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終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第27話

 ふいに、肩になにかがふれた。
 横を見ると、それが少女の肩だとわかった。
 無言で、もそもそと、手渡されたお茶も飲まずにクリームパンにかぶりついていたわたしは、ひとりでの生活が長かったせいもあって、周囲に完全に無関心な状態になっていた。
 自分の考えに没頭していたわたしは、彼女が鞄をさきほどとは反対側に置いたことさえ気づいていなかった。いま、わたしと彼女のあいだにはさえぎる物はない。
「あの……。こうしてちょっとくっついてて、いいですか?」
「……? 寒いの?」
「はい。……心理的に、ですけど……」
 そう恥ずかしそうに答えた彼女だったが、いうほども彼女はこの状況がこたえているようには見えない。
 そもそも本当に心が弱い人は、家の中に引きこもったり、それこそわたしのように宗教にすがるものだ。宗教の集会には大勢の仲間が集まる。それのもたらす安心感というものは実際に参加した者でないとわからない。もし野球観戦やライブにいったことがあるなら、それを数十倍濃密にしたときの、集団の一体感を連想してもらえると近いかもしれない。そのライブのチケットが一万円などではなく、全財産と土地を含めた値段だと想像できれば、もっと近い。終末宗教の宗教家たちは、ほぼすべてといっていい確率で、エセ宗教家なので、金目のものは信者たちから吸いあげている。わたしには吸いあげられるほどのものもなかったが。
 少女と肩を並べた食事が終わる。
 そのまま体の一部をひっつけたまま、わたしたちは潮風になぶられていた。
「お兄さんは、目的地はないとおっしゃってましたけど……目的もないんですか?」
「目的か……」
 わたしはどう答えていいか迷った。
 好き嫌いがないという話、主体性がわたしには決定的に欠けているという話をするか少し迷う。……以前なら、終末騒動以前なら、決して考慮にすら値しなかったろう。
 結局、
「きみこそ、目的地はないそうだけど、目的もないのかい?」
「わたしですか?」
 彼女はひまわりのように明るく笑う。
「わたしは絶賛目的を遂行中です」
 うらぶれた青年の隣に、なにもせず座ったまま、そんなことを彼女はいう。冗談ではないのは、彼女の発散する明るいの気配がいっそう濃くなったことでわかる。テンションがあがっているのは間違いない。さすがに、わたしのように顔が煤けて、服が垢染みている年上の男が好みなのか、などとは考えない。
「お兄さんはなにをされている方なんですか?」
 彼女の視線が、わたしの腕にブレスレットのように巻かれた数珠と、くたびれた襟首からのぞくロザリオを交互に見ていることに気づいた。
「見当はつくだろ?」
「ええ、まあ……〝終末教〟の方ですよね――あっ、すみません、これって差別用語ですかね?」
 終末教とは、新興宗教の中でも極めて新しい部類、あの終末騒動以後にできた、できたてほやほやの生後一ヶ月さえ経ってない宗教のことだ。
「いまさら差別用語もないだろうさ。……それに、一般の人がわれわれを非難することもわかる。――われわれはある種の〝選べない人々〟なんだ」
「選べない?」
「そうさ」
 わたしは堤防に座ったまま、薄い色をした青空を見あげる。
「われわれは選べない――自分さえよければいいというふうに強欲にもなれない。自分やその家族だけが助かればいいと願えない。それでいて、人類全体の平和などというものも想像できない。妄想の埒外。……どの神に祈っていいのかさえわからず、とりあえず目についたものにすがっている。わたしは、神社や寺を見かければ祈っている。果ては、招き猫やほていの像を個人住宅の庭先に見つけてもだ」
 彼女の口角がゆっくりとあがり、笑みの形をつくろうとしたが、
 わたしが欠片ほども笑っていない――つまり本当のことだ、ということに気づき、彼女はあわてて表情を引き締めた。
「そ、そうなんですね……」
「さて。めしを食べたことだし、歩こうか」
「目的地はないのに?」
「ああ。……食後に軽く散歩するってのは、ここ最近〝続けて〟いたことだからね」
「……はあ」
 わたしが相当おかしな人間であるとじょじょに気づきだしたらしく、心持ち、彼女と距離が開く。
 ほんの少し遅れるようにして――それでもこの距離なら友人かカップルに見えなくもないという微妙な距離で、つかず離れずついてくる。
「きみは本当にいいの?」
 わたしはたずねた。
「なにがですか?」
「……知ってのとおり、この世界は、あと二週間足らずで終わる。だから、たいていの人が家族や恋人や友人と過ごす。もしくは、これまで〝夢〟だと思って諦めていたことに、残りの人生のすべてを費やしている」
「ふふ……」
 少女が笑う。おかしそうに。
「お兄さん」
 そこで言葉をくぎる。
「お兄さんって、一見するともの静かで人の話を聞いているように見えますけど、じつはぜんぜん聞いてませんよね?」
「…………」
 なかなか鋭いところをつく。
「わたし、いいました。絶賛目的を遂行中です、って」
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