十章 初夜
「そんな大事なこと、今更言わないで!」
つい数刻前まで笑顔で対応していたクラウディアの顔から笑顔が消え、怒りと羞恥に満ちた顔をありありと見せている。
「わざと言わなかったわけじゃない。失念していただけだ。それに、手を出さないという約束はしていない」
「そんなの屁理屈だわ。横暴よ」
「なんでそうムキになる?」
「あ、あなたね。女心ってものをまったくわかっていないわ。初夜を公開するなんて、時代錯誤もいいところだわ。見せ物になるのは嫌。絶対に嫌」
アーノルドに言われていた重要なことをダジュールは初夜数分前まで言わずにいたのだった。
利害一致での結婚、ふたりの間に愛情はない。
政略であれば当然ともいえるが、政略結婚にも意味があり、妻となった者には跡継ぎを残すという使命がある。
それを果たせば恋愛は自由とする風潮が貴族の中に残ってはいる。
だからふたりがどんな思惑で結婚に至ったかはどうでもいいのだ。
とりあえず国の為に王族の子孫を残すための行為はしましたよと公開すけばいい。
王族や貴族出身ならそれも当たり前なのかもしれないが、そんな世界とはほど遠い地位で暮らしてきたクラウディアにとってはありえない風習なのだ。
夫婦間の営みをみんなの前で公開など!
その昔は、妻が処女であることを証明するために公開をしていた時代もあったらしい。
つまり、夫以外の子を宿して嫁いではいないと証明するためだ。
女性差別もここまでくると差別以下に思えてくる。
「実際は布団の中でいちゃついているだけだ。裸体を見せるわけじゃない。おまえは俺の腕の中で感じているだけでいい。演技くらいはできるだろう?」
「布団の中でやっているフリじゃダメなの?」
「後でシーツを調べられる。フリだったのかそうでなかったのか、バレる」
「……そんな……」
「ほかに惚れてる男でもいるのか?」
「い、いないわよ」
「だったら、一回だけでいい。あとはおまえに触れたりはしない」
「そんなこと言われても。先延ばしではダメなの?」
「できない。もうすでに周りには人が集まっている」
「え?」
「この部屋はな、カーテンを開ければマジックミラーになっていて、部屋の中を見ることができる。俺たちは見ている人が誰なのかはわからない。ただ、自分たちの姿が鏡に映るだけのことだ」
「そんな……」
「どうしても嫌だというなら、顔を隠していてもいい」
「顔を隠しても相手はわたしってわかっていることじゃない」
「そうだが……声も見ている人には聞こえない。最中、俺のことを罵ってくれていい」
クラウディアの葛藤は続く。
ダジュールもわざと言わなかったわけではないことを知っている。
当日まで顔を合わすことがなかったのだから、どのタイミングで言ってほしかったのか、自分にもわからない。
どちらかが折れない限りこの口論は平行線が続くだけ。
ダジュールが折れるとは思えない。
「……わかった。今夜限りでって約束して」
「……ありがとう、助かる。大事にする。おまえをキズつけはしない」
「あのね、行為をする時点でキズものになるのよ、わたし」
「……悪い。その、もしこの先、貰い手がなかったら俺が生涯責任を持つから」
※※※
先にベッドに入ったのはクラウディアだった。
一糸まとわぬ姿でいることを羞恥とはあまり思わない。
旅をしていた頃は綺麗な川や湖で水浴びをしたこともある。
養父とふたりだけであったこともあり、裸体を見せることの恥ずかしさというところが欠けているのだろう。
しかし、男女がする行為となると話は別である。
ガウンを脱ぎ捨てたダジュールがベッドにあがると、今までおろされていたカーテンが一気に開く。
本当に鏡張りの壁に覆われている。
その先にこれからの行為を見ている人がいるのだ。
おぞましいとさう思うクラウディアは、ギュッと目を閉じた。
「それでいい。あとは俺に任せておけ」
ダジュールの体が覆い被さると人の重みと暖かさが伝わり、さらに彼の鼓動が聞こえてくる。
ドクドクととても早い鼓動。
「緊張、しているの?」
「当たり前だろう。俺だって見られてするのが好きなわけじゃない。それに、へたくそと思われたくない。なぜだろうな、おまえに嫌われたくないって気持ちがわいてくる」
嫌われたくないは好かれたいということだろうか。
自分と同じドクドクと早い鼓動のダジュールは敵ではなく味方なのだと思えると、クラウディアの腕が彼の首に絡んできた。
「じゃあ、大切にして。お願い」
「ああ、わかっている。最初で最後だから、じっくり時間かけて大切にする」
耳元でダジュールの声がすると、チクリとした感覚が耳たぶにした。
ふぅ~と息をかけられたくすぐったさが増すと、不思議と緊張が薄らいでいくような気がしてくる。
瞼を開けると目に飛び込んできたのはダジュールの顔。
余裕のない熱っぽい顔をしている。
その顔がさらに近づくと、唇がわずかに触れる。
かいつばむようなキスを繰り返された後、深く強く重なり、息をするのを忘れてしまう。
苦しいと思うとそれを読みとっているかのように重なる唇の角度がかわり、その隙間から息を吸い込むことができた。
つい数刻前まで笑顔で対応していたクラウディアの顔から笑顔が消え、怒りと羞恥に満ちた顔をありありと見せている。
「わざと言わなかったわけじゃない。失念していただけだ。それに、手を出さないという約束はしていない」
「そんなの屁理屈だわ。横暴よ」
「なんでそうムキになる?」
「あ、あなたね。女心ってものをまったくわかっていないわ。初夜を公開するなんて、時代錯誤もいいところだわ。見せ物になるのは嫌。絶対に嫌」
アーノルドに言われていた重要なことをダジュールは初夜数分前まで言わずにいたのだった。
利害一致での結婚、ふたりの間に愛情はない。
政略であれば当然ともいえるが、政略結婚にも意味があり、妻となった者には跡継ぎを残すという使命がある。
それを果たせば恋愛は自由とする風潮が貴族の中に残ってはいる。
だからふたりがどんな思惑で結婚に至ったかはどうでもいいのだ。
とりあえず国の為に王族の子孫を残すための行為はしましたよと公開すけばいい。
王族や貴族出身ならそれも当たり前なのかもしれないが、そんな世界とはほど遠い地位で暮らしてきたクラウディアにとってはありえない風習なのだ。
夫婦間の営みをみんなの前で公開など!
その昔は、妻が処女であることを証明するために公開をしていた時代もあったらしい。
つまり、夫以外の子を宿して嫁いではいないと証明するためだ。
女性差別もここまでくると差別以下に思えてくる。
「実際は布団の中でいちゃついているだけだ。裸体を見せるわけじゃない。おまえは俺の腕の中で感じているだけでいい。演技くらいはできるだろう?」
「布団の中でやっているフリじゃダメなの?」
「後でシーツを調べられる。フリだったのかそうでなかったのか、バレる」
「……そんな……」
「ほかに惚れてる男でもいるのか?」
「い、いないわよ」
「だったら、一回だけでいい。あとはおまえに触れたりはしない」
「そんなこと言われても。先延ばしではダメなの?」
「できない。もうすでに周りには人が集まっている」
「え?」
「この部屋はな、カーテンを開ければマジックミラーになっていて、部屋の中を見ることができる。俺たちは見ている人が誰なのかはわからない。ただ、自分たちの姿が鏡に映るだけのことだ」
「そんな……」
「どうしても嫌だというなら、顔を隠していてもいい」
「顔を隠しても相手はわたしってわかっていることじゃない」
「そうだが……声も見ている人には聞こえない。最中、俺のことを罵ってくれていい」
クラウディアの葛藤は続く。
ダジュールもわざと言わなかったわけではないことを知っている。
当日まで顔を合わすことがなかったのだから、どのタイミングで言ってほしかったのか、自分にもわからない。
どちらかが折れない限りこの口論は平行線が続くだけ。
ダジュールが折れるとは思えない。
「……わかった。今夜限りでって約束して」
「……ありがとう、助かる。大事にする。おまえをキズつけはしない」
「あのね、行為をする時点でキズものになるのよ、わたし」
「……悪い。その、もしこの先、貰い手がなかったら俺が生涯責任を持つから」
※※※
先にベッドに入ったのはクラウディアだった。
一糸まとわぬ姿でいることを羞恥とはあまり思わない。
旅をしていた頃は綺麗な川や湖で水浴びをしたこともある。
養父とふたりだけであったこともあり、裸体を見せることの恥ずかしさというところが欠けているのだろう。
しかし、男女がする行為となると話は別である。
ガウンを脱ぎ捨てたダジュールがベッドにあがると、今までおろされていたカーテンが一気に開く。
本当に鏡張りの壁に覆われている。
その先にこれからの行為を見ている人がいるのだ。
おぞましいとさう思うクラウディアは、ギュッと目を閉じた。
「それでいい。あとは俺に任せておけ」
ダジュールの体が覆い被さると人の重みと暖かさが伝わり、さらに彼の鼓動が聞こえてくる。
ドクドクととても早い鼓動。
「緊張、しているの?」
「当たり前だろう。俺だって見られてするのが好きなわけじゃない。それに、へたくそと思われたくない。なぜだろうな、おまえに嫌われたくないって気持ちがわいてくる」
嫌われたくないは好かれたいということだろうか。
自分と同じドクドクと早い鼓動のダジュールは敵ではなく味方なのだと思えると、クラウディアの腕が彼の首に絡んできた。
「じゃあ、大切にして。お願い」
「ああ、わかっている。最初で最後だから、じっくり時間かけて大切にする」
耳元でダジュールの声がすると、チクリとした感覚が耳たぶにした。
ふぅ~と息をかけられたくすぐったさが増すと、不思議と緊張が薄らいでいくような気がしてくる。
瞼を開けると目に飛び込んできたのはダジュールの顔。
余裕のない熱っぽい顔をしている。
その顔がさらに近づくと、唇がわずかに触れる。
かいつばむようなキスを繰り返された後、深く強く重なり、息をするのを忘れてしまう。
苦しいと思うとそれを読みとっているかのように重なる唇の角度がかわり、その隙間から息を吸い込むことができた。
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