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魔法科高校の暴女王《メルゼシア》

原作: 魔法科高校の劣等生 作者: ジョナサン
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入学編4

はなから大事である事件は少ない。大抵は些細な原因に突き当たる。

美月が一科生と言い争った原因は、深雪と下校しようとしていた達也に一科生の一団が難癖をつけ、あまつさえ排除しようとしたからであった。

最初は屁理屈であっても冷静を装っていた一科生たちも、元からのプライドを刺激され、言葉が荒くなる。
そこに硬骨なレオと口喧嘩に滅法強いエリカが参戦したことで、いよいよ事態に収拾がつかなくなってきた。

「僕たちは司波さんに用があるだけだ!ウィードにどうこう言われる筋合いは無い!」

そしてヒートアップした末に飛び出した暴言で、亀裂は決定的となった。差別の意思を含んだ発言としてのウィードは校則違反。
だが美月が反応したのは、言葉の意味でも悪意でもなく、彼らの歪んだ優越心そのものであった。

「同じ新入生じゃないですか!今の時点であなた方がどれだけ優れているって言うんですか!」

その大して大きくもない叫びに、一科生の男子の顔色が変わる。危険な色だ。

「そこまで言うなら、教えてやろうか」

「おお、教えてもらおうじゃねーか」

剣呑な声を笑い飛ばすかのようにレオが応じる。ぷつん、と緊迫の糸が切れる気配。

「なら教えてやる!」

一科生が取り出したのは小型拳銃を模した特化型CAD。腰を切り、ホルスターを銃から抜き出すような無駄のない手際といい、先手をとって魔法を放つことに集約された技術が感じられる。
集まった野次馬が悲鳴を上げるしかできない中で、その反射と同時、あるいはそれよりも早く動く者達がいる。

「お兄様!」

レオはあだ名に恥じない野獣の動きで拳銃をわし掴もうと飛び出す。達也は妹の要請に応え、CADへ向け手を伸ばし。エリカは鞭のような滑らかさで、伸縮警棒を打ち込もうと腕をしならせた。

だが結果として、どの反撃も空振りに終わる。
なぜなら狙うべき拳銃は一科生男子の手に無かったからだ。

「は?」

絶対の自信の源であったろう早撃ちの、最も初歩的なミスに固まる男子。

「ええ?なんだ、おい」

レオが目を丸くしたのは、間抜けな失敗に拍子抜けしたから、ではない。CADが突然消えたからだ。
振り終えた切っ先を、そのまま前方に突きつけるエリカが鋭く睨むのは、その在処。いや、新しい持ち主か。

「珍しいものがあるのね。クイックドロウだったかしら」

幼げな顔つきに、背後の空が通り抜けてきそうな細い黒髪。普段、割れたグラスじみた切れ味の蒼い眼差しは、今は捕まえた虫をしげしげ眺める子供のよう。

「夜科、さん?」

美月が呟く。まったく予兆無しに、女王はそこに佇んでいた。

「お兄様、夜科さんはいつの間に」

深雪は自分の視覚より信頼する眼の持ち主に尋ねる。

「さっきだ。皆の視線がCADに集まった瞬間に踏み込んできて、そのまま掠め取った」

早撃ちの際、握把を握る手にはほとんど力を入れない。余分な力みは速度の低下に直結するためである。取るというよりは引っかけるの方が近い表現だろう。

だから銃身を押さえるようにして、抜き出す手からCADを奪うのにさして腕力はいらない。

しかしそれは、飛ぶ蝿は非力ゆえ箸でもつまめると大言するようなもの。ましてや群衆の外から、誰にも気づかれないままになど。


細い指の中に収まる装置を弄ぶ紫。CADの銃身はあくまで照準用の演算機械なので、デリンジャー並みでも十分な威力を持つ。

そんな危険物を、安物のエアガンかのようにいじくっていた手が止まり、青灰の瞳が横に動く。


「よしときなさい。逮捕なんてこの際関係ない。って言うのなら望む所だけど」

「ひっ」

瞳が射るのは腕輪型の汎用CADを操ろうとした女生徒。当然一科生である。
まさに蛇に呑まれる寸前の蛙だった。わずかにとはいえ、本物の純然たる殺気を前に、膝が崩れる。

実戦に身を置いた者でなければ、戦意を保つのは厳しい。そんな気迫であった。

にわかに別種の緊張に支配される放課後の校庭。それをかき消したのは、上級生らの靴音であった。

「あなた達!自衛以外での魔法の使用は、校則以前に法律違反です!ただちにCADを納めなさい!」

精一杯厳しくしているのはわかるが、たしなめる調子が抜けない声。
それが生徒会長、七草真由美のものであることに気づいて、あたりからどよめきが漏れる。渦中の一科生らに至っては真っ青だ。

しかし事態の中心に君臨する少女は、生徒の最高権威を一瞥しただけで、校門の方へ振り返る。

「返すわ」

一言。すぱっ、と小気味良い音と共に、銃身がホルスターに放り込まれた。これもまた、耳で感知しなければ気づかないほどに速い。

「待て。君は確か、二科生の夜科紫君だったな。どうやらこの騒ぎを止める側だったようだが、それはそれとして話を聞きたい。付いて来てくれ」

後ろから話かけたのは、周囲の女子ではひときわ背の高い、短めの髪の女生徒。風紀委員長、渡辺摩利であった。

さっさと学校を後にしようとした紫は、つまらなさそうに首を回す。

「別に。CADを見ていただけです。生徒会でもそこまで規制しているわけではないでしょう?」

「ふむ、私の見たところ、突然踏み込んできた君が銃を取り押さえたように見えたのだが?」

紫の眉が曲がる。明らかに面倒臭そうだ。そのまま猫のように唸りそうな気配を醸している。

三度の膠着状態に、達也が踏み入った。これまで蚊帳の外にいると見られていた男子の闖入に、摩利がいぶかしげな顔をする。

「む、君は?」

「1-Eの司波達也です。失礼しました。森崎一門のクイックドロウを見せてもらおうとしただけなんですが、こんな大事になるとは」

「何?」

前後の流れを無視したようにも思える言葉に、摩利は意表を突かれる。

「つまり、君たちが彼にCADを抜いてくれと頼んだと?」

「はい。一年生同士での学び合いも、魔法師としての向上には重要だと思いますので」

摩利は皮肉げに口の端を歪め、魔法を発動しようとした二人を一瞥する。

「それでは夜科君は?」

「彼女もどうやら興味があったようです。反応が遅れてCADに手が当たったんでしょう。人間の反射神経であれを取るのは無理ですよ」

苦しい、無理やりとも取れる理屈。しかし高速で抜き放たれる寸前の小型拳銃を、空中で奪うなどという芸当もまた無茶である。
摩利としても、伝え聞いただけなら笑い飛ばしてしまっただろう。

「兄の申した通り、本当に、ただの行き違いだったんです。申し訳ありませんでした」

追及の手を休めた摩利の前で、深雪が深々と頭を下げる。こうなると下級生の美少女を役員がいじめているように見えてしまう。

「摩利。もういいじゃない。実際誰にも怪我はないんだし。自主性を重んじるのも風紀委員の仕事よ?」

真由美も比護に回った段で、摩利も尋問を諦めたようだった。

「ま、真由美が言うんじゃしょうがない。以後気を付けるように。一年E組の司波達也君か。覚えておこう」

結構です。と返しかけてこらえる。

「あと、夜科君。君には別に話があるから、また時間ができたときに」

摩利はそこまで言って、先ほどまで横にあった気配が消えていることに気づく。
紫はすでに校門近くまで歩き去っている所だった。

「やれやれ。逃げ足の速い」

「まるで猫ちゃんね」

呆れる摩利と、何故か嬉しそうな真由美。その自由な振る舞いを、どこか羨ましげに眺める達也であった。
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