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HE★VENSのお姫様は病弱なボーカル兼作曲家!

原作: その他 (原作:うたの☆プリンスさま♪) 作者: 紫苑
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彼女の過去(ナギside)

「私、病気持ちなんです。」
その言葉から始まった彼女の話は、想像を絶するものだった。彼女は生まれつき身体が弱く、小さい頃から入退院を繰り返していたという。彼女によると、「重度の喘息に似たようなもの」が主な症状で、それ以外にも虚弱体質ゆえにただの風邪で肺炎になってしまったりしていたとのことだ。退院したからといって健常者と同じように過ごせるわけではなく、自宅でも1日1回の点滴をしなければならないなど、制約も多かったそうだ。そんな状況において、彼女が生きるために必要だったのはお金だった。彼女の父親は大手企業に勤めていたが、その給料をもってしても彼女の治療費を賄いきることはできなかった。病児のための給付金なども最大限利用していたが、彼女の体調を維持するために必要な金額には足りなかったそうだ。そして、そのお金を補填するために、彼女の父親は会社のお金を使い込んだ。これが家庭を壊す原因だった。父親は逮捕され、母親はその原因が彼女にあるとして、彼女を捨てた。彼女が入院している間に行方をくらましたのだ。そのことを彼女が理解したのは、見ず知らずの女性が退院するときに迎えに来て、施設に連れていかれたときだった。彼女はそこで4年間過ごしたという。その期間で彼女はどうして自分がここに連れてこられたのか、その理由を知ってしまった。父親に犯罪をさせ、母親に捨てられた。その事実は彼女の心をひどく傷つけた。幼い彼女は自分には生きている資格がない、生きていても誰にも必要とされない、そう思ってしまっていた。そんな彼女を少しでも元気にしたいと施設の職員さんが彼女に与えたのは「歌」だった。音楽には精神を癒す効果がある。さらに歌は道具を必要としないリーズナブルな音楽だ。そんな理由で選ばれた「歌」は職員の想像を超える影響を彼女に与えた。彼女は歌にのめり込んだ。「歌」への興味はやがて「音楽」への興味に変わり、そして施設に置いてあるピアノを練習するようになり、さらには作曲にも手を出したという。音楽を始めてから、彼女は「生きていたい」と思えるようになったという。そんな彼女がレイジングエンターテインメントに所属するきっかけとなったのは、彼女に歌を与えた職員だった。その人にレイジングエンターテインメントの所属オーディションを受けてみないかと提案されたのだ。彼女はその提案を迷いもせずに受け入れたという。そのころには歌は、そして音楽は彼女にとって生きることそのものになっていた。そして、彼女は何万人という応募者の中からたった数枠しかない「正所属」を獲得した。
「・・・これが私の過去です。」
僕は何を言ったらいいのか分からなかった。それは瑛一も綺羅も同じだったようで、楽屋は静まり返った。
「そして、私の病気と虚弱体質は今でも変わっていません。」
少しの沈黙の後、彼女が言った言葉に僕たちは驚いた。この仕事はそんな病気を抱えながら出来るようなものではない。ましてここでの彼女の武器は歌だ。重度の喘息のような症状を抱えて出来るわけがない。
「その影響で私は今でもこれを手放せません。」
そう言って彼女が見せたのは、手のひらサイズのプラスチックの物体。そんなもののお世話になったことのない僕でもそれが何なのかはすぐに分かった。・・・吸引薬だ。
「じゃあライブのときも・・・?」
綺羅が珍しく口を開いてした質問に彼女は頷いた。
「そうです。あの日は元々体調がよくなかったのですが、その影響で出演前にも関わらず発作が出てしまって・・・プロ失格ですね。」
そう言って苦い顔をする彼女にさらに質問を投げたのは瑛一だった。
「スタンバイ直前で苦しそうな顔をしなくなったのはその薬のせいか?」
それに対して彼女は首を横に振った。
「こういう薬は確かに服用すると楽になります。ですが、パフォーマンスがおちるのでステージ直前には絶対に吸いません。」
「だが、あのとき・・・」
「私の体調が悪いことはファンには関係ありません。私にはどんなときでも自分の最大限のパフォーマンスができるようにする義務があります。・・・私はプロですから。」
つまり、彼女はあのフラフラな体調の中、あんなパフォーマンスを気力だけでやり遂げたということだ。瑛一は彼女の返答を聞いて一瞬驚いた顔をしたが、すぐに彼女に次の質問を投げた。
「このことは他に誰が知っている?」
「社長とマネージャー、あとは私たちのステージを担当してくださるスタッフの方です。」
彼女によるとsatelliteのステージは運営スタッフが固定されていて、彼女の体調についても把握済みだという。どおりであのときスタッフは誰も動揺していなかったわけだ。きっと止めても無駄だということを既に知っていたのだろう。

それから彼女は僕たちと15分ほど世間話をしてから、僕たちの楽屋をあとにした。
「HE★VENSに来い。お前がいれば俺たちはさらに強くなれる。」
彼女が僕たちの楽屋を去る直前、瑛一が言った言葉に彼女は少し困った顔をして、
「私にはsatelliteがありますから。・・・あ、でも仲良くしてもらえたら嬉しいです。私、HE★VENSのみなさんのパフォーマンスとても好きなので。」
と言って楽屋を出て行った。扉の閉まる音の後、たっぷり10秒ほど経ってから、
「イイッ!!この俺の誘いを断るその度胸!!」
瑛一はそう言った。僕と綺羅は視線で相談し、それを無視することに決めた。でも、だからと言って僕たちが彼女に興味がないわけではない。彼女がほしいという気持ちはライブの日より格段に大きくなっていた。
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