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終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第15話

 小学生の少女が、たったひとりで旅に出る。ましてこの無法者があふれた世界を。
 どれほどの勇気が必要だったか、おれにも想像は難しくない。
 きっと恐怖や不安の連続だっただろう。
 それでも、ただ友達を守りたい。いっしょにいたい。ただそれだけのために。
 よっぽど黒服が現れたこと――いや、彼女の父があいかわらず娘の主張を無視する父親であるということに、ひどくショックを受けたらしい。
 マナはその夜、「いっしょに寝てもいいですか?」とたずねて、おれの布団にもぐりこんだ。ダブルベッドのある寝室は、ちょっとほこりっぽくてかび臭かったが、疲れた体には心地よかった。
 マナはしばらく泣いていたが、泣き疲れて眠りに落ちた。
 おれは、彼女が眠っても、しばらく天井を見あげていた。
 ――彼女も繰り返している。
 けど、もしかしたら、繰り返しているのは、彼女の父親も同じなのかもしれない。
 どうやら想像以上に金も権力も持っている(ここまで世界が荒廃しても荒事のプロを雇えるくらいに)マナの父に、なぜか親近感に似た思いを抱いた。
「そういえば……」
 マナが寝ているのに、思わず小さく声をあげてしまった。
 マナと約束した日記、あれが三日坊主どころか初日しか書いていないことを思いだす。ここ最近マナとしゃべったことを中心にいろいろと追記した。
 旅立ちを決意してからこれで三日目か。
 あのボロアパートとレンタルビデオ店を往復していた頃が懐かしくなった。
 そういえば最後に店長を見たあの日、彼は「超大作を撮る」といっていた。それはいつものことでもある。口癖のように「もうすばらしい脚本はできあがってるんだ。この頭の中に」といって自分のはげ頭をつつきつつ笑った。「けど、金がない。人脈がない」そう嘆いているのを思いだした。おれは知っていた。店長が幻の超大作と銘打った原稿用紙の束を、レンタルビデオ店の事務室の引き出しにしまっていることを。そしてそれが表紙だけの代物であることも。
 ぼくやマナだけでなく、店長も繰り返していた。
 酒を飲んでも飲まなくても、超大作の脚本ができあがっているという話を何度も繰り返した。どんな内容かはついぞきかなかったが。
 そんな店長が――ある日、あの隕石の報道のあった翌日のことだ、店をたずねてきた。「映画を撮る」といって、店に置きっぱなしになっていた家庭用ビデオカメラを持って出ていった。どうやって撮るのかは知らない。もしかしたら店長自慢のフィギュアコレクションを使って人形劇のようにするのかもしれない。特撮ヒーローから美少女まで登場するスター・システム。
 おれはあの店長が自分の納得する映画を完成させられればいいと祈った。たとえ上映する劇場などなく、完成しようがしまいが世界が終わるのだとしても。
 そして、おれやマナ、それに会ったこともないマナの父親が、この〝嫌な失敗の繰り返し〟という輪を外れることを願った。
 ――けど。
 きっと祈りも願いもどこにも届かない。
 巨大隕石が地球に衝突すると知って、
 あらゆる宗教家、信者たちが、自らの聖域で祈った。願った。神や仏やさまざまなものにすがった。
 だが。
 いまのところ隕石は、直撃コースからまったく外れていない。微々たる計算の狂いもないそうだ。


 なにかを予感させる空だった。
 冬の空は清々しく晴れわかり、薄い氷を張ったよう。
 ガラスのように透きとおった空の下は、なんだか……死ぬにはとてもいい日のように思えた。もしくは、誰かを殺すには、とでもいおうか。
「これは死亡フラグだな」
 おれは自転車を押しながらひとりごとをいう。
 隣でピンクの自転車を押しているマナが、不思議そうな顔をしておれを見つめた。
「死亡フラグってなんですか?」
「なんでもないよ」
 おれはそう返す。死亡フラグという言葉は辞書にはのってないものの、わりと一般的だと思っていたが、そうでもないらしい。
 ちょっとだけ興味がわいて、マナにたずねてみた。
「マナは、右往左往って言葉わかる?」
「わかりますよ。あわててあっち行ったりこっち行ったりするって意味ですよね」
「へえー、さすが優等生」
「わたし、自分で自分を優等生なんていった覚えありませんけど」
 確かに。
 とはいえ、彼女のランドセルの傷ひとつないことや、ひとつひとつの所作や、しゃべり方などからおおよそ見当がつく。そもそも習い事だの家庭教師だのいってたしな。
「じゃあ、ツンデレってわかる?」
「つ……つんでれ? なんです、それ」
 ……どうやらやっぱり、マナの父親の教育方針らしく、マナの知識にはいわゆるオタク系の知識や雑学の類は少なそうだった。
「じゃあ、臥薪嘗胆ってわかる?」
「わかります。中国の故事ですよね? 薪のうえに伏せって、肝を舐めて、それで復讐心を忘れなかったという」
 やっぱり……。ちょっとだけマナの性格というか、知識の方向性がわかったし、彼女がどういう毎日を送っていたかわかった気がする。
「テレビとかはあまり見ないの?」
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