四話 真実を知った雨の日
「翔の母親が親としての責任を果たしてないと知ったから離婚、いや違うな。翔の親権を取ったのか……」
『実はね、薄々は知っていたみたいよ。大川家って、資産家でね、定期的に素行調査をしていたようなの。本当はもっと早くに手を打つはずだったらしいんだけど、わたしがお節介していることも知ってらして、そのときの翔くんの様子などから、もう少し様子をみようということになったらしいの。で、わたしたちが越すと話したら、そろそろ潮時かもしれないと。翔くんにとっておじさんになる人がいうにはね、自分は女性との結婚に不向きなので、翔を養子にするか、そのままにしていずれは大川の後継ぎする予定でいると。できれば成人まで母親と共にと思っていたのだが、非常に残念だと仰っていて、そこまでお考えならわたしが口出しする権利もないから。そのまま翔くんが大川の家で不自由なく暮らしていてくれたらとだけ思っていたのだけど、家出をして虐待をしていた母親のところに戻ろうとしていたなんてね。母の存在ってすごいわね』
確かにと洋は思ったが、あえて相槌は打たなかった。
そう言い切ってしまうことに抵抗があったからだ。
「じゃあ、おじさんに連絡した方がいいと思う?」
『大川の家でも捜索していると思うから、連絡した方がいいかもしれないわね。だけど、翔くんの気持ちも大事にしたいところね。そういえば、翔くんはなぜか洋にとても懐いていたわね。健気なほどに。もし洋が負担にならないなら、少し預かってもいいかとか言ってみたら?』
言われてみれば確かに懐かれていた感じはしていた。
なんというか、子犬が妙に慕ってくるような感じに。
「わかった。で、おじさんの連絡先って」
それは翔くんに聞いた方がいいと言われ、洋は受話器を置いた。
大学生は暇人のように思われがちだが、親からの負担は学費に少し色がついたくらいの額でやりくりしている洋にとっては、暇な時間はすべてバイトにあてていた。
バイトと大学の往復で終わる日々で、決して暇人というわけではない。
だからといって、ワケありの翔を放り出すこともできない。
慕ってくれているのならなおさらだ。
「しょうがない」
そう声に出し、洋は覚悟を決めた。
しかし、さっそく翌日に行動を起こすのは気が引け、一日だけ時間をおいたその次の日、意を決して翔に訪ねてみた。
「なあ、おじさんと連絡取りたい。翔のことを放りだしはしない。ただ、翔は未成年だから保護者に連絡をしなきゃいけないんだ。そのあたりは納得してほしい」
イヤだと拒まれ、そのまま飛び出して行くかもしれないと思った洋だったが、
「いいよ。洋さんがそういうなら」
と、意外あっさりと実家の連絡先を教えてくれた。
洋が連絡をすると、電話口に出たおじさんは安堵したようなため息を吐く。
やはり心配していたらしい。
さらに直接会えないだろうかと提案すると、こちらもあっさりと承諾、その日の晩、翔と三人で会うことになった。
「はじめまして……でいいんでしょうか」
実は顔くらいは少し見覚えがあるものの、挨拶を交わした記憶はない。
「そうですね、はじめまして、でいいでしょう。あなたのお母さんにはとてもお世話になっておきながら、今度は息子のあなたにまで」
「いいえ。僕はなぜ翔くんに懐かれているのかがよくわからなくて。正直、邪険にしたこともあるくらいなのに」
「あれの母親には酷い仕打ちをされ続けたというのに、あれの方がいいだなんて。あなたにもそういう心理のようなものがあるのでは? あ……いや、それはあまりにも失礼な物言いですね。きっと翔にとって邪険だとは思っていないのでしょう。自分の中で必要以上に懐いてしまったことがいけないのだと思ったのかもしれません。人は酷いことをされても優しかった頃のことを思い出すとそれが嬉しくて酷くされたことへの恐怖心などが欠落してしまうそうです」
おじさんは親権を得るために裁判所に提出する際、そういった事例などを集めたり、翔を精神科に診察させたりしたのだと経緯を話してくれた。
「あれの母も裁判所の判決に意を唱えることはしませんでした。翔を大川の家で育てる代わりに生涯困らない額が手にできる。それの方が魅力的だったのかもしれません。裁判中はいろいろ揉めたのですが。翔が母親とあったのは、判決が出た日の夜です。それから病院でいろいろ治療しまして、社会に出ても大丈夫となりましたので、大川の家に連れ戻ったら」
翔が家を出たのは退院して半月ほどだったという。
「あの、こういうことをいうのは失礼だとは思うのですが、しばらく、僕が翔くんを預かってもいいでしょうか?」
「きみが? お母上も同居ですか?」
「いえ。母は父の赴任先行ったきりです。僕はひとり暮らしをしていて、日中は大学、夕方はバイトです」
「それだと翔がいたら負担にしかならないのでは?」
「かもしれません。でも、翔が僕を頼ってくれるというなら、少しだけでもいいので気持ちを尊重したいです」
「そう言っていただけるのは助かります。では、しばらく大川の家で同居はどうでしょうか?」
「は?」
「無駄に広い家でしてね。今はわたしと数人の使用人くらいしかいません」
「あ、いや……たぶん、その方がいいのかもしれませんが、翔としては大川の家が……」
とまでいいかけて、口を閉ざす。
大川の家がイヤなのでは? と言ってしまったら、相手に失礼すぎると思ったからだ。
「いいえ、まさにその通りです。それではしばらくお願いいたします。ただし、定期的に連絡をください。毎日でなくていいです。週に一度。こちらのアドレスに」
こうして互いに連絡先を交換、保護者公認で洋は翔と同居生活をはじめることになった。
『実はね、薄々は知っていたみたいよ。大川家って、資産家でね、定期的に素行調査をしていたようなの。本当はもっと早くに手を打つはずだったらしいんだけど、わたしがお節介していることも知ってらして、そのときの翔くんの様子などから、もう少し様子をみようということになったらしいの。で、わたしたちが越すと話したら、そろそろ潮時かもしれないと。翔くんにとっておじさんになる人がいうにはね、自分は女性との結婚に不向きなので、翔を養子にするか、そのままにしていずれは大川の後継ぎする予定でいると。できれば成人まで母親と共にと思っていたのだが、非常に残念だと仰っていて、そこまでお考えならわたしが口出しする権利もないから。そのまま翔くんが大川の家で不自由なく暮らしていてくれたらとだけ思っていたのだけど、家出をして虐待をしていた母親のところに戻ろうとしていたなんてね。母の存在ってすごいわね』
確かにと洋は思ったが、あえて相槌は打たなかった。
そう言い切ってしまうことに抵抗があったからだ。
「じゃあ、おじさんに連絡した方がいいと思う?」
『大川の家でも捜索していると思うから、連絡した方がいいかもしれないわね。だけど、翔くんの気持ちも大事にしたいところね。そういえば、翔くんはなぜか洋にとても懐いていたわね。健気なほどに。もし洋が負担にならないなら、少し預かってもいいかとか言ってみたら?』
言われてみれば確かに懐かれていた感じはしていた。
なんというか、子犬が妙に慕ってくるような感じに。
「わかった。で、おじさんの連絡先って」
それは翔くんに聞いた方がいいと言われ、洋は受話器を置いた。
大学生は暇人のように思われがちだが、親からの負担は学費に少し色がついたくらいの額でやりくりしている洋にとっては、暇な時間はすべてバイトにあてていた。
バイトと大学の往復で終わる日々で、決して暇人というわけではない。
だからといって、ワケありの翔を放り出すこともできない。
慕ってくれているのならなおさらだ。
「しょうがない」
そう声に出し、洋は覚悟を決めた。
しかし、さっそく翌日に行動を起こすのは気が引け、一日だけ時間をおいたその次の日、意を決して翔に訪ねてみた。
「なあ、おじさんと連絡取りたい。翔のことを放りだしはしない。ただ、翔は未成年だから保護者に連絡をしなきゃいけないんだ。そのあたりは納得してほしい」
イヤだと拒まれ、そのまま飛び出して行くかもしれないと思った洋だったが、
「いいよ。洋さんがそういうなら」
と、意外あっさりと実家の連絡先を教えてくれた。
洋が連絡をすると、電話口に出たおじさんは安堵したようなため息を吐く。
やはり心配していたらしい。
さらに直接会えないだろうかと提案すると、こちらもあっさりと承諾、その日の晩、翔と三人で会うことになった。
「はじめまして……でいいんでしょうか」
実は顔くらいは少し見覚えがあるものの、挨拶を交わした記憶はない。
「そうですね、はじめまして、でいいでしょう。あなたのお母さんにはとてもお世話になっておきながら、今度は息子のあなたにまで」
「いいえ。僕はなぜ翔くんに懐かれているのかがよくわからなくて。正直、邪険にしたこともあるくらいなのに」
「あれの母親には酷い仕打ちをされ続けたというのに、あれの方がいいだなんて。あなたにもそういう心理のようなものがあるのでは? あ……いや、それはあまりにも失礼な物言いですね。きっと翔にとって邪険だとは思っていないのでしょう。自分の中で必要以上に懐いてしまったことがいけないのだと思ったのかもしれません。人は酷いことをされても優しかった頃のことを思い出すとそれが嬉しくて酷くされたことへの恐怖心などが欠落してしまうそうです」
おじさんは親権を得るために裁判所に提出する際、そういった事例などを集めたり、翔を精神科に診察させたりしたのだと経緯を話してくれた。
「あれの母も裁判所の判決に意を唱えることはしませんでした。翔を大川の家で育てる代わりに生涯困らない額が手にできる。それの方が魅力的だったのかもしれません。裁判中はいろいろ揉めたのですが。翔が母親とあったのは、判決が出た日の夜です。それから病院でいろいろ治療しまして、社会に出ても大丈夫となりましたので、大川の家に連れ戻ったら」
翔が家を出たのは退院して半月ほどだったという。
「あの、こういうことをいうのは失礼だとは思うのですが、しばらく、僕が翔くんを預かってもいいでしょうか?」
「きみが? お母上も同居ですか?」
「いえ。母は父の赴任先行ったきりです。僕はひとり暮らしをしていて、日中は大学、夕方はバイトです」
「それだと翔がいたら負担にしかならないのでは?」
「かもしれません。でも、翔が僕を頼ってくれるというなら、少しだけでもいいので気持ちを尊重したいです」
「そう言っていただけるのは助かります。では、しばらく大川の家で同居はどうでしょうか?」
「は?」
「無駄に広い家でしてね。今はわたしと数人の使用人くらいしかいません」
「あ、いや……たぶん、その方がいいのかもしれませんが、翔としては大川の家が……」
とまでいいかけて、口を閉ざす。
大川の家がイヤなのでは? と言ってしまったら、相手に失礼すぎると思ったからだ。
「いいえ、まさにその通りです。それではしばらくお願いいたします。ただし、定期的に連絡をください。毎日でなくていいです。週に一度。こちらのアドレスに」
こうして互いに連絡先を交換、保護者公認で洋は翔と同居生活をはじめることになった。
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