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ガンダムNT:S007

原作: 機動戦士ガンダム 作者: よしふみ
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ACT119    『オーストラリアの地へ還る』



 決意を新たにしたジュナ・バシュタ少尉は、己のほほを両手で叩いて気合いを入れる。

 苦しみに満ちた世界を耐え抜くには、痛みはそれなりに有用だった。この世界は、あまりにも残酷であるし、生きる価値なんて無いように気さえする時もあるけれど……。

「すべきことは、色々とあるんだ……」

 ……まずは、『ネームレス2』の中にいる子たちの、処分ね。

 ジュナは、横たわっている『ネームレス2』に近づいていく。双子が、その行動に気がつき、彼女の背中に声をかけた。

「姉ちゃんさー、そいつに近づくと洗脳されるんじゃないのか?」

「そうだぜ。危ねえぞ」

「……大丈夫よ。もう、この子たちには力は残っていない。ニュータイプの素質を持ったパイロットをシステムの装置として使うだけ。近づくだけで起動することはないのよ」

「……ニュータイプってのは、そんなことも分かるのか?」

 そう言いながら、イアゴ・ハーカナ少佐が近づいてくる。ジュナはその追跡をウザったくも感じる。

「……そうよ。この問題については、私はエキスパートなわけだし」

「だが、単独行動は危険だ。そのシステムに近づき、どうするつもりだ?……ルオ商会の専門家が来るのを、待った方がいいんじゃないのか?」

「正論だけど、間違いがある」

「なに?」

「……エンジニアたちは、興味を惹かれてしまうでしょうからね。オーガスタ研究所が作った、ニュータイプの可能性がある子たちの脳と機械で作った兵器よ?……使いこなせば、アナタたちのような特殊部隊でも、圧倒することが出来る」

「それは、そうだろうな。一対一では、ほとんど反則的な強さだろう」

 幻を脳に送り込まれて、認識を操作される?……そんな状態に陥ってしまえば、戦う術など思いつけない……。

「……お前が勝てたのは、お前もニュータイプだからか?」

「……サイコフレームと、少しばかりのニュータイプっぽさのおかげね。あと、ニュージーランドで習っていたボクシングのおかげ」

「……お前も、オーガスタの強化人間なのか?」

「少しばかりね。脳は、私の記憶ではいじられてはいないけれど……薬物は色々と使われているし、薬のせいで、左眼の網膜は変異している。夜の闇でも、獲物が見えるわ」

「……脱線したな。お前、あのシステムをどうするつもりだ?」

「……そうね。あのシステムの中には、私の幼なじみの一部がある」

「一部……っ」

 言葉の持つ残酷さに、イアゴ・ハーカナ少佐は顔をしかめる。

「ええ。一部。10年ぐらい前に、彼女から取り除かれた脳の一部。それを……他の子たちの脳と……たぶん、機械的に繋いでいるんでしょうね」

「そんな行為が……だが、何故、それが分かる?」

「感じたから、としか言えないわね。あの機体の女パイロットが、伝えてくれたような気がする。見えたような、聞いたような……ちょっとだけ、伝わったのよ」

「……スゴい能力だな」

「ニュータイプもどきとしては、上等な力でしょ」

 ジュナは獣のような俊敏さで、横たわる『ネームレス2』のコクピット・ブロックに跳び乗った。

「……その跳躍力も、女のものとは思えない」

「筋繊維ってのはね、骨と違って、一生、同じ細胞で過ごすのよ。神経細胞と同じでね。だから、私のオーガスタ製の筋肉は、骨を痛めるほどの強さを発揮し続ける。変異は、一生、残存するわ」

「……呪いのようだな」

 言い得て妙というよりも、ストレート過ぎて、ちょっと失礼なカンジさえもする評価だな。ジュナ・バシュタ少尉はそんなことを考える。

 厳つい顔に、気の利かないセリフ。昔気質のパイロットかもしれないけれど……きっと、独身なんだろう。そういう男についていける女は少ないと思うからな。

 それに……コイツもどこか、死にたがりな気がする。おせっかいなところがある。

 部下や、敵のパイロットの命を助けようとしていた。それは、国際法に適してはいるし、パイロットとして、じつに模範的な行動の数々なのだけれど……。

 親父曰く、いい仕事をするヤツは……罪悪感に突き動かされている…………シェザールの1番機は、かつて誰かを助けられなかった痛みに、今でも心を縛られているのかもしれない。

「……生化学的で、不可逆的な呪いだ。王子サマのキスでも、解けない。男は、邪魔だ。私は、そもそも聖なるレズビアンだ」

「……聖なる、レズビアン?」

「繁殖行為のためじゃなく、ただの純粋な愛欲として少女に接触することが可能な者に与えられた称号よ」

「……意味が分からん」

「意味なんてない言葉だからね。シェザール1はマジメ過ぎるわ」

「……からかったわけか」

「そういうことよ」

 ジュナはコクピットの内部へと飛び降りていた。音も立てずに、着地する。自分の呪われた筋繊維は、相変わらず素敵な動きをするわ。

 その点だけは気に入っている―――年老いた時に、どんな代償が生じるのかは分からないけれど、長生きすることよりも、願いを叶えるために全てを使いたい。

 ジュナは探す。それは、すぐに見つかった。自分の感性が研ぎ澄まされていることが理解出来る。

 彼女は、パイロット・シートの一部を、呪われた筋繊維を用いて、ビリビリと引き裂いていく……見えた。想像していた以上に、小さな金属の箱がある。

 それこそが、オーガスタ研究所の残した、邪悪なる遺産の一つ。『ストレガ・ユニット』であった―――。


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