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終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第26話

「いや。……じつは別に、……目的地なんてないんだ」
 自分の無計画さをさらすようで、ちょっとどもる。
 そんなわたしのふがいない様子――身なりや行き倒れていたことなどふがいないことだらけだが――を見ても、嫌な顔ひとつせず明るくうなずいた。
「そうなんですか。同じですねっ」
 気落ちしそうになっているわたしを励ますように、弾む声と明るい笑顔を向けてくる。
「あ、ああ。……そうなんだ」
 ぶっきらぼうで、なんともひどい返事。
 余談だが、この終末騒動以降、恋人をもつ者が激増していた。この恐怖を誰かとわかちあって少しでも安心したいという心理的な欲求から。他にも、単純に男手があったほうがこの公共機関がろくに使えない世界では有効と考えた身体的な原因からなど。
 理由はともかく、ナンパの成功率は、日本はもちろん、おそらく世界中で人類の歴史始まって以来の高い確率を示していることだろう。
 それなのに、わたしはろくすっぽ話せなかった。
 というか、わたしは若い女は苦手だ。
 若いといっても女子大生以上ならいい。
 ただ……女子高生、女子中学生となると……わたしは、わたしをいじめて学校から追いだした生徒達の顔がどうしてもちらつき、気が休まらないし、とても恋愛対象などとして見ることはできなかった。
 女子高生とふたりきり。
 人によってはうらやむかも知れないが、わたしは……正直微妙な居心地の悪さを感じていた。
「お腹、すいてませんか?」
 顔を突きだすようにして、うわ目づかいで見てくる彼女。
「あ、ああ……まあ、うん」
 なんでこの子は妙なポーズばかり取るのだろうか?
 制服の胸元が微妙に開き、谷間がのぞいた。わずかだが。
 顔もかわいいが、こうしてみるとスタイルも悪くない。胸が揺れるのさえわかったのだ。
 最初は中学生くらいかと思ったが、それは身長だけのようだ。
 わたしと彼女は並んで堤防に腰かけた。
 黒い学生鞄は、わたしと彼女のあいだ。
 なんだか、ちょっと残念なような、ほっとしたような微妙な気分。
 口の開いた鞄の中に、彼女は手を突っこみ、あれこれと物色する。
「パンもいろろありますしー、お腹の膨れそうなお菓子もありますよ?」
 ピクニックでバスケットを開けるように楽しげ。
 のぞくと、カレーパンやクリームパンやアンパンなどが入っている。中には賞味期限が多少すぎている物もあったが、いまの世界では贅沢はいっていられない。缶切りなしで開けられる缶詰も、鞄の底でごろごろと金属の光沢を見せている。
 わたしは結局、最初に目についたカレーパン、クリームパン、アンパンを頂くことにした。
「パンが好きなんですね」
 笑顔でそういう彼女から、わたしはちょっと目をそらす。
 じつは、わたしには好き嫌いがない。
 それは小学校の給食でいわれるように、いい意味での、好き嫌いがない、という意味ではない。
 好きな食べ物がないのだ。子供の頃からずっと。
 たとえば家族でレストランに行ったとする。そうすると、わたしだけがいつまでもぐずぐずと決められずにいる。父か母が見かねて「○○にしなさい! ね?」といわれると、わたしはうなずく。
 わたしは、どうも物事を決めるのが非常に苦手な人間らしかった。
 それが好き嫌いがないせいだということ、より正確には、嫌いなものがないのではなく、好きなものがないのだということに、うっすら気づき始めたのは、幸か不幸か終末宗教にハマったときだった。はて? わたしはいったいどういう宗教がいいのか? 宗派ごとに掲げているおおざっぱな目標の中からさえ選べなかった。自己犠牲も選民思想も世界平和も、どれもこれも、わたしには嫌いではなかった。同時に、好きでもなかった。
 さすがに、自分のこの迷うくせはまずいと気づいた中学高校時代からは、とりあえず最初に目についたものを選ぶことにした。メニューにしろ、部活にしろ。どうせわたしにとっては大差ない。好きでも嫌いでもない。
 一番楽だったのは受験。どこを受けるべきか、親と教師が相談して決めてくれた。そして中学で国語を教えるようになったのも、その流れの中で決められたものだったからだ。
 多くの人はレールの上を走るような人生を、自己主張のないつまらない生き方という。
 だが、わたしは違う。
 レールの上しか走れないのだ。
 すべての人が、自動車なわけではない。
 中にはレールの上しか走れない電車のような人間もいる。

 そんなわたしだからこそ、レールの上を、なぜか、完走できなかったあの教師生活が、心残り――いや、わたしのレールを走るという存在意義、〝続ける〟というアイデンティティーをぶち壊し……わたしのすべて……価値観も信念も思想も生活のすべても、すべてすべてすべて……ぶち壊すにいたったのだ。

 たぶん、多くの人にとって、わたしが、たかが中学の教師を辞めた程度で、まだ二十代半ばという若さで人生の路頭に迷い、新興宗教に、ずぶりと、首までハマった理由などわかりもしないだろう。
 わたしは他の人とは違う。
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