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終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第12話

「おれは、欲しい物もなければ、やりたいこともない。よく映画なんかで死を予告された人間が、残りの人生をいままで以上に楽しく、より味わい深く生きようとしたりするけど、……おれにはそういった願望さえない。夢も希望も目標も目的も……ただのひとつもなかったように思う」
「まったく、ないんですか?」
「……うーん、いまはきみの依頼を完遂することが目的かなあ。もっというなら、

 繰り返しを終わらせたい」

「繰り返しを終わらせる?」
 マナは不思議そうにたずねてきた。
「そう。……たぶん人間ってのは繰り返すものなんだ。ダメだなーと思っても、そのダメなことを繰り返す。人類は同じあやまちを繰り返す、戦争を繰り返す、差別を繰り返す……なんていう人もいる。――人類なんて大きな規模じゃなくても、個人で見ても同じなんだと思うんだ」
「そうかも、しれませんね」
 十二歳の少女はうなずく。意外と深い声で。
「マナも似ています。パパとうまくお話できません」
「どういうこと?」
「話しあいにならないんです」
 マナは苦しそうに答えた。
 きゅうん、と犬が鳴く。抱きしめられたらしい。
「わたしは、テツがとっても大切でした。だからテツといっしょにいたかった」
「ああ」
 マナが家出した理由――父親のもとを逃げだしたのは、テツを捨てるように命令されたからだ。まあ、正直、そんなことをこの残り二週間程度の世界でいいだす父親の気が知れないが。どうせ死んですべて無に帰るなら、娘が犬一匹つれてようが関係ないだろうに。
「他にも、お兄さんのいうとおり、これまで似たようなことがありました。たとえばアリサちゃんは、とってもいい子で、わたしの親友でした。でも、彼女のパパがお仕事に失敗して、たくさんの借金を抱えて、学校に何日も来ない日がありました。そのことを知ったパパは、アリサちゃんと遊ぶのは、わたしにはふさわしくないといいました。アリサちゃんは、また学校に出席するようになりました。アリサちゃんは家族に気をつかっているのか、以前ほどショッピングにも外食にも行かなくなりました、友達づきあいが悪くなりました。けど、わたしはアリサちゃんといっしょにいたかったです」
「ふぅん」
 もうちょっとましなうなずき方、年長者としてましな返答があった気もするが、こんな小さな子でさえ、そんな重い荷物を背負っているのかと思うと胸がつまって、表面をきれいに整えた言葉というものが出てこなかった。
「似たようなことは、幼稚園、小学校の低学年、中学年、高学年と続きました。二年に一回くらいの割合で、ふさわしくない女の子とのつきあいを〝改善〟させられました」
「それに毎回毎回従ったの?」
 残酷な台詞をつい口にしてしまう。
 マナが身動ぎした。それにあわせて、おれも彼女のほうを向いた。
 こっちを見つめる真摯な瞳があった。
「わたし、話しあいました。先生も大人も、みんな、いいます。話しあいなさいって。パパがわたしに与えてくれた時間、それは十分間のときもありましたし、三十分のときもありました。パパはとっても忙しくて週に一度会えればいいほどだったので、パパにしてはかなり譲歩したほうだとは思うんです」
「本当に忙しいんだな」
「はい。二年くらい前に急激に忙しくなりました。それ以前にも忙しいことはあったんですけど。――それで話を戻すと、わたし、説得しました――説得しようとしました! ……けど、いつも最後はパパに押しきられました」
「……口がうまいの?」
「違います。違うことないけど、違います。パパがわたしの話を聞いてくれないのは、すでにパパ自身で結論を決めていて、そのうえでポーズとして私の話を聞くふりをしているだけだからです。――ですから、〝繰り返しました、同じあやまちを〟――――。お兄さんのいうとおりですね」
 おれは、自分があまりに残酷なことをいったことに気づいた。
 自分で自分にいうのならかまわない。でも人にいうべきことではなかった。
 人は――――
 たぶん――

「あのさ。マナ」
「なんですか?」
「おれは〝繰り返し〟を打ち砕けると思う。――実際さ、こうしておれはきみの願いを聞いて、日記も書いて、初めて〝なにかを達成する〟という自分の繰り返しの輪廻を断ち切ることができそうになってる。そしてきっと達成する。そうすりゃ、おれの繰り返しだのなんだのというのは、ただのたわごと、戯れ言、世迷い言ってことになる」
「はい!」
 マナは、薄暗いレストラン内でもわかる大きな笑みを浮かべた。
「わたしも、〝大好きなお友達と離ればなれにならない〟って目標を達成してみせます! 繰り返しをいっしょに撃ち砕きましょう!」
「ああ!」

   *

 翌日、おれの足は筋肉痛になっていた。いくら小学生とはいえ、長時間のふたり乗りはきつい。
 かごに入ったランドセルも犬も軽いものだが、カーブを曲がるとき、どうかするとハンドルを取られそうになるほど疲れ始めていた。
 おれはマナに正直にそのことを話した。おれたちは小休止をいれていた。
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