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終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第17話

 だが彼女は、自転車を全速力でこぎだした。紺色のスカートをなびかせ、あのおしとやかに振るまっていた彼女が全力の立ちこぎ! そのうえ競輪選手のように前傾姿勢になる。
 彼女の背中が、防風林のつくる濃い陰に入って黒く染まる。
 だが、そんな程度で見失うわけもない。
 海パン男はバイクでまた走りだす。
 マナに向かって。
 一直線。
 その距離は……どんどん……マナに迫っていく。
「ヒャッハー!」
 気持ちよさそうに金属バットを横に振りあげる男。マナの頭の位置があまりに低いため、バットを上に振りあげては殴りにくかったのだろう。

 ブツン!
 男の首が、跳ねた。胴体からはなれ、路上を転がる。

 ……しばらくデュラハン状態になったままバイクは走ったが、堤防に激突し、とまった。
 首なし男はバイクにまたがったままバイクといっしょに転がっている。
「……ワイヤートラップ」
 終始警戒していたが、まさか海岸沿いにまで仕かけられているなんて。
「防風林を、ワイヤーを引っかけるのに利用したのか」
 おれはひとりごとをいった
 あの無法者だって、まさか海岸沿いにワイヤートラップがあるとは思ってもみなかったのだろう。
 さらにいえば、マナが先に通り抜けたことも大きい。安全だと勘違いした。けどマナと男の身長差は大きい。まして立ちこぎをして前傾姿勢になれば、頭の位置はさらに低い。
 ――これがすべて計算どおりだとしたら、マナは想像以上に頭がよく回り、また思いきりのいい子供だった。
 彼女は倒れたバイクを迂回し、こちらに向かってやってきた。
「マナ……すごいな。あれは狙ってやったのか?」
「はい。……ワイヤーが太陽光に反射して、とっさに作戦を立てました」
 間接的とはいえ、人ひとり殺したためだろう、彼女の手は震えていた。
 それでも、ピンクのランドセルから顔を出している愛犬を抱きしめると、その震えがわずかにおさまった。
「お兄さん、立てますか?」
「ああ、もちろん」
 そういって立とうとしたが、中腰になったあたりで、ぐらりと体が傾いた。
 急激に視界がかすむ。意識が……朦朧とする。猛烈な吐き気。……キモチワル。……なんだ?

「おい!! ぶっ殺せ! こいつらマイトをやりやがったぞ!」

 背後から男の怒声。一台のバイクが急速接近! そのうしろにはさらに二台のバイクが。
 メタリックな銀色のボディには、血痕が塗装のようについていた。おそらくバイクに乗って他人を何度も襲ったのだろう。血の跡が幾重にも重なり、こびりついているのが遠目からでもわかるほどだ。そのバイクを見ただけで、どれほどヤバイ相手なのか一目でわかった。
「逃げろ、マナ。おれは……なんかヤバイ。体が動かしづらい。頭を打ったためか、背骨を打ったためかは知らないが、かなりまずい。まともに動けない」
「でも!!」
 マナは叫ぶ。その大きな瞳に涙が浮かぶ。
 残り時間は数十秒。やつらはそれで追いつくだろう。
 どうせこの世界は残り二週間たらず。だったら、それが残り数十秒になったからってなにが変わるっていうんだ!?

「おれは無気力で、なにも人生の目的のないフリーターだった。マナに出会って、日記を生き別れの家族に手渡すという目的ができた。それにおれを雇ってくれたきみを守るという目的もある」

 お兄さん、とマナが涙声で訴える。いっしょに逃げようというように、袖を引っぱる。だが、おれにはもうそれだけの力は残されていない。だったら――彼女に走る勇気を、ここから逃げれるだけの踏ん切りをつける言葉を与えるしかない。なにかを行動で示すには時間がたりなさすぎる。

「マナ! 頼む、逃げてくれ! おれの日記を持って」

「え?」
「日記はマナが手渡してくれ。住所は日記の裏表紙にも書いてあるし、教えたはずだ。そこに、おれの生き別れの母と姉がいるはずだ。それに、マナが逃げてくれないと、おれはまた〝繰り返す〟ことになっちまう」
 幼い瞳が見開かれる。その目尻から涙がまた落ちる。
「マナを守る。これがおれの目標のうちひとつ。そしてもうひとつも、マナ……きみがいてくれたら、きっと達成できる。おれのために逃げてくれ、マナ」
 マナは、おれが上着から取りだした日記を受けとり、ランドセルに入れた。
 背後から迫る爆音は近づいてくる。暴走族仕様。音はでかいが、スピードはそれほどでもない。どうやら脅したうえで、なぶるつもりらしい。わざとゆっくりと近づいてくる。
 爆音に負けないように、おれは叫んだ!

「逃げろ、マナ!!」

 彼女が毛嫌いしそうな命令。
 だが、彼女はピンクのランドセルを背負うと、自転車にまたがり、しっかりと前を向いてハンドルをにぎった。ピンクのランドセルから茶色い頭をのぞかせたテツが、おれをつぶらな瞳で見つめてくる。
 マナが走りだしたのを見て、心から安心した。
 おれはひとりごとをつぶやいた。後方から迫りくる複数のバイクを振り返りながら。

「時給一万円分の働きを、見せてやるぜ……」
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