ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
目次

第14話

 どういうやつらなのだろう? この終末の世界。たったひとりの小娘(といってはマナに失礼だろうが)を捜しまわった存在。……職務に忠実? それとも、おれみたいに機械的に残りの日々もただ消化しようとしているのだろうか? どっちにしろ、そんなやつを見つけて依頼できるとなれば、相澤マナの父、相澤晋一とやらは相当な人物らしかった。
「パパはなんといいましたか?」
 マナは真剣な目で男たちを見つめている。その両手は白くなるほどきつく自転車のグリップをにぎっている。
 彼女はすんなりと男たちについていくつもりはないらしい。それを悟ったおれも、自転車にいつでも飛び乗れる用意をしておく。
「あなたのお父様は、お嬢様をお連れするようにご指示を出されました」
「テツは?」
「テツ?」
 男たちは顔を見あわせた。サングラスの下の表情は読めないが、かすかに困惑したらしい。
 それからおれを見た。
 どうやらおれの名前がテツだと誤解されたらしい。
「おひとりだけです」
 固い口調で答えた。
 おれはなにかいいたかったが、口を閉じたままの黒服のほうが圧力をこめた視線を送ってきたため、黙りこむしかなかった。
 あきらかに、おれがマナについていくといったら、実力で排除しようとする意思が彼らにはあった。そしてその排除に抵抗する力はおれには一切ない。
「テツは犬です。この子です。それに、もし逃げるのなら、お兄さんもいっしょがいいです!」
「不可能です」
 黒服が断言する。
 別の黒服が続ける。
「お父様からは、ただマナ様ご本人のみを連れてくるように命令されております。それ以外は、犬だろうと、猫だろうと、虫一匹だろうと、……その男だろうと、連れていくわけにはまいりません」
 男の視線がおれをなぞっただけだが、あきらかに暴力的な気配があった。
「マナ様はわたしと来てください。……そちらの方には」
 もうひとりの黒服が言葉をつぐ。
「わたしから少しお話があります」
 話、ではないだろう。
 下手すれば口封じでもされそうな予感がした。
 おれは、なにか聞いてはいけないことでも聞いたのか?
 マナは……ただ金持ちの娘で、愛犬といっしょに死を迎えたいと願っているだけの少女じゃないのか!?
「来ないでください!」
 マナは黒服が一歩近づくと叫んだ。犬がマナの敵意に反応したかのようにきゃんきゃんと吠える。
「わたし、ナイフ持ってます」
 マナはどこからかナイフを取りだした。果物ナイフ。そんな物を身につけていると初めて知った。護身用なのかもしれない。人を殺すほどの力はないだろうが、それでも少女の手には不釣りあいだった。
 黒服はため息をつく。
 おれも正直、マナがナイフで武装したところで勝てるわけがないと思った。
 が――――。

 マナは自分の首筋にナイフを突きたてた。
 しかも、その手には力がこもりすぎていて、赤い雫がうまれて、白くて細い首筋を流れていった。
 本気。
 マナは間違いなく、本気で、自分を人質にしていた。

 さすがに、この異常事態には、場慣れした感じのするこわもてたちも動きを止めた。
「お兄さん、逃げましょう」
「逃げるって」
「さあ、早く。自転車に乗ってください」
 マナがしゃべるたびに、のどに刃のあたる部分がかわり、とろとろと血が流れる。彼女の有名私立の制服の白いブラウスの襟を、赤く染めていく……。

「お兄さん、いったじゃないですか!? あやまちを繰り返す輪廻を断ち切るって! 人は同じあやまちや失敗を繰り返す。……わたしは〝お友達と別れること〟を……お兄さんは〝達成できないこと〟を」

 そうだ。
 おれは誓ったじゃないか。
 あのシーサイドレストランで。
 同じあやまちを死ぬまで繰り返すのが人生というものならば、その流れを断ち切ってみせると! おれの願いは、ふたつ。
 マナを守ること。終末まで。そうすることで彼女をテツと別れさせないこと。
 もうひとつは、おれの生き別れの姉と母に出会い、日記を手紙がわりに手渡すこと。
 そのふたつだ。
 この旅はおれの旅。
 この旅は、マナの旅でもある。
 こんなところで終われない!

 おれは自転車に飛び乗ると、急いでこぎ始める。
 マナも小さな自転車に乗った。ナイフはポケットにしまったようだ。
 黒服たちは…………いますぐ追うとマナを危険にさらすと判断したらしく、強引に走って追いかけてくるような真似はしなかった。

   *

 その夜は、新興住宅地にあるモデルハウスで泊まることにした。
 似たような家の並ぶ場所のほうが、なんとなく安全な気がしたのだ。あの黒服に追われてなければ、海沿いで寝泊まりできる場所を探したかもしれないが。
「マナ?」
 首筋に白い包帯を巻いた少女が、その首筋をなでながら、遠い目をしている。そのなんだか、諦観して老成したような目が気になった。
「…………結局、パパは……変わってくれませんでした。わかってくれませんでした。マナが自分の命を賭けて、テツを守って旅に出たのに、やっぱり、わかってくれませんでした」
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。