入学編3
夜科紫は、所属する一年E組に友人がいない。無論入学直後に話しかける者はいた。かなりの美少女であるし、今時珍しく紙の本の読者であったから、興味を持たれる理由には事欠かない。
その上で友達ができないのは、これは彼女自身の性質に由来するとしか言えない。
まず自分から話そうとはしない。事務的な会話以外、「放っておいてくれる?」と跳ね返す。美貌もこうなれば鋭い棘にしかならない。
授業は真面目にこなすが、実習になると体調の問題といって席を外す。サボりではないだろう。実習こそが魔法科高校の本義なのだから、ここで欠席を繰り返せば成績どころか進級も危うい。
本当に健康に難があるのだろうが、やはり魔法の訓練というのは、全国あらゆる階層から集められた学生たちを繋ぐ、一種の絆のようなものだ。そこに全く顔を出さないのでは自然クラスで浮く。
結果、彼女は望み通りの孤高を手に入れつつあった。
「こういう言い方好きじゃないけど、感じ悪いよね」
昼食時の食堂。エリカが事実嫌そうな口振りでそうこぼす。大抵のことは面と向かって言う彼女をして、陰口めいた真似をさせるのは、入学式の時美月が見せた怯えと無関係ではないだろう。
食堂の席には司波兄妹を始めとして、エリカと美月。教室で知り合った西城レオンハルト、通称レオたちが、思い思いに食事をとっていた。
「そうか?大人しいものだと思うが」
エリカの心配を知らない達也はのんきなものだった。放っておけと命じられれば黙って従う彼にとっては、紫の言動も面倒が少ない分プラスでさえあるだろう。
「どこがよど、こ、が」
薄い麦茶をすすりながら、じとりと責める目付き。しかしながら達也は意に介さぬふうに食事を摂るばかりである。
「でもわっかんねえよな。人嫌いなのはいいとしてもよ、実習に出ないのはどういうわけだ?入試に受かってるんだから魔法が使えないってことはないだろ?」
カレーを掻き込みながら話そうとして、エリカにひっぱたかれたレオが疑問を呈する。
確かにその通りである。魔法科高校の入試で最も重視されるのが魔法の実技であることは言うまでもない。
そこで魔法を使用しないなどあり得ないのだから、試験場のどこかで実技を行っていたはず。
「ですが、私は夜科さんが試験を受けている所を見ていないのですが」
深雪の控えめな応答に、そうなのだ、と周りの皆が頷く。
実技試験は設備の整った校内にて行われる。憧れの第一高校を目指すため、日本中から集った受験生でごった返すとはいえ、いくつかある課目をこなす所を全く見ないというのは、それも五人全員が視界の端にも入れないのは不自然だ。
「そうだな。夜科の試験の順番は後の方だろうから、俺たちが終わった後にやっている所を見てもいいはずなんだが……」
達也の言葉が止むと、しばしの沈黙が下りる。重苦しくなった雰囲気を吹き飛ばしたのはレオであった。
「ま、ここで頭悩ませたって仕方ないだろ。別に近づくなって命令を聞かなきゃいけない理由もねえんだ。堂々と聞きに行けばいいんじゃねえか?」
実に直情的ではあるが、正論である。
いくら人付き合いが悪いとはいえ、他の生徒と完全に没交渉でいられるはずがない。ただの学校ならともかく、ここは魔法科高校なのだ。
魔法師として生きていくためには、同じ魔法師との協調は不可欠である。孤立した生徒に多少強引でも話しかけるのは、推奨されこそすれ文句を言われるような行為ではない。
「考え無しってこういう時悩まなくていいから楽ねえ」
とはいえレオに正論を吐かれたのが気にくわないのか、エリカがいつものように悪態をつく。
「あんだと!?」
それに素直に反応するレオもレオであろうか。達也も深雪も苦笑を隠せない。
「そこまでにしておけよ。二人とも。……確かに話し合ったところで解決する問題でもないしな。明日聞きに行くのもいいかもしれない」
「あ、私も賛成です。夜科さんもあのままじゃいけないでしょうから」
美月も積極的に賛意を表明する。普段はでしゃばることを必要以上に嫌う彼女が手を上げたことで、その場の流れは決定された。
達也は考える。衆人環視の元で行われる実技試験では、自然魔法を行使している生徒に視線が集まる。誰もが将来のライバルの実力を目に焼き付けようと必死なのだ。
特に深雪を始めとした実力者に向けられる注意は、ほぼ会場全体からと言っていい。
では、夜科紫の魔法力は、見向きもされない、とるに足らない程度のものであったのだろうか。
それは違うと結論する。尋常ではない競争率の入試で合格するからには、それなりに見るべきものがあるはずだ。事実お世辞にも実技が優秀とは言えない達也にも、観客が幾人かついていた。
それに紫の容姿は目立つ。青く透き通るほど細い黒髪をたなびかせる姿は、一度目の当たりにすれば忘れようがない。
では、なぜ彼女の姿を見ることが出来なかったのか。紫が実習を休み続けていることから予想はつく。だが考え難いことでもあった。
彼女の健康に不安があるとすれば、試験を中座したのではないか。途中からいなくなったのなら、先に実技を行っていた達也たちの記憶に残らないのも道理だ。
しかし、あり得るのか。達也は思考する。コンマ一秒が成否を分ける魔法科高校の受験において、重視される実技を中断してなお合格できるなど。
それは筆記が優秀なだけでは到底不可能な離れ業である。常識を越えた数値を叩き出さなければならない。
「どうかされましたか?お兄様」
「いや、ちょっと考え事をね」
妹の無垢な疑問に、ベールでくるんだ答えを返す。深雪が知って得するような事でもなかったし、むしろ害になるかもしれなかった。
だが、彼らが孤高の少女の力の一端を知るのに、そう時間はかからなかった。事件は放課後に起こったためである。
その上で友達ができないのは、これは彼女自身の性質に由来するとしか言えない。
まず自分から話そうとはしない。事務的な会話以外、「放っておいてくれる?」と跳ね返す。美貌もこうなれば鋭い棘にしかならない。
授業は真面目にこなすが、実習になると体調の問題といって席を外す。サボりではないだろう。実習こそが魔法科高校の本義なのだから、ここで欠席を繰り返せば成績どころか進級も危うい。
本当に健康に難があるのだろうが、やはり魔法の訓練というのは、全国あらゆる階層から集められた学生たちを繋ぐ、一種の絆のようなものだ。そこに全く顔を出さないのでは自然クラスで浮く。
結果、彼女は望み通りの孤高を手に入れつつあった。
「こういう言い方好きじゃないけど、感じ悪いよね」
昼食時の食堂。エリカが事実嫌そうな口振りでそうこぼす。大抵のことは面と向かって言う彼女をして、陰口めいた真似をさせるのは、入学式の時美月が見せた怯えと無関係ではないだろう。
食堂の席には司波兄妹を始めとして、エリカと美月。教室で知り合った西城レオンハルト、通称レオたちが、思い思いに食事をとっていた。
「そうか?大人しいものだと思うが」
エリカの心配を知らない達也はのんきなものだった。放っておけと命じられれば黙って従う彼にとっては、紫の言動も面倒が少ない分プラスでさえあるだろう。
「どこがよど、こ、が」
薄い麦茶をすすりながら、じとりと責める目付き。しかしながら達也は意に介さぬふうに食事を摂るばかりである。
「でもわっかんねえよな。人嫌いなのはいいとしてもよ、実習に出ないのはどういうわけだ?入試に受かってるんだから魔法が使えないってことはないだろ?」
カレーを掻き込みながら話そうとして、エリカにひっぱたかれたレオが疑問を呈する。
確かにその通りである。魔法科高校の入試で最も重視されるのが魔法の実技であることは言うまでもない。
そこで魔法を使用しないなどあり得ないのだから、試験場のどこかで実技を行っていたはず。
「ですが、私は夜科さんが試験を受けている所を見ていないのですが」
深雪の控えめな応答に、そうなのだ、と周りの皆が頷く。
実技試験は設備の整った校内にて行われる。憧れの第一高校を目指すため、日本中から集った受験生でごった返すとはいえ、いくつかある課目をこなす所を全く見ないというのは、それも五人全員が視界の端にも入れないのは不自然だ。
「そうだな。夜科の試験の順番は後の方だろうから、俺たちが終わった後にやっている所を見てもいいはずなんだが……」
達也の言葉が止むと、しばしの沈黙が下りる。重苦しくなった雰囲気を吹き飛ばしたのはレオであった。
「ま、ここで頭悩ませたって仕方ないだろ。別に近づくなって命令を聞かなきゃいけない理由もねえんだ。堂々と聞きに行けばいいんじゃねえか?」
実に直情的ではあるが、正論である。
いくら人付き合いが悪いとはいえ、他の生徒と完全に没交渉でいられるはずがない。ただの学校ならともかく、ここは魔法科高校なのだ。
魔法師として生きていくためには、同じ魔法師との協調は不可欠である。孤立した生徒に多少強引でも話しかけるのは、推奨されこそすれ文句を言われるような行為ではない。
「考え無しってこういう時悩まなくていいから楽ねえ」
とはいえレオに正論を吐かれたのが気にくわないのか、エリカがいつものように悪態をつく。
「あんだと!?」
それに素直に反応するレオもレオであろうか。達也も深雪も苦笑を隠せない。
「そこまでにしておけよ。二人とも。……確かに話し合ったところで解決する問題でもないしな。明日聞きに行くのもいいかもしれない」
「あ、私も賛成です。夜科さんもあのままじゃいけないでしょうから」
美月も積極的に賛意を表明する。普段はでしゃばることを必要以上に嫌う彼女が手を上げたことで、その場の流れは決定された。
達也は考える。衆人環視の元で行われる実技試験では、自然魔法を行使している生徒に視線が集まる。誰もが将来のライバルの実力を目に焼き付けようと必死なのだ。
特に深雪を始めとした実力者に向けられる注意は、ほぼ会場全体からと言っていい。
では、夜科紫の魔法力は、見向きもされない、とるに足らない程度のものであったのだろうか。
それは違うと結論する。尋常ではない競争率の入試で合格するからには、それなりに見るべきものがあるはずだ。事実お世辞にも実技が優秀とは言えない達也にも、観客が幾人かついていた。
それに紫の容姿は目立つ。青く透き通るほど細い黒髪をたなびかせる姿は、一度目の当たりにすれば忘れようがない。
では、なぜ彼女の姿を見ることが出来なかったのか。紫が実習を休み続けていることから予想はつく。だが考え難いことでもあった。
彼女の健康に不安があるとすれば、試験を中座したのではないか。途中からいなくなったのなら、先に実技を行っていた達也たちの記憶に残らないのも道理だ。
しかし、あり得るのか。達也は思考する。コンマ一秒が成否を分ける魔法科高校の受験において、重視される実技を中断してなお合格できるなど。
それは筆記が優秀なだけでは到底不可能な離れ業である。常識を越えた数値を叩き出さなければならない。
「どうかされましたか?お兄様」
「いや、ちょっと考え事をね」
妹の無垢な疑問に、ベールでくるんだ答えを返す。深雪が知って得するような事でもなかったし、むしろ害になるかもしれなかった。
だが、彼らが孤高の少女の力の一端を知るのに、そう時間はかからなかった。事件は放課後に起こったためである。
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