ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
目次

第18話

 わたしが、この事態を想定してあらかじめつくられていた特別製の携帯電話を使って、荒事専門の部下から話を聞いたのは、ちょうど昨日と同じくらいの時間だった。
 二年前、わたしの生活は一変した。
 これまでの政府高官としての立場も無論あったが、米国を含む先進国が開発していたスペースコロニー計画に参加することになったのだ。
 スペースコロニーの理論自体は古くから存在している。また、そのための技術も八割がた完成している。もしくは開発のめどが立っていた。だが、莫大な資金を必要とするわりに、メリットがあまりにも少ない。

 しかし、その問題は、地球に巨大隕石が衝突するという、ありあまるデメリットが発生したことによってクリアされた。

 残り二割弱のまだ研究開発が必要な作業は急ピッチで始まった――いや、わたしが計画に加わった二年前の時点で、すでにかなり進められていた。わたしのようにこの国でトップクラスに位置する実績を積んだエリートでさえも、この巨大隕石の衝突の事実が二年前にわかったということを、ずっと鵜呑みにしてしまっていた。
 だが違う。
 実際はずっとずっと以前から、二年より遥か前から、観測され、予測され、情報を制御され続けてきたのだ。
 とっくの昔にスペースコロニー内で育てるために品種改良した小麦の培養さえもおこなわれていた。
 わたしは、ギリギリのラインで手が届いた。

 すなわち移住権!

 以前、わたしは妻と離婚した。
 なにが幸いするかわからない。
 わたしと同期の男に、子供がふたりいる夫婦円満な男がいた。だが、そいつは辞退した――いや選考から漏れたのか――その辺りの事情をわたしは詳しく知らない。
 だが。空きは2人分ということだけは確実だった。
 四人家族で仲よく暮らしていたそいつは、この星に残って死ぬことになり、
 おれはあの女と別れたおかげで、愛する娘と生き残ることができる――はずだった。
 だが事件は起きた。
 あのかわいい娘。
 従順ないい子。
 そんなあの子が、わたしに反抗したのだ。
「パパがなんといっても、わたしはテツといっしょに生きるの!」
「なにを馬鹿なことを! いっただろう、空きはふたつ。それも人間限定だ。犬などコロニー内の生態系にどんな悪影響をおよぼすかわからん。コロニー内はあらゆるものが管理されて、完成された世界なんだ。歯車のあいだにゴミがはさまることで、きちんと動かなくなるかもしれない。みんなに迷惑をかけることになるんだぞ?」
「テツはゴミなんかじゃない!」
「言葉尻をとるなっ!」
 わたしの怒声に、マナは小さな体を震わせた。
 だが。
 その見あげる瞳には、はっきりと拒絶――もっといえば敵意の色さえあったかもしれない。
「だってテツは死んじゃうんだよ、パパ?」
「それがどうした! 犬っころと自分の命、どっちが大事かなどいわれるまでもないだろう? マナは頭のいい子なんだから、わかるだろう?」
 わたしは高圧的な態度をやめて、一転して猫なで声で攻めてみる。
 が。
 娘はわたしの想像以上に、聡く頑強だった。
「わたしの家族なの、テツは!」
「家族はわたしだ」
「わたしのたったひとりの友達なの、テツは!」
「友達ならクラスに大勢いるだろう? 塾にだって……」
「いないわ!」
 マナが言いきる。
「パパがわたしから時間を取りあげた。友達と遊ぶ時間も、テレビを観る時間も、塾の帰りにどこかに寄る時間も……」
 マナは勉強がよくできて頭がいいが、どこか根本的に抜けているのだとばかり思っていた。だがじつは、しっかりとわたしの教育方法を洞察しきっていたことにわたしは驚いた。
 なにもいわなかったのは、わからなかったわけではないらしい。
 わかっていてもいわなかったのだと、いまさらながら気づいた。気づかされてしまった。
「…………わかった。コロニーに行ってから話し合おう」
「いや」
「どうしてだね?」
 わたしの声に険が宿る。当然だろう。話し合おうと譲歩しているのに、娘はそれさえ拒むというのだ。
「パパは、わたしの話なんてきかないわ」
「なにをいっている。忙しい仕事の合間をぬって、ちゃんと話があるとマナがいえば聞いてあげていただろう?」
「それはお仕事といっしょよ。そこには愛情なんてなかった」

 わたしは…………
 初めて、娘のほおをぶった。
 誓っていうが、わたしは娘のお尻さえ叩いたことはない。

 ぶたれた娘は、涙をにじませながらも叫んだ。
 正直その一言ほどこたえた言葉はなかっただろう。

「じゃあどうしてパパは〝わたしが一番困ってる大事なときに、いつもそばにいてくれないの?〟」

 そういうマナの瞳は、純粋な光が宿っていた。
 聡いこの子が、どうしてなのか本気でわからないと不思議がっているような、悲しんでいるような、わたしを哀れんでいるような。
「テツはね……」
 なぜだかひどく遠く離れてしまったように感じる娘が、一転して静かな口調で語る。まるで娘は夢に登場したかのように、その存在が淡くはかなく遠くに思える。
「テツは、わたしが一番困っているときにそばにいてくれた。パパがあの子はわたしにふさわしくないといって友人関係をむりやり終わらせてしまったとき、泣いていたわたしを慰めてくれた。いつもそばにいてくれたのは、パパじゃなくて、テツだよ」
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。