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終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第19話

 わたしがヘリで現場に到着したとき、すべてが終わっていた。
 雇ったエージェントふたりの内ひとりは、隙なく周囲をうかがい、もうひとりは弾倉の交換をおこなっていた。
 この終末の世界でもまだ仕事を続けている本物のプロ。もちろん特別価格でのご提供となっていたが、そんなもの構わなかった。
 わたしにとってマナより大切なものなどなにもない。
 ……だが、なぜ娘はわかってくれなかったのだろう。

 海水浴場に隣接する駐車場にヘリがおり、そのヘリからおりた私がマナのもとに駆けつけて、そこで見たのは――
 手足をへし折られて、口から血を吐く、まるで押し花のような娘の姿だった。
 口から灰色のアスファルトに向けて吐き続ける鮮血が、まるで花のようだ。

「……マナ……」
 エージェントのひとり――こいつは医師免許を持っている――が駆けつけてきて、感情を感じさせない声で告げた。
「マナ様の捜索は完了致しました」
 そう、わたしの依頼は確かに完遂された。――だが。
「わたしはマナの護衛も頼んだはずだが……?」
「いいえ。あなた様から命じられたのは捜索のみです。連れてくるようにという指示も受けておりましたが、そちらの指示は説得が困難なようであれば、自分自らおこなうので実行しなくてかまわないと申されておりました。録音してございます。確認致しますか?」
「いや。いい」
 別にこのふたりが見殺しにしたというわけでもないのだろう。
 なにせ、周囲にはあきらかに銃弾で撃たれたとおぼしき、季節はずれの海パン姿のいかれた男三人に、どこにでもいそうな中肉中背のスーツ姿の男がふたり。どいつもこいつもナイフかなにかで武装している。……世も末だ。いや、文字どおり世も末となったのだ。
 凶行に走る連中が激増するのも無理はない。
 ――だからこそ、こんな危険な世界はさっさと捨てて、世界中の政府が秘密裏に手を結んでつくりあげた、たったひとつのスペースコロニーに乗りこもうとしていたのだ。
 だが――――。

「……ああ…………マナ…………」

 どんなこわもてを相手にしても、どれほど危険な敵を前にしても、威厳をたもち続けたエリートとしての仮面がはがれ落ちる。
 わたしの口から漏れるのは、まるで痴呆症にかかった老人のようなうめき声だけ。
 いや、本当にわたしは一気に年をとった気がした。
「これを」
 血で汚れた薄汚い日記をエージェントからさしだされる。
 安物の表紙に英語でダリアリーと印刷されている。
「これがどうした? マナの日記か?」
「いいえ違います。ですが、そうともいえます」
 黒服の返事は要領をえない。
 わたしはしかたなく、その日記を力なく手に取る。
 一ページ目を読む。あきらかに、マナとは違う筆跡の文字。
 いまのわたしには、仮にこれが金銀財宝の場所を記した暗号だったとしても興味はない。日記を閉じようとしたわたしの目に――――娘の丸い小さな文字が目に飛びこんできた。
 いくら注意しても、この字だけは直らなかった。女の子らしい小さな丸文字。

   *

 この日記を読んでいる方へ。
 ひとつお願いがあります。どうしても、どうしても、かなえたいことです。
 時間がありません。手短に書きます。
 わたしはいま、暴漢に追われています。現在、海の家の中に隠れています。雨戸と雨戸のすき間から入りこみました。大人ではそのままでは通れないので、暴漢たちはこの隙間を見逃すかもしれませんが、……正直あまり期待していません。なんだかとっても運の悪い日ですから。

 お兄さん――彼はわたしが時給一万円で雇ったお兄さんですが……彼はどうやら殺されました。
 返り血を浴びた男が、奇声をあげてバイクに乗っているのを、海の家に忍びこむ前に見かけたので。

   *

「お兄さん? マナの雇った護衛かなにかか?」
「は――そのようです」
 すでに日記の内容の真偽を確かめていたらしく、黒服のひとりがうなずく。
「ここからおよそ二百メートルほど離れた、この海岸沿いのカーブを曲がったところに、二十代後半くらいの男の死体がありました。身なりや筋肉のつき具合から、われわれのようなプロではなくごく普通の青年だったのでしょう。……その彼がどうやらお嬢様が海の家に逃げこむまでの時間を稼いだようです。もう死んでいます」
 わたしはゆるゆるとうなずき、また日記に戻る。死んだ青年とやらに特に感情は動かない。もしマナを助けることに成功していたのなら、感謝の言葉のひとつでもかけてやっただろうが、彼は失敗したのだ。

   *

 この日記に、わたしまで記入するのはどうかと思ったのですが、お兄さんの目的どおり、この日記を、お兄さんのママとお姉さんに手渡すのなら、お兄さんの最後がどういうものだったのか記入しておきたかったので書くことにしました。まるで〝リレー日記〟みたいですね。そんな言葉があるのかどうか知りませんが。

 ――わたしは、この海の家を出ようと思います。
 ……日記をここに隠すか、持ち運ぶか、迷いましたが、隠しておいても残り二週間程度では誰かが見つけて読んでくれる前に、きっと地球が滅亡してしまいます。なので、持ち運ぶことにしました。
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