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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
目次

ACT081    『虹を見た日    その一』




 戦いに囚われているオレたちをヨソに、ボロボロになっていたνガンダムは……もう戦うことを選ぶことはなかった。

 アクシズに向けて飛んだ後……考えられない行為を始めやがったんだ。落下していくあの質量に対して、星一つに対して……たった一機のモビルスーツで挑んだ。その機械仕掛けの大きな手で、アクシズを押していたんだ。押し返そうとしていた。

 ありえないことだ。

 そんなことをしても、ムダだということは、誰にだって分かる。

 どんなにガンダムが優秀な機体だとしても、ただのモビルスーツに他ならない。

 あんなもので、星の落下を食い止めることなんて不可能に決まっているじゃないか―――それでも、アムロ・レイって男だけはあきらめていなかった。

 世界を滅ぼそうって力に対して、単騎で挑んでいた。敵に対する怒りではなく、仲間を喪失した悲しみでもなく、人類が見せつけてしまった業の深さに対する驚愕でもなく……絶望ではなく、真逆の感情のままに、その愚かな行為に挑んでいたように見えた。

 ……どうしてなのかは分からない。 

 だが、見えたし、感じたと確信している。アムロ・レイの必死さが、絶望に屈しない、希望というモノの形状が……ハッキリと知覚することが出来た気がする。

 火器官制を、照準をオフにしていた。狙っていた敵を、殺すための指の動きを、オレは選ぶことはなかったんだ。

 それは相手も同じだった。片腕を失っていた、ギラ・ドーガが……オレが殺すハズだったそいつは、ビームライフルで狙われていることを気づいていたのに、自分だってこちらにミサイルを放つことが出来るタイミングでもあったといのに―――止まっていた。

 見ていたんだろう。

 感じたからこそ、見ていた。

 アムロ・レイの心が持っている、ヒトを信じ、地球もあきらめないという、巨大過ぎる希望に、オレたちは触れたから。

 戦うべき敵から意識を外し……その戦場にいたモビルスーツ乗りとして、この運命に抗うことを許された者たちの一員として、オレも、壊れかけのギラ・ドーガのパイロットも……本当に挑むべき敵を見つめていたんだよ。

 ギラ・ドーガが飛んだ。宇宙に青い軌跡を描きながら、オレの機体よりもよっぽど壊れかけたギラ・ドーガを飛ばしやがった。

 あんなに勇敢にオレと殺し合いをしていたヤツが、いつでも自分のことを殺せるはずポジションに位置取ったままのオレに対して、背中を見せやがったんだ。あっさりとだ。

 ……そのまま、ギラ・ドーガを追いかける。ヤツを仕留めるためじゃなかった。

 むしろ、まったくの逆だったさ。

 ギラ・ドーガを手伝うために、オレは必死に操縦していた。ライフルを放棄した。武器を捨てたんだ。その戦いのためには、モビルスーツの手に、そんなものは不必要だったから。

 並んで飛んだ。数十秒前まで殺し合っていたはずのギラ・ドーガに対して、並んで飛んだ。ネオ・ジオンのヤツらとそんなことしたのは、初めてだった。それなのに、警戒心はなかった。

 堕ちていくアクシズ。地球に終わりをもたらそうとする悪意のカタマリに近づくと、それだけで高温だった。

 モビルスーツの表面が燃え始め、内部の電子部品が過熱で焦げ始めるのが分かる。

 熱かった。

 地獄の炎ってのは、こんなものなのだろうとか考えていた。

 そこはヒトのさ迷える魂を裁く、煉獄の焔が渦巻く場所で……オレたちは、自分たちの罪深さと向き合うことになる。

 モビルスーツを反転させた。ギラ・ドーガとジェガンが、まるで兄弟みたいに同じ動きをする。

 モビルスーツの肩同士が触れて、通信が聞こえた。オレが壊したのか、それとも、あの場所がヒドく通信機器に悪影響を及ぼしていたのかは、分からない。

 雑音だらけのヒドい音で、オレより若そうな声を聞く。弟に似ている声だと感じた。

『……おい、まだ動けるだろ……?』

「……ああ。動ける」

『そうか。なら、やるぞ』

「ああ、やるべき価値があることだ」

 分かっていたよ。だって。宇宙で、やさしいヤツが叫んでいたからな。

 やめるんだ、こんなことに付き合うな―――必死になって叫んでいた。だが、こっちもモビルスーツのパイロットだからな。

 分かるぜ。数学と物理学だけは、大人になってもやらされる可愛そうな職業だ。

 知ってる。きっと、不可能だ。モビルスーツの推力じゃ、星を押し返すことなんて、出来やしないさ。何桁か推力が足りないだろう。

 ああ、バカなことをしている。

 皆で、落下していくアクシズを押し返そうだなんて……いくらなんでもムリだと分かっている。

 物理学を理解していないヤツだって、目の間にどこまでも広がっている燃える巨岩を見ちまったら……本能がオートマチックに理解する。

 山を素手で押して動かそう。それぐらい、ムチャなことだと即座に分かるよ。

 圧倒的なスケールで、作戦前に散々、チェックしてきたアクシズの、一体どこなのかさえ見当もつかなかったが―――いいさ。どこでも同じコト。することは一つだけだしな。

 片腕のギラ・ドーガが飛んだ。

 オレのジェガンよりも、ヤツの機体の方がいつも一瞬速く動く。

 言うこと聞かない弟みたいだし、オレよりパイロットとしての才能があったのに、第一次ネオ・ジオン抗争でハマーン・カーンに殺されちまった同郷の男を思い出す。

 だから、このギラ・ドーガのパイロットよりも、先に死んでやりたくなっていた。

 笑っていた、ヘルメットのなかで、笑っていた。ニヤリと笑い、ノーマルスーツに仕込まれた空調の限界を超えて、何だか焦げ臭い酸素を吸い込みながら……オレはマニューバを入力する。ジェガンを飛ばせた。

 燃料がどれだけ残っているのか、分からないが……問題はない。

 このギラ・ドーガは初速がいいが、壊れすぎていたから最高速は遅くなっている。

 オレのジェガンが、ヤツに並んだ。弟と親友に並んだ気がした。

 知っているよ、そうじゃないんだよな。でも、それぐらい、何だか嬉しかった。

 叫んだ。摩擦で唸る、宇宙と地球のあいだで、煉獄の熱量に巻き込まれながら、オレは叫んだ。

「お前よりも、オレの方が先に死んでやるぞッ!!……だから、オレから突っ込ませろせろやッ!!」


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