九章 いわくつきの宝石
黒ダイヤが盗まれたという情報は瞬く間に国中に広がるが、取り返せと主張する者はいなかった。
むしろいわくつきの宝石が国外に出たことに安堵する意見が多い。
また黒ダイヤを手に入れた先々代国王を疫病神呼ばわりする者も出てきた。
ダジュールにとってはどんな王であっても祖父には違いない。
心を痛めているであろうと思ったのだが……
「好都合だ。これで黒幕も行動を起こすだろう」
「どういうこと?」
黒ダイヤが盗まれてから数日後、クラウディアはダジュールからの誘いで王宮敷地内にある別邸で逢瀬をするようになっていた。
周りにはそのように見せる必要があるからなのだが、当人たちにとっては逢瀬は建前である。
そんな中、黒幕存在の発言が出たところでクラウディアが聞き返したのだ。
「祖父を支持していた者は今でも政治に関わっている。当事者であったり、その子孫であったり。こういうものだと育てられてきた者たちだ、自分たちの考えが偏っているとは思っていない。だから衝突が絶えない。そしてなにより、しっぽを掴ませない狡猾なところがある」
「ダジュールは、そういうところもどうにかしたい考えなの?」
「できれば祖父の息がかかっていた連中は排除したい。戦争なんてやらないほうがいい。それを推奨するような連中は、これからの政治に不必要だ。もっとクリーンな王室、親しみやすい王室を目指したい。なにより、俺自身がもっと自由に外に出たいんだよ。国のことを知るには実際、この目でみた方がいい。人づてでは意味がない」
「意外と真面目で熱心なのね」
「……っう、そういうことを言うな」
「恥ずかしがらないの。いいことだと思う」
「……そうか。アーノルドは理想論だと言っていた」
「うん、それもわかる。でも、理想を持たない政治はしちゃダメな気がする」
「ああ、そうだな。そう思ってくれるおまえと出会えてよかったよ。例の件、そろそろ次に進めたい。話を統一したい」
「……わかった。期間限定の妻の件ね」
「そうだ。近いうち、側近たちと面通しをしてもらう。おまえの後ろ盾には、父のいとこ夫婦がしてくれる手はずになっている。彼らのことは信用してくれていい。もしかしたら俺以上に父の死に疑問を持っている人たちだから」
※※※
先代王のいとこご夫婦はとても親切ですぐにクラウディアと信頼関係を気づくことができた。
クラウディアの素性を知り、さらにダジュールのしようとしていることを全面的にバックアップしている。
いとこは学者気質の方だったが、奥方は元軍人であったためか、サバサバとしていた。
それでいて女性らしいところもあり、クラウディアから見れば理想の女性像だった。
綺麗で強くて優しくて頼りがいがあって……
そんなご夫婦の手によって、クラウディアは本来あるべき姿に造られていく。
飲み込みが早いのも、そこにいるだけで存在感があるのも、持って生まれた王室の人間そのもの。
「クラウディア、おまえ、本当の姫だよ。いつか戻れるといいな。いや、俺の件が片づいたらカルミラ国奪還に力を貸す。約束する」
彼はそういうが、クラウディアにはまだピンとこないところがあった。
祖国が戻るのはうれしいが、その国の姫でいる必要はないとも思う。
仮に姫となったとしても、国が姫の存在を求めるとは限らない。
「もう気が早すぎ」
いいながらじゃれ合うふたりの間に利害関係があるとは、端からはわからないほど、ふたりの関係は親密に見えていた。
「結婚の日取りですが」
いとこ夫婦とダジュール、そしてクラウディアが雑談をしているところに、気むずかしそうな顔をしたアーノルドが姿を見せる。
ここ数日、クラウディアが来ていると政務をさぼってしまうダジュールにそろそろ我慢の限界になりつつあるからだろう。
「なんだ、そんな話をするためにきたのか?」
「そんな話とはなんです? 思惑はどうであれ、国をあげての式ですので、国王としては一大事です。そこで、ダジュール王即位記念の日に式をあげてしまうのはどうでしょうかと、ご提案したくてお伺いにきました」
「いいんじゃないか? どうせ期間限定の夫婦だ。あえて記念日を作るのは忍びない」
「賛同いたします。その点はご意見が同じでよかったです。お披露目も晩餐で行うでよろしいですね」
「ああ、任せた」
「クラウディア様のお部屋の件ですが」
「クラウディアと話し合え。好きにしていい」
「それと王、一番重要なことを王の口からクラウディア様にお伝えしてくださいね」
「ん? ああ、わかっている。頃合いをみて話す。話はそれだけか?」
「できましたらすぐ執務室にお戻りください。先々代派のじじ様方がお見えです」
「……! なんだって? おまえ、それを先に言え!」
そう言うと誰よりも早く椅子から立ち上がり部屋を出ていく。
アーノルドは一礼をしてその後を追った。
残されたクラウディアは聞きたいことを聞きそびれてしまい
「あの、一番重要なこととは?」
と訪ねたが、それは夫となる王の口から聞いた方がいいと教えてはもらえなかった。
それから式当日まで、ダジュールは政務や根回しに翻弄し、クラウディアもまたしきたりなどを覚えたりすることでふたりが顔を合わすことはなかった。
王の口から聞いた方がいいと言われていた重要なことの確認が出来ないまま、国をあげての結婚式が執り行われたのだった。
それはもう、国中の民が祝福しての大賑わい。
これが国のための結婚であったり相思相愛での結婚であればよいのだが、そうではない。
その後ろめたさがあり、クラウディアは心からその祝福を受け入れることはできなかった。
むしろいわくつきの宝石が国外に出たことに安堵する意見が多い。
また黒ダイヤを手に入れた先々代国王を疫病神呼ばわりする者も出てきた。
ダジュールにとってはどんな王であっても祖父には違いない。
心を痛めているであろうと思ったのだが……
「好都合だ。これで黒幕も行動を起こすだろう」
「どういうこと?」
黒ダイヤが盗まれてから数日後、クラウディアはダジュールからの誘いで王宮敷地内にある別邸で逢瀬をするようになっていた。
周りにはそのように見せる必要があるからなのだが、当人たちにとっては逢瀬は建前である。
そんな中、黒幕存在の発言が出たところでクラウディアが聞き返したのだ。
「祖父を支持していた者は今でも政治に関わっている。当事者であったり、その子孫であったり。こういうものだと育てられてきた者たちだ、自分たちの考えが偏っているとは思っていない。だから衝突が絶えない。そしてなにより、しっぽを掴ませない狡猾なところがある」
「ダジュールは、そういうところもどうにかしたい考えなの?」
「できれば祖父の息がかかっていた連中は排除したい。戦争なんてやらないほうがいい。それを推奨するような連中は、これからの政治に不必要だ。もっとクリーンな王室、親しみやすい王室を目指したい。なにより、俺自身がもっと自由に外に出たいんだよ。国のことを知るには実際、この目でみた方がいい。人づてでは意味がない」
「意外と真面目で熱心なのね」
「……っう、そういうことを言うな」
「恥ずかしがらないの。いいことだと思う」
「……そうか。アーノルドは理想論だと言っていた」
「うん、それもわかる。でも、理想を持たない政治はしちゃダメな気がする」
「ああ、そうだな。そう思ってくれるおまえと出会えてよかったよ。例の件、そろそろ次に進めたい。話を統一したい」
「……わかった。期間限定の妻の件ね」
「そうだ。近いうち、側近たちと面通しをしてもらう。おまえの後ろ盾には、父のいとこ夫婦がしてくれる手はずになっている。彼らのことは信用してくれていい。もしかしたら俺以上に父の死に疑問を持っている人たちだから」
※※※
先代王のいとこご夫婦はとても親切ですぐにクラウディアと信頼関係を気づくことができた。
クラウディアの素性を知り、さらにダジュールのしようとしていることを全面的にバックアップしている。
いとこは学者気質の方だったが、奥方は元軍人であったためか、サバサバとしていた。
それでいて女性らしいところもあり、クラウディアから見れば理想の女性像だった。
綺麗で強くて優しくて頼りがいがあって……
そんなご夫婦の手によって、クラウディアは本来あるべき姿に造られていく。
飲み込みが早いのも、そこにいるだけで存在感があるのも、持って生まれた王室の人間そのもの。
「クラウディア、おまえ、本当の姫だよ。いつか戻れるといいな。いや、俺の件が片づいたらカルミラ国奪還に力を貸す。約束する」
彼はそういうが、クラウディアにはまだピンとこないところがあった。
祖国が戻るのはうれしいが、その国の姫でいる必要はないとも思う。
仮に姫となったとしても、国が姫の存在を求めるとは限らない。
「もう気が早すぎ」
いいながらじゃれ合うふたりの間に利害関係があるとは、端からはわからないほど、ふたりの関係は親密に見えていた。
「結婚の日取りですが」
いとこ夫婦とダジュール、そしてクラウディアが雑談をしているところに、気むずかしそうな顔をしたアーノルドが姿を見せる。
ここ数日、クラウディアが来ていると政務をさぼってしまうダジュールにそろそろ我慢の限界になりつつあるからだろう。
「なんだ、そんな話をするためにきたのか?」
「そんな話とはなんです? 思惑はどうであれ、国をあげての式ですので、国王としては一大事です。そこで、ダジュール王即位記念の日に式をあげてしまうのはどうでしょうかと、ご提案したくてお伺いにきました」
「いいんじゃないか? どうせ期間限定の夫婦だ。あえて記念日を作るのは忍びない」
「賛同いたします。その点はご意見が同じでよかったです。お披露目も晩餐で行うでよろしいですね」
「ああ、任せた」
「クラウディア様のお部屋の件ですが」
「クラウディアと話し合え。好きにしていい」
「それと王、一番重要なことを王の口からクラウディア様にお伝えしてくださいね」
「ん? ああ、わかっている。頃合いをみて話す。話はそれだけか?」
「できましたらすぐ執務室にお戻りください。先々代派のじじ様方がお見えです」
「……! なんだって? おまえ、それを先に言え!」
そう言うと誰よりも早く椅子から立ち上がり部屋を出ていく。
アーノルドは一礼をしてその後を追った。
残されたクラウディアは聞きたいことを聞きそびれてしまい
「あの、一番重要なこととは?」
と訪ねたが、それは夫となる王の口から聞いた方がいいと教えてはもらえなかった。
それから式当日まで、ダジュールは政務や根回しに翻弄し、クラウディアもまたしきたりなどを覚えたりすることでふたりが顔を合わすことはなかった。
王の口から聞いた方がいいと言われていた重要なことの確認が出来ないまま、国をあげての結婚式が執り行われたのだった。
それはもう、国中の民が祝福しての大賑わい。
これが国のための結婚であったり相思相愛での結婚であればよいのだが、そうではない。
その後ろめたさがあり、クラウディアは心からその祝福を受け入れることはできなかった。
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。