をまとった暴風に踊らされているギラ・ドーガの重量は、支えきれなかった。

 ギラ・ドーガが、吹き飛び、またアクシズの外壁に叩きつけられて、パーツを撒き散らしながら、炎の世界を転がって行き……爆発するのを、オレは見てしまう……。

 ……オレは、また嘘つきになっていた。

 オレの方が、先に死んでやると、叫んでいたのにな……だが、声は聞こえた。

 遺志を感じる。あの若造のためにも……オレは、アクシズに推力の全てを捧げるべきなんだと確信していたよ。

 あいつが、きっと、そう叫んだのさ。このクソみたいな石ころを、オレの代わりに押し出しちまえってな……だから、泣いているけどね……体は動いたんだ。


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