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雨が降ったら家においで

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 十五穀米
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三話 雨の記憶

 隣人の異変が気になりだしたのは、突然の雷雨の夏の日だったらしい。

 雨なのに干しっぱなしの洗濯、郵便受けにたまっていく新聞や郵便物、そして時折鳴り続ける電話。

 人の気配がないわけではない。

 誰かが部屋の中にいる感じはあるのに、生活をしている感じがまったくないのだ。

 世間では俗言う夏休み時期で、もしかしたら旅行中の家に空き巣かも……と思ったこともあったが、洗濯を干したまま旅行に行くだろうか。

 洋の母は気になってすれ違った住人に尋ねてみることにした。

 すると、

「ああ、大川さんとこね。あそこはちょっと問題があってね。たぶん、翔くんが置いてけぼりにされてるんじゃないかしら。なにか気になることがあったら児童相談所に連絡してみて」

 という。

 児童相談所に連絡とはただごとではない。

 しかも、はじめてのことではないらしい。

 洋の母はすぐ連絡を入れると相談所の人がすぐやってきて翔を保護した。

 隣人が変だと気づくと、マンションの住人たちの噂話にも敏感になる。

 どうやら母親が育児放棄、もしくは日常的な虐待をしているというのだ。

 育児を放棄して家を出ても母親は数日後には戻ってくる。

 戻ってくると単身赴任中の夫が帰宅して数日間は家族らしい振る舞いをするが、夫がまた赴任先に戻ると虐待と放棄が始まる。

 つまり、夫の前では良き妻良き母を演じるが、その反動が夫の留守中に爆発する。

 自身でもわかっているのだろう、虐待をしてはいけないとわかりつつもやってしまう、だから次にくるのは放棄という行動。

 しかし放棄しても死なれては困る、また夫に異変を気づかれたくない、だから数日感覚で戻っては様子を確認してまた放棄する。

 見かねた洋の母が食事の世話をしたりしはじめたのは、その翌年、正月をかなり過ぎた一月の中旬頃だった。

 降り出した雨が雪に変わるくらい寒い日のこと、着の身着のままの翔が自分の家の前に座り込んでいた。

 どうしたのと聞くと、自分がダメな子だからお母さんに出されてしまったのだという。

 チャイムを鳴らしても出てこない。

 すると母親は出て行ってしまったというのだ。

 いつ帰ってくるかわからない、帰ってくるまでこうしているのがダメな子への罰なのだという。

『それでもう見かねてしまってね。でも一応、親には了解とっておこうかと思って、翔くんのお母さんが戻った時に説明しておいたの。そしたら、夫には言わないでほしい。言わないでいてくれたら翔を好きにしてもいいっていうのよ』

「なんとなく思い出してきた。春休みはずっとうちにいて、聞けば学校にも行っていないっていうから、僕が勉強見始めたんだよな」

『そうそう。その年の春に翔くんが中学になって、洋は受験の学年になって、夏頃から少し距離ができたのよね。翔くん、洋が相手をしている期間は学校にも行っていたし、雰囲気も明るかったわね。お母さん、翔くんが洋の弟ならよかったのにって何度も思ったのよ。それでね、お父さんに相談したの。もし大川さんのところが翔くんを育てるのになにか問題があることなら、養子縁組みを検討してみないかって』

「え? そんなことがあったの? でもならなかったってことはしなかったんでしょ?」

『うん、そう。でもね、放っておくことができなくて、旦那様が戻ってこられない間は協力させてほしいとお願いをしたの。最初は渋られたけれど、児童相談所に連絡いれられてしまうと自分も夫に小言を言われるので週末だけお願いしたいってなって』

「ちゃんと相手の了解をもらってたんだな。僕はてっきりお母さんのお節介だと」

『ちょっと、なによその言い方。たしかにお節介だけど。なにかありそうで児童相談所に連絡をいれるのって、とてもイヤなものなのよ。だったらお節介した方がいいわ。でもね、いい方に向かっていると思っていてもなかなかそうならないのが世の中よね。あなたの独立をきっかけに越すことにしたでしょう? 翔くんのことだけが気がかりで。それで住人から聞いたとは言わないでほしいと念を押して大川さんの旦那様にすべてを打ち明けたの。そしたらね、翔くんはね』

 よく喋る母親の言葉がとぎれる。

 歯切れも悪く、とても言いにくそう。

 洋は急かすことなく相手が言う決意を決めるのを待つことにした。

 どれくらい待っただろうか。

 大きなため息とともに母の口から出た言葉は、

『翔くん、妻の連れ子なんですっていうのよ』

「え?」

『といっても、旦那様と血縁がないってわけじゃなくてね、翔は亡くなった弟の子供の頃にそっくりで……って。翔くんのお母さんは未婚のまま翔くんを産んでいたのよ。婚約中に相手の方が亡くなられてね、妊娠を知ったのはその後だったらしいの。大川さんはね、堕胎して新たな人生を歩んだとしてもあなたを責めないといったそうよ。でもね、愛しい人の子を堕胎なんてできないといって、産んだの。大川家としては翔くんが成人するまでの養育費等の面倒も見るっていってね……その、ご夫婦なんだけど、法律的にはその……』

「家族じゃなく、同居ってこと? おじさんは定期的に翔の様子を見てお金を渡していただけってことだね」

『まあ、そういうことなのよ』
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