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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
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ACT120    『オーストラリアの地へ還る    その2』




「おい。ナイフか何かを使えよ?……どうして、そのシートを、素手で剥ごうとする?」

「素手で事足りるからよ。それより、何しに来たの?」

 ジュナのすぐ隣りに降りて来たイアゴ・ハーカナ少佐は、ため息を吐く。

「答えを聞き忘れていた。お前、オーガスタの子供たちの脳が使われているシステムを、どうするつもりだ?」

「……拳銃を向けながら聞かなくていいの?」

「……なぜ?」

「模範的な軍人サンがイヤがる答えを口にするかもしれないわよ?」

「……っ」

「理解しているのか?……この距離なら、宇宙から降りて来て筋力が弱っているヤツを、私は一瞬で殴り殺せるんだぞ。モビルスーツ戦では、エリート・パイロットには負けるのかもしれないけど、素手での戦いなら、私は、熊みたいな大男だって殺せる」

「……オレは、答えを聞きたいだけだ。お前を邪魔しないつもりだよ。その資格も、ないし、つもりもない」

「連邦軍の特殊部隊の秘密兵器を破壊するのよ、これから」

「その子たちを、終わらせてやるつもりか」

「要らないシステムだわ。ルオ商会のヤツらも、現物を見れば、再現したくなるかもしれない。こんなものは……世界に在るべきモノじゃない」

 そう言いながら、ジュナ・バシュタ少尉は、『ネームレス2』のパイロット・シートの奥深くに内蔵されていた金属の箱を、腕力任せに引き抜いていた。

 太い接続端子、無数の繊細なコードの束が引き千切られていく―――たしかに、人間業ではない。イアゴ・ハーカナ少佐は、目の前にいる赤毛の女が、『自然な存在』ではないと認識する。

 ジュナは、腕のなかに、その冷気を帯びた風が内部から吹き出ているユニットを抱きしめる。二十センチ四方の立方体。多くの子供たちの脳と、高性能で複雑精緻な機械が詰まっているにしては、脅威的なまでに小型だ。

 ジュナ・バシュタ少尉の暗闇でも見える左眼は、闇に沈むその場所で魔女の遺産である発明品の表面に彫り込まれた名前だって読めた。『ストレガ・ユニット』、呪われしシステムの名が、その漆黒の鉄箱には刻まれている。

「……その中に、複数の子供たちの……脳が……?あまりにも、小さく思えるが……?」

「脳の一部をツギハギにしたの。トータルでも、一人分にも満たないでしょうね……兵器として必要な脳の組織だけを、選択的に集めた結果よ。要らなかったのよ、ヒトの心を再現したかったわけじゃない。兵器に使える機能としての、部品が欲しかった」

「クソ。大人ってのは……ッ!!」

「……なんだか、どこかで聞いた気のするセリフね」

 シミュレーションのなかで……そうか、アムロ・レイが、大人が情けないから子供たちに迷惑をかけてしまって、すまない……と嘆くように謝っていたかしら。

「……このサイズだから、脳の必要な部分をツギハギにでもしたんでしょうね。シロウトの私にも分かる。これは、きっと科学的には素晴らしい作品なんでしょう」

『……私に言っているのですか、ジュナ・バシュタ少尉?』

 インカムの向こうから、ブリック・テクラートが言葉を返していた。

「ええ。私のチームの責任者は、一応、あなたでしょうからね、ブリック?……あなたをミシェルの代弁者として、訊いている」

『ミシェルさまの言葉を、私の口が放つことはありません。ですが、予想はつきます。彼女は、その存在がこの世にあることを、望みはしません』

「それは、お前の意志と、同一なのか?」

『……ええ。私、個人の意志としても……その装置は、あまりにも罪深い。廃棄すべき存在だと、考えます』

「……そうか。その言葉を、聞きたかったのかもしれない。いいな、コイツは……『ストレガ・ユニット』は……破壊するぞ」

『了解しました。ジュナ・バシュタ少尉の選択を、私は支持します。そして、必ずや、ミシェルさまも、同じ言葉を貴方に返事として伝えたはずです』

「そうだろうな。知っているよ。アイツは……こんな装置の存在を望むことはないだろうからな」

 ジュナ・バシュタ少尉は、『ストレガ・ユニット』を抱きしめたまま、呪われし筋繊維が発揮する運動能力を用いて、コクピット・ブロックから脱出する。その後ろ姿を、イアゴ・ハーカナ少佐は見送るだけだ。

 軍の『備品』を、勝手に破壊する?

 ……上等だ。あの時代を生きた大人として、地球連邦軍のモビルスーツ・パイロットとして、あの小さな機械の箱に閉じ込められた子供たちにしてやれることは、余りにも少ないが……その弔いを邪魔しないことぐらいは、自分の意志で選びたかった。

 ジュナの翡翠色の双眸が、ナラティブガンダムを見つめる。

 その内部に置かれたままのサイコスーツが、彼女の感応波を浴びて動き始めた。彼女の心を、遠隔的に受け取り―――その意志を、ナラティブガンダムの操縦システムに反映させている。

 ゆっくりとナラティブガンダムが動いて、その顔がジュナへと向けられる。自分で操っているのだが、何だか、ナラティブも意志を持っているように見えて、嬉しくなった。

「……それってー、サイコ・ジャック……?」

「……すごいぜ。姉ちゃん、アンタ、マジモンのニュータイプだな」

「私だけの力じゃない。たぶん、この子たちも力を貸してくれているのよ。サイコ・ジャックは……この子たちの得意技なんだから……この子たちも、意志を示したのよ。たとえ、欠片となった心にされたとしても……こんな状態を、望んじゃいないんだ」

 誰しもが、ジュナの言葉に対して返事をすることはなかった。彼らは、ただ見守ることにしたのだ。オーガスタの子供たちの選択を。


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