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終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
目次

第13話

「すみません。……マナ、ずっとお兄さんに頼りっきりで。テツにも歩いてもらいましょう」
 そういって、彼女はピンク色のランドセルからテツを取りだすと、下におろす。
 いま俺たちは、ちょっとした住宅地におりたところ。この辺の海沿いの道はコンビナートで途切れている。しかたなくワイヤートラップの危険の高い住宅地を移動することにしたのだ。
「どうです? もちそうですか?」
「それは、目的地まで、ってことだよね?」
「もちろんです」
 おれは自分のふくらはぎに手を軽くふれて調子を確かめ、実感を率直に語った。
「正直いえばわからない。というか、こんな長距離を自転車で移動したのは初めてだ。うちのボロアパートと職場のレンタルビデオ屋は、徒歩でいける程度しか離れてなかったしな」
「そうなんですか」
 マナはどことなく落ち着きなく周囲を見ている。
「どうした?」
 それに、彼女の表情はどことなく暗い。
「ここ、マナの家の近くなんです」
「へえ」
 ということは、彼女は相当な距離を移動したことになる。
「歩き、ってことはないよな?」
「はい。自転車を使いました」
「自転車? ……でも、あのとき、交差点で見かけたときは徒歩だったよな?」
「パンクしちゃったんです。それに、どのみち私のピンクの外国製の自転車は目立ちすぎるので、どこかで捨てるつもりでしたけど」
「…………」
 目立つから捨てる? そこまでしないといけないほどだろうか。
 まあ、ひと昔前なら迷子の捜索を、警官や私立探偵などがおこなったかもしれない。プチ家出を捜索する専門家のような人間もいるらしいと、どっかで読んだこともある。だが、いまの世界では、公的機関も民間企業もどこもかしこも、その機能の大部分を停止している。
 どこに逃げたのか、ほとんどの公的機関や民間企業(大企業のみだが)のトップたちは、雲隠れしてしまった。残っているのはせいぜい中間管理職以下の人々。その権限は大きくはないが、かといって現状維持を一ヶ月間続けられないほどもろいものではない。交通機関などは壊滅的打撃を(主に暴徒と化した民衆のせいで)こうむったが、インフラのほとんどがまだ機能しているのはそのためだ。現場の人間にはほんと頭がさがる。……まあ、といってもここまで平穏無事なのは日本くらい。それが日本人の資質なのか、それとも日本こそが隕石直撃コースで北海道の欠片も沖縄の破片も残らず粉々になって水没します、確実に。と各国の学者たちが太鼓判を押して政府が公式発表した影響もあるのかもしれない。
 ぶっちゃけどこに逃げても隠れても同じ。核シェルターがどれほど深くにあっても、少なくとも日本にある限り無意味。富士山が琵琶湖みたいに、いやもっとかもしれないが、跡形もなくなってへこむのだ。
「でもさ、追いかける人間なんていないと思うよ?」
「…………」
 マナは返事をしない。ちょっとめずらしい。
「もしピンクの自転車を乗り捨てたのが、この近くなら拾って修理するのもいいかもしれない。ちょっとしたパンクの修理くらいなら、おれでもできるからさ」
「やめておきましょう。それに、それなら別の自転車を購入したほうがいいです。――というか、そうすべきでしたね。ふたり乗りよりも負担が少ないですし」
 マナのもっともな提案。いわれてみればそうだ。
「よし! 自転車を買おうか」
「はい。目立たない自転車を買いましょう。青年と少女のふたり連れ……たぶん向こうは少女と犬とピンクの自転車を目印に探しているでしょうから、ちょっとは見つかりにくくなるでしょうし」
 マナにしては自分を捜索する人間をえらく警戒して意固地になってるな、とおれは思った。
 いや。ただそう思いたいだけなのかもしれない。
 父親が、たとえ終末の世界だからといって娘を見捨てず、探してくれているに違いないと信じたいのだ、と。
 おれのこの予想は外れていた。
 相澤マナを探していた連中は、本当にいたのだ。

   *

「相澤マナ様ですね」
 マナも自転車を手にいれ、自転車を押して歩いていたときのこと。ちなみにテツはおれの前かごのランドセルの中。自転車に乗ってもいいのだが、例のワイヤートラップと、曲がり角のたびに多発している事故――電柱にぶつかった車や倒れたバイクなど――があるため、歩いたほうが危険が少ないと判断したのだ。
 そんなこんなで自転車を押して歩いていると、声をかけられた。
 「メン・イン・ブラック」みたいな格好をした男がふたり。双子かと思うほどよく似たサングラスの男たち。
 どう見てもカタギじゃない。まるで鉄板でも入れてるような胸板に、荒縄でも巻いてあるんじゃないかと疑いたくなるほど太い腕。黒いスーツがひどく窮屈そうだ。
 様づけで呼ばれたマナはというと、一息にいった。
「パパに命令されてきた方ですね?」
「そうです。相澤晋一様からお嬢様を捜すようにと依頼されておりました」
 おれは心底驚いた。
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