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魔法科高校の暴女王《メルゼシア》

原作: 魔法科高校の劣等生 作者: ジョナサン
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入学編2

柴田美月は霊子放射光過敏症である。
人の情動を司るといわれる霊子。その仮想の光を感じとる機能が鋭敏すぎる体質であり、利点はあるがそれ以上に欠点の目立つ、彼女にとっては困った力であった。

霊子放射光、というと何やら危険そうにも聞こえるが、有り体に評すればオーラということになる。
人の情動を直視するのは精神衛生上よろしくない。また、一目で相手のプライバシーにまで踏み込めるために、普段の美月は特殊なレンズを使用した眼鏡を着用して、トラブルを未然に防いでいた。

しかし眼鏡という道具は、視界の全てをふさぐものではない。無意識に感覚から弾いているが、レンズの外から光が覗くことはままある。
内気なようでいて、しかし激しい彼女の気性の源泉はそこらにあるのかもしれなかった。

とはいえ所詮は認識の隅っこであるから、見慣れた光にいちいち反応することはない。そんな事ではそれこそ日常生活を送れないからだ。

だから、入学式で目を奪われたその少女は圧倒的な特別。いや異常だった。



「黒い、太陽……?」

そうとしか形容のしようがない。漆黒の円の外縁に、眼の潰れそうな光輪。常人には不可視の天体を、美月より少し背の低い少女が背負っている。
この世の終わりのような、金環日食の太陽。日食とは月影が陽光を遮ることで起こる現象であるから、それは月であるともいえた。

黒く輝く、暴虐の月。霊子が精神活動の原因にして結果ならば、黒とはいかなる意味なのか。美月にはまるで理解できなかった。

体格に比して大股な歩みが止まり、少女が振り向く。美月は、自身が心中を口に出していたことに、そこで気づいた。

「ひっ」

息を吸おうとして、悲鳴になった。
少女の容姿に怪物じみたところは無い。むしろ、にこりと笑えば老若男女問わず比護を集められそうな、幼げな顔だ。
まなじりは氷の薄片じみて鋭いが、そこが少年らしさをかもして、性別を越えた魅力になっている。

だが少女に笑みは無い。黒鋼のような、角度によっては青くも映る瞳。霊光を見る美月にとっては文字通りの眼光が、二つのレンズの中央を貫く。
身体が動かない。殺されると、生まれて初めて本気で思った。

「霊子放射光過敏症?」

きゃしゃな体躯に似合う、その雰囲気とはかけ離れたソプラノ。唐突な症名は、初対面の少女の異能を見事に突いていた。美月は秘密を言い当てられて、頭が真っ白になる。

「あまり見すぎないで。危ないから」

柔らかな、青白い光。涼しげだが、確かにいたわる気配を感じる。
少女は首を回して、正面に向き直った。四分の拍子で足早に去っていく。
遠近感が狂って、遥か遠くにから見下ろしていると思えたその後ろ姿は、手を伸ばせば触れられる位置だった。

「ちょ、ちょっと!美月になにしたの!?」

入学式に行く途中で知り合った新入生、千葉エリカが食ってかかろうとする。
雑踏の中で、近距離の上に少女の声も大きくはなかった。美月の体質については聞こえなかったようだ。
動きづらい環境を意に介さず、流れるような足運びで追い付こうとするエリカを、美月が止めた。

「だ、大丈夫です。ちょっと、びっくりしただけなので」

「え?知り合いなの?」

目を丸くしてエリカが尋ねる。

「そういう訳ではないんですが……」

いいよどむ美月に、エリカの方も追及を諦めた。フレンドリーな性格のエリカだが、粗雑な|性質《たち》ではない。出会って間もない学友にあまり突っ込もうとはしなかった。





入学式は滞りなく終了し、ホームルームの時間になったが、紫は振り向きもせずに校舎から抜け出す。連絡事項はないとわかっていたし、彼女には誰かと交遊を深めようとする熱意も無かった。
邪魔が入って最後の十数ページを残してしまった文庫を片付けようと、ベンチへ向かう。

そこでまたも声がかかった。

「夜科紫さん?」

後ろにいたのは若い女性。服装から見て教職員と察せられる。
なかなかの美人である。愛嬌と清潔感もあり、男女問わず生徒の人気が出そうな女性だった。
しかしもちろん、そんな感想は紫に関係ない。しかめられた眉を見せつけるように女性の顔を睨む。
しかし非友好的な態度には慣れているのか、女教師は微笑みを崩さずに口上を述べる。

「はじめまして。あなたの特別カウンセラーを務めることになった、小野遥といいます。
あなたのクラス、E組の総合カウンセラーも兼任しています。明日はまた会うと思いますが、今回は夜科さん個人の相談相手として挨拶に来ました」

「いらないわ」

にべもなく言い捨てて、立ち去る気配。とりつく島もない態度だが、遥は苦笑するにとどめる。
カウンセラーの仕事では、相手に拒絶されることはよくあることだ。そしてその拒絶は、相談者の表面に出ないことも多い。
プロである彼女としては、分かりやすくつんけんされるのはまだ良い方だと言えた。

「端末からいつでも相談できますし、直接でも構いません。よろしくお願いしますね」

青空に透き通っていきそうな髪がなびく。しなやかなガラス細工のようであった。遠ざかる紫の背中が止まることはなかったが、わずかに頷いたようにも見えた。
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